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08 黒翳潜入大作戦!

結局、今年度の交流会は急遽中止となった。あのような緊急事態があったのだ。誰一人として異論は許されない。


襲ってきた敵方―――隣国、黒翳の連中は弓手隊が追いはしたが、過干渉不可領域に入られてしまい制裁するまでには至らなかったらしい。つい先程まで交流会の合間に出される筈だった昼食が大量に盛り付けられていた、宴会用の長机に両拳を叩き付け、ギリ、と悔しげに奥歯を噛む夕紀の頭に、そっと暁の手が触れた。


「…何?」

多少刺々しさが残る表情で振り向くと暁は、

「交流会が潰されたのは残念だけど、夕紀が…他の人も。誰も怪我しなかっただけでも良かったと思うよ。」

「でも…演戦やりたかったのに。ああもう、黒翳(あいつ)らさえ来なければ…っ!」

懸命に抑えてはいるが、その声音には行き場のない烈火の如き怒りが滲み出ている。


暁は小さくため息を付き、周りを多少気にするような素振りを見せた後「ちょっと、廊下に出よう。」

夕紀の返答を聞くより先にその手を引き、口々に不安に揺れる心境を述べ合う人々の波を掻き分けて出入り口へと向かった。



「な、何だよ暁?ていうかちょっと手ェ痛い…。」

「あ、ごめん。」

暁はすまなそうに微笑を浮かべたがすぐに口をつぐみ、その表情は真剣なものになっていた。無言のまま、夕紀の背後にある小窓から外を眺める。なんだか見つめられてるように思えて、夕紀は気恥ずかしくなった。昔から人の視線は苦手なのだ。


「で、廊下に出たは良いけど…何か?」

「………。」

「……暁?」


名を呼べば視線は向くので無視されてはいないのは解るが、暁は何も言わない。いや、言うのを躊躇っているのかも。言葉を発さずとも、幾度となく空気を食するように口をパクパクと動かしている。



「……じれったいな、さっさと言わんかいッ」

暁の脇腹に軽く正拳突きを叩き込む。何するんだ、と言わんばかりに瞳を歪める暁。


「目で何か言ったとしても、私には伝わんないよ。口で言わなきゃ。ほら、何か言いたいことあるんでしょ?言って――……」

「俺、黒翳に仕返し行くわ。」


あれだけ強情に(だんま)りを決め込んでいたのが嘘のように、心なしか吹っ切れたようにさえ見える滑らかな口調で言う。

「え、いや…それはちょっとヤバイんじゃ…。」

「あいつらは夕紀の楽しみにしてた交流会を潰した。だから俺はその借りを返してくる。」


暁の、その真っ直ぐな眼光は他者に有無を言わせない、鋭く研ぎ澄まされた強さを湛えていた。


「…駄目だよ暁。だって、また『あんな』ことになったら―――……」


――――その時だ。夕紀の声と重なるように、宮廷役人の一人が顔面蒼白で駆けてきて、震える声で叫んだ。


「大変です!!宝冠の封印に、欠陥が…!」




「一か八かだったけど、結構上手く行くモンだね。アハハっ」

闇色の少女は黒い小さな珠―――宝冠についていた宝石の一部であったそれを右手の親指と人差し指で摘み上げ、愛でているようにも睨んでいるようにも見える瞳で見つめながら言う。


「…でも宝冠ごと奪取までは行かなかったな。残念。満夜(みや)の力を以てしても駄目か…。」

「ああもうウルサイなぁっ。それは言わない約束でしょ~?酷いよ冬司(とうし)

少女は、満夜はまるで実齢より遥かに幼い少女のようにプ~ッと効果音を添えながら頬を膨らませる。


「ごめんごめん。…コレ使ってお前に役立つモノ作ってやるから機嫌直せよ。ってことでコレ、ちょっと借りるな?」

冬司は苦笑混じりに笑いながら手を伸ばし、満夜の手から珠を受け取った。

「何に使うの?ていうか無闇に悪用しないでよね?」

「しないよ。」

即答し満夜に柔らかい微笑を返した、その刹那。冬司の瞳の奥の色が変わった。


「冬司?」

「満夜、お客人がいらしたようだ。もてなして差し上げようか…。」

薄いカーテン越しに伝わる白い光を、黒に陰る小さな珠で透かして見るような仕草をする冬司。


珠の色で、眼前の世界は暗雲が掛かったかのように半透明に空ろう。ふと視線を向けるとその奥の方に、真剣そのものの表情をした少年と少女が、背丈に不釣り合いな太刀(たち)(ほこ)を携えてこちらへと歩を進めているのが見えた。




「―――ねぇ暁?やっぱり子供二人じゃ危ない…。…戻ろ?」

「ここまで来てそれは無いだろ。」

心配そうに見上げてくる瞳を暁はバッサリと断ち切る。二人はあの後、周囲の目を盗んで宮中の裏手の広場へ向かった。そして、中等魔導学院でいつか習った幾つかのうろ覚えな移動魔法を適当に唱えている内に術が作動したらしい、突如巻き起こった竜巻に飲み込まれ、飛ばされて、気付くと虹霓と黒翳の国境(くにざかい)である草原の中に大の字で寝転がっていたというわけだ。


当たり前だがここに居るのは夕紀と暁の子供二人だけで、おまけに手に持つのは日々の自主練習で刃毀(はこぼ)れしまくりの、無駄に長くて重い太刀や矛。素晴らしく扱いにくい。もし残忍な敵に見付かった場合、文字そのままの意味で瞬殺され兼ねない。しかもまずい事に周りは草。下手に動けば音でバレてしまうだろう。とりあえず、風が凪いだらその音に紛れて誰もいない内にこの草の海から抜け出そう。暁は脳内で考えを論理的にまとめて、それを幼馴染みに告げようと振り向いた、が。


「………。」

今の今まで彼の後ろに居た筈の少女が居ない。緑が波打つのみだ。暁の背中に冷や汗が伝う。まさか夕紀(あいつ)……「―――おい夕紀っ」

返答がない。見つかるのを覚悟でもう一度声を張ろうとした、「――ふぇ?ぁ、呼んだ?」

彼の立ち位置から約三メートル。頭から背中、更には尻の部分まで土埃や枯葉を付着させた、とても年頃の少女とは思えない風貌の人影が真昼の光を纏って起き上がった。「…やっぱりな…今は『草、良い匂い♪ふかふか~』とか言ってる場合じゃないんだからな!ほら、起きろっ」

「え~でも…」

「言い訳無用っ!…ほら」

半ば強引に夕紀を立たせ、矛を渡す。すると、あれだけ不平不満を愚痴っていたのがぴたりと止んだ。顔を覗き込むと退治屋、いや討魔士に似つかわしい、引き締まったものへと変わっている。


「…夕紀も仕事デキる方だったんだよな、いまいち信じられないけど。」

「―――あん?暁、私にそんな愚劣(バカ)なことを言って良いと思ってる?よし、そんなに言うなら証明しようじゃないか。暁で。」

「ちょ、止めろぃ」

満面の笑顔で矛を構える夕紀から必死に逃げる暁。敵よりも遥かに恐ろしいことを平気でやらかす幼馴染(あいて)が居ることを、すっかり忘れていた。


「…ま、無茶苦茶なところも嫌いじゃないけど。」

逃げながら呟き、挑発する為であろう笑顔で振り向く。少女は予測通り額に血管の筋を浮かべ、猛虎のような迫力で追い掛けてくる。


そうしてはいけないだろうが、思わず吹き出してしまった。


「ぅあ~き~ら~…。」

「おぉっと、怖いなぁ☆」

笑いながら後ろに流していた視線を前に戻す。―――その頬スレスレを弓矢が掠めた。



「虹霓の方々とお見受け致しますね…。……我が国に何か用かな?」



好感など、とても持てそうにない笑みを称えた、数人の黒翳の兵達が二人を取り囲んでいた。

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