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06 交流会の朝

すっかり季節が移ろった、とある朝。


「…今日か。」


廊下の窓の一つを開け、朝焼けの光を淡く滲ませる薄曇りの空を仰いで昂哉は呟いた。網膜に淡く訴えかけてくる光を瞼越しに感じる。暖かい。


瞼を上げ、視線を前に戻す。庭先に咲き群れる秋桜が真っ先に目についた。幾分か涼しくなった風に揺れる、優しい桃色に目を細める。


昂哉(コウ)~。」

「わ…っ!」

突如、鳴った声。驚いて身を固くすると同時に、フローラル系の香りを身に纏った少女が抱き付いてきた。一瞬前のめりになるが何とか堪える。


「…百合花(ゆりか)。おはよう。」

さりげなく体を捩りながら対人用の爽やかな笑顔で挨拶する昂哉。本心としては「気安く触るな」とか言ってやりたいが、この少女―――百合花にそんなことをしたら色々と面倒なことになる事を昂哉は知っていた。

「あ~ん、コウ何で逃げるのよ~。」

頭の高い位置で部分的に二つに結わえた、少し赤みがった茶髪を揺らしながら頬を膨らませる百合花。少しつり目がちな、アイメイクの影響もあってやや目力の強い上目使いが昂哉を捕らえる。


「ベタベタされるのは嫌いなんだよ。」

「昂哉ったら…百合花が可愛いからって照れちゃって♪」

「違う。…はぁ~ただでさえ今日は気が重いんだからさ。疲れさせないでくれよ…。」


「……うん…ごめん。」

「ほへっ?」


意外にも素直な反応に、昂哉の方が気の抜けた声を出してしまった。


「…ねぇ」

先程とは打って変わって、静かな声を紡ぐ百合花。

「ん?」

「昂哉…。大丈夫、なんだよね…?」


「何をいきなり…。」

反論しようとした言葉を飲み込む。百合花の表情には痛切に、懸命に何かを想っているのがハッキリと現れていた。


「百合花は昂哉が嫌な目に遭うなんて、嫌だよ…。」

「…そんな心配しなくても大丈夫だって。」

「嫌なの…っ!」


百合花の瞳が揺れる。まっすぐに見つめてくる瞳。…そんなの、逸らすより他に無い。


「…大丈夫だって。まだ交流会で『何かある』って決まっている訳じゃないんだから…。」

それは、『何もない』と決まってる訳じゃないのと同義だけど。願うしかない。



―――本当は、何もない訳がないと解ってはいるけれど。



「…とりあえず、天気が崩れない内にやらないとな」


奥の方にうっすらと見える山の陰影。それを取り巻く、やや薄暗い色をした雲を見つめながら昂哉は呟いた。


「暁~。は、や、くッ!」十分に昇りきった日の光が照らす、緩やかな坂道を夕紀と暁は駆け抜けていた。

「あぁ解った、解ったけどお前、速すぎ…。あと、テンション高すぎだよ」

「暁が遅いんでしょ?早くしないと置いてっちゃうよ~。せっかくの交流会なんだから気が逸るのも仕方ないじゃん?」

そう言って小首をかしげてみせる夕紀。すかさず暁は視線を逸らし、

「…そ、そう。―――なんか夕紀、幼い子供みたぐはぁッ」

不自然に紡がれた語尾は恐らく、彼の腹に寸分誤らず真っ直ぐ突き刺さった圧力によるものだろう。


「…誰が幼子みたいだって?おいコラ」

女らしさの欠片もない言葉遣いで、足元に沈んでいる暁を爪先で小突き睨み付ける夕紀。警備人が通り掛かったら間違いなく暴力沙汰だと判断されかねないだろうが、夕紀の脳内(あたま)にはその可能性を思慮するという思考回路はこれっぽっちも存在していない。


「…ごめんなさい」

「よろしい。」


低く呟くと夕紀はやけにあっさりと身を引いた。暁は上体を起こし、意外そうに夕紀を見つめて「夕紀が素直なの久し振りだ。そういや今日あんまり天気良くないし。どうしよ、俺…、今日傘持ってきてない…。」

「――――確かに天気良くないけど、失礼にも程があるわ~!!」

「お…落ち着くんだ夕紀。話せば…」「解ろうなんてこれっぽっちも思ってないから♪てか朝から駆け足でちょっと疲れたでしょ暁君。ちょっと永眠(ねむ)って良いよ♪」

「ちょ、待って話を聞…ぎゃあぁあ―――……」


断末魔の絶叫が、紅と黄とのグラデーションが目にも鮮やかな山々に木霊(こだま)した。




隣村との境目にある広場に向かうと、中央部に(そび)える大木の傍には既に人影があった。

「――――あ、夕紀ちゃん。こっちですよ~。」

柔らかく間延びした声が自分を呼ぶのを聞くと、夕紀は顔を上げ、フレンドリーな笑顔で手を振り返して

「おはよう、彩葉ちゃん。……あれ?雷斗は?」

「居るよ。ってことで出てきましょうね~雷斗クン」

「わっ、ちょ、彩葉引っ張らないで…」

口では僅かな抵抗を試みつつ、大人しく木陰から引きずり出される雷斗。


「彩葉ちゃんってたまに強引だよね…おはよう、雷斗」

「ぉ、おはようご…じゃなかった、ぉ…おはようっ」

出会ってから既にニ週間経っているというのに、その声音は相変わらずぎこちない。もっと普通に話してくれても良いのに。そういった意味合いを込めて、出会った時同様に雷斗の髪をわしゃわしゃと掻き回す。


「な、何…っ?」

「髪、ふわふわしてて触り心地良いね~。気に入った。」

柔らかく微笑むと、雷斗は困惑と照れが半々といった感じの小さい笑みを浮かべた。


その時、広場の一角に設けられた音響装置(スピーカー)から、鍵盤楽器(ピアノ)を奏でているかのような、優しい音楽(メロディ)が流れてきた。夕紀の大分曖昧な記憶では確か、音楽は開会一時間半前と一時間前、そして三十分前に開会式場所の宮廷より放送がかけられることになっていた筈だ。時計台を見上げると、今はちょうど九時半。開会式は十一時からだから……今の音楽は一時間半前を知らせるものか。


「ちょっと早いけど、行くか。」

「暁…、今行ってもちょっと…ていうかめちゃめちゃ早すぎるんじゃない?」

早く着き過ぎた結果、宮廷の門が開くまで秋風に晒されながら門の前で突っ立ってただひたすら待つ…なんてことをしたくない夕紀は、心の底から心配そうに言う。


「心配するな。紅霞(こうか)に空中散歩しつつ向かうように言うよ。滅多に見られない、虹霓国(こうげいこく)の全貌を見下ろせるし一石二鳥だろ?」

「嘘、やってくれるの!?楽しみ~……だけどうちの親父にバレたら殺されるね(笑)」

「…まぁ、夕紀のお父さんなりに心配してくれてんだよ。仕方ないからその時は一緒に怒られてやる。…そんじゃ、紅霞」

『うんっ』

暁のリュックから飛び出すと、紅霞はいつかの様な狼のような姿になった。そして四人がその背に身を預けると同時に跳躍、向こうに薄く霞む宮廷へと駆け出した。




次第に色を濃くしてゆく雲で次第にぼやけてきてはいるものの、眼下の景色は言葉を封じるには充分だった。


夕紀や暁が住む、後方に高低の激しい山脈、東側に野生動物の住まう森林、西側に天然の洞窟を利用・改造した大規模な訓練場がある退治屋(討魔士)集落。


雷斗や彩葉が住む、周りに速効効能のある薬草やリラクゼーション効果のある芳香を漂わす花が自生する、だだっ広い野原に囲まれた喉かな調薬師集落。


その調薬師集落の最東端に掛かっている橋を渡った先には、虹霓国の中で唯一、ニ部族が共存している魔術師と龍使いの集落。周りを海に通じる清流に囲まれ、中央部にサファイアのような深く澄んだ色をした、龍が住まうと言われる湖がある。


ちなみに討魔士の村の森林を抜けた先にも、動物全般と心通わせる事が出来るという万獣使いの集落がある。討魔士集落と共存はしていないが。


そして、それら集落の中心、虹霓国の中央部に君臨するのが虹霓国を統べる王族の宮廷だ。

その宮廷の庭に咲く、季節を考えれば恐らく秋桜だろうピンクやオレンジ色の花が点々と見えてきた。


「…やっぱり空中散歩するにも早過ぎたんじゃない」「いや大丈夫だ。…多分」

「ま…まぁ二人共。王宮の裏手に、国民に自由解放してる公園あるから其処(そこ)でお茶休憩でもしていよう?」

「こんなこともあろうかとお菓子持ってきたよ~。調薬師集落名物、疲労回復効果のある大福です。」

「彩葉ちゃんナイス。いっただき~。」

一人一人に手渡そうとしていた大福を霞め取り、満面の笑顔で頬張る夕紀。さすがに傲慢なのでは…と暁の視線がたしなめるが、微塵も気にしていない。


妙に早いスピードで空を流れる雲も、今までより一際冷涼な風が横切ったのも、―――刹那、何か黒い影が後方を飛び去ったのも。夢中で大福を咀嚼する夕紀に、察することは出来なかった。



その後裏手の公園に降り立った四人と一匹は大福を食べ尽くし、綺麗に整備され鮮やかな色を開く花壇の花を愛で、心弾む想いで開会式を待ちわびていた。




―――悠久の歴史の循環(サイクル)が巡り来る足音にも気付かずに。






狂った歯車は、止まらない。

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