台風とツキノワグマのそう太(8)
それからの一週間はひどく退屈なものだった。
動物たちが薬を求めてやってくることもなかったし、おばあちゃんと二人での生活にも慣れてきていた。
そんなとき、私はワスレグサの畑に足を運んでは熱心に畑の手入れをした。
本当はおばあちゃんも畑に連れてきて、この秘密の場所でひなたぼっこやピクニックのようなこともさせてあげたかったけど、そうするには畑に来るまでの道が悪すぎた。そのときにはおばあちゃんの足はずいぶんと弱っていたんだ。
私は一人、汗だくになりながらも無心で畑に生えた雑草を一本ずつ引っこ抜いていった。一週間もしないうちに畑は見違えるほどきれいになった。
きれいに雑草の抜かれた畑を眺めながら、私はそう太のことも忘れて、自分が新しいスタートを切ったような気持ちになっていた。
私はもう自分が立派に、大好きなおじいちゃんのあとをついだような気持ちになっていたんだ。
初めておしゃべりキツネのカナが家にやってきたのは、そんなときのことだった。
彼女は初めて私の家にやってきたにも関わらず、勝手に家の中に入ってナポリタンスパゲティを作っていた私の背中に向かってこう言った。
「ズバリ、あなたここで何かやっているでしょ?」
私はその声を聞いて、飛び上がって驚いてしまった。
それも当然だ。私は街にいたときのクセで、家にいるときも玄関の鍵をきちんとかけているのだから。
「ちょっとあなた、どこから家に入ったのよ!」私は自分でも驚くほど大きな声を出してしまっていた。
そこに座っていたのは黄金色の毛をした子ギツネだった。
彼女はその細長い目で私のことをじいっと見上げ、まったく悪びれるそぶりもなく言った。
「お風呂場の窓が壊れていたから、そこから。そんなことよりもあなた、前にここに住んでいた老人が死んじゃったって本当の話?」
「老人って……おじいちゃんのこと?」
「私、前にもここに来たことがあるんだけど、なんにも悪いことしてないのにその老人にひどく怒鳴られちゃって、それからこの家に近づかないことにしてたの。彼は本当にもういないの?」
「おじいちゃんは死んじゃって、もういないわ。今は私とおばあちゃんの二人でこの家に暮らしているの」と、私はとりあえず質問に答えておく。
「それは良かった。実は私、この家の噂は前からちょくちょくと耳にしていたんだけど、そのおじいちゃんっていう老人が怖くて、この家で何をしているのかなかなか調べられなかったのよね。でもほら、この森で私の知らないことがあるなんて悔しかったし、その老人が死んだって噂で聞いて、こうしてやってきたってわけ。あ、言い忘れたけど、私はカナっていうの。あなたの名前は?」
「……サキよ」
まったくなんておしゃべりなキツネなんだろうか、私は早口でまくしたてる子ギツネを見ながら思う。それにおじいちゃんが死んで、良かっただなんて!
おじいちゃんはそう簡単に怒ったりはしないから、カナがおじいちゃんに怒られたときだって、きっと何かおじいちゃんの気に障るようなことを言ったはずだ。
私は胸にくすぶった憤りを抑えて、なるべく静かな口調で言った。
「私はこの家でおばあちゃんとのんびり暮らしているだけで、特別なことは何もしていないわ。それから今度家に来るときは、チャイムを鳴らすか、ドアを叩いてから入ってきてちょうだい。動物だからって、チャイムも鳴らさないで家に入ってきていいだなんてことはないんだからね」
私の言葉を聞いて、理解したのかしていないのか、カナは台所の隅々まで見回しながら答える。
「ふぅん。秘密ってことね。まぁいいわ。別にあなたに教えてもらわなくたって、他の誰かに聞けばいいんだから。そういえばツキノワグマのそう太が何日か前にこの近くに来ていたわね。息子を亡くしたばかりなのに、いったいこんなところまで何をしに来たのかしら?」
「ちょっと、そう太は関係ないわよ!」
きっとカナはそう太がこの近くを通るところを見るか、この家に入るところを見た誰かに話を聞いたんだ。
この家の秘密を知ろうと思ったカナは私にカマをかけ、私の反応をうかがうことにした……。
そのことに気づいたのは後になってからで、そう太の名前を聞いたそのときに、私は冷静さを保つことができなかった。気づけば私は声を張り上げて、カナに詰め寄っていた。
「そう太のことはそっとしといてあげて。分かるでしょう? あなたのくだらない話に付き合うほど、今のそう太に余裕はないのよ。そう太のところには行かないで。そしてお願いだから、今日はもう帰ってちょうだい!」
私の言葉を聞いたカナは何も言わずにしばらく私の顔を見ていたかと思うと、「やっぱり何か隠しているのね」とつぶやくとそのまま台所から出て行ってしまった。
すぐにお風呂場の方でがたがたと音がしたかと思うと、庭を遠ざかっていく子ギツネの足音が微かに私の耳まで届いてきた。
茹ですぎたスパゲティは伸びてでろんでろんになってしまっていた。
私は新しいスパゲッティを茹でなおしながら、心の隅に生まれた一抹の不安を拭いきれないでいた。
カナがそう太の元へ行くことは、もうどうあっても変えられないできごとのように思えたんだ。
私のそんな不安は、やっぱり杞憂には終わらなかった。




