猫街とペルシャ猫のアーナ(1)
「いいお天気だね」おばあちゃんは顔をしわくちゃにするようないつもの笑顔で言う。
「そうだね、おばあちゃん」私はいつものようにそう答える。
窓の外は早朝からふり始めた強い雨が視界をさえぎっていて、窓からは深い森の濃密な緑がぼんやりと見えるだけだ。
上空に浮かぶ今にも世界をおおいつくしてしまいそうな灰色の雲が、まるでしばらくここを離れないという意思を告げるように、大きな雷をひとつ落としていった。
「雷がなったね、おばあちゃん」
「いいお天気だよ」
そして私たちはいつもそうしてるようににっこりと笑いあった。
でもやっぱり、雨がふると、ヒマだ。
雨がふると畑に行けないし、おばあちゃんを外に散歩に連れて行くこともできない。もちろん洗濯物を干すこともできないし、ひなたぼっこだってできやしない。家の中でできることもあるけど、今はそんなことをしたい気分じゃないのだ。
私はしかたなく、ひとつ伸びをしてからお母さんが持ってきた小説を読みはじめる。
まだ半分も読んでいないけれど、とても悲しいお話。少女が山登りの最中に死んでしまったお父さんを待ち続ける話だ。
タイトルは『雨と夢のあとに』。
どうしてお母さんはこんな小説ばかり買ってくるんだろう? 私は思う。
本当ならまだ中学校に行っている年齢の私が読みたい本は、こんな悲しい話じゃなくて、サッカー部の先輩に片思いする少女の話だとか、精霊が飛び回る森に迷い込む少年だとか、そんなお話のはずなのに。
お母さんはいつだって私のことをまったく分かっちゃいない。私のお母さん、私を捨てたお母さん。
「お母さん……」
私はつぶやき、できないと分かっていながらも、森のさらに向こうの街に視線をやろうと窓のほうへ目を向けた。雨はさらに激しくなり、森の緑すらかき消してしまうようだった。