05 隣村の少年少女
2週間後。遠くに見える森林の彩りが移ろうのと張り合っているかのような早さで、交流会の準備は着実に進められていた。
本日、夕紀達は演戦の備品類―――刀の元となる鉱石や砥石、演戦時の万一の負傷に備えた治癒薬などを、隣村の調薬師の村へ買い出しに来ている所だ。
「え~と…紅石が20、碧石15、緑石20、そして療薬が50―――……って、多すぎだ!!嫌がらせかよ、あンのクソ親父ぃ!!!」
「ゆ、夕紀落ち着いて…目立っちゃうよ…。」
「知るかそんなモン!!」
買い出し班として一緒に来た女子達が宥めるが、夕紀は治まらない。気に入らないものは気に入らないんだ。
「夕紀、落ち着けよ…。後でこの村のお菓子でも奢ってやるから。」
買い出しは基本的に女子の役目なのだが、「男子の方の仕事(試合場建設など)は余裕があるから多少遊んでいても大丈夫」ということで何故かついてきた暁が苦笑混じりに言う。…まぁ、心配なのだろう。夕紀に買い出しに来られた店の今後が。
「本当に!二言は無しだからね!!わぁい♪」
一気に機嫌を直した夕紀は、買い忘れの有無を確認するとレジに向かった。
レジには小柄だが恐らく夕紀と同じくらいの年頃だろう、焦げ茶色の髪を一つに束ねた少女が、癒し系垂れ流しの微笑みを湛えながら手元のメモ用紙に何やら落書きをして遊んでいた。
「あの~…良いですか?」
「ぁ、すみません~。」
予想通りのんびりした声で応え、ゆっくりした動作で会計を始める。
その間、夕紀は何気無く少女の手元のメモ用紙に目を落とした。そこには鉛筆描きでも十分にそれと解る、紅葉まんじゅうや団子等のデッサン。お腹が空いているのだろうか?
「え~と…そうだなぁ…交流会準備期間だし、特別に49720ウィングで良いですよ~。」
店番をしていた女の子が穏やかな笑顔でそう言い、夕紀は我に返った。
「え、嘘。……なんか安くして貰いすぎてる気が…」財布を取り出そうとしている格好のまま固まる夕紀。因みに、1000ウィングは現代の100円くらいだ。つまり、夕紀達は大雑把に考えて5000円くらいの買い物をしたことになる。サービスして貰ったことを考慮したとしても、鉱石やら医薬品を買えるだけ買い込んで約5000円とは、本当に安い。まともに買ったら現代通貨価値で3万円を下らない、というくらいの大量買いだというのに。
「良いの良いの。あんまり高額の買い物されたら計算するのも面倒だしねぇ~。」
「…ん?」
今、物凄く本音っぽい台詞が聞こえたような…。
「では50000ウィングからお預かり致します~。」
「…ぁ、うん…。」
…まぁ空耳ということにしておこう。きっと、気のせいだ。うん、きっと。
「―――では280ウィングの御返しで…ぁ、そうだぁ~。」
女の子はレジの内側から何やら大きな箱を引っ張り出し、「お店に来てくれたお礼に、この中から好きなのを一つあげますよ~。何が良いですか~?」
そう言いながら箱を開け、夕紀の方に寄せる。箱の中には、楕円形の紅玉が嵌め込まれた指輪や四つのハート形にくり貫かれた淡い薄紅の石が合わさりクローバーを象っているデザインのネックレス、透明な石の中に朱色の石の欠片が紛れていて光が当たると石の中で炎が燃えているように見えるブレスレットなどが納められていた。
「ん~…じゃあブレスレット下さい」
「はいはいまいど~。これ綺麗ですよねぇ…よし、オッケー。」
「ぁ、有難う…ございます。綺麗…。」
ブレスレットを撫でると店内の灯りが反射して淡く光った。
「大切に扱ってくれなくても良いけど気に入ってくれたら嬉しいな~。」
そんな、自虐的なことを言う少女に夕紀は笑って「いやいや…大切にしますよ。…あなた、名前は?」「彩葉って言います。宜しくです~。」
相変わらずのユルい口調で言って、お辞儀する彩葉。
「えっと…そんな、恭しくしなくても良いで…良いよっ。普通の話し方で。―――宜しく、彩葉ちゃん。」
「―――い、彩葉、そろそろ店番代わるよ?」
声と共に店の奥から少年が出てきた。
その背丈は現在約155センチメートルの夕紀より少し高いくらいなので、1…60センチメートル位だろうか?随分と猫背で、本当の所は解らないけど。
「…い、いらっしゃいませ…。ぁ、あの…な何か?」
無意識にジロジロ見ていた夕紀の瞳から逃れようとするように、少年は身をすくませ固い笑みを作る。長く伸ばされた前髪で良くは見えないが、恐らく困惑しているだろう瞳で見つめ返してきた。
「君は相変わらず人見知り激しいねぇ雷斗。このお方は夕紀ちゃんだよ~。」
「いや、そんな丁重に扱われるような身分じゃないです…。まぁ、宜しく。」
夕紀が何気無く差し出した手にも少年―――雷斗はびくりと肩を震わせ、恐る恐るといった体でその手を見つめる。結構な対人恐怖症なようだ。
「…ぁ、ごめんなさい。……そ、そんなにビクビクしないでっ」
もう、やけくそだ。思いきって雷斗の黒髪をクシャクシャと掻き回す。目を完全に覆い隠していた前髪が無造作に掻き分けられた――――刹那。
「――…」
息を呑むのも無理はない。怯え混じりに逃げ惑う瞳は周りの人間とは違う、澄んだエメラルドグリーンだったのだ。
だが、それも一瞬のこと。雷斗は直ぐ様きつく目を閉じた。それに対して夕紀は
「……綺麗…」
無意識に出た言葉。嘘偽りは一切無い、本音だ。こんなに綺麗な瞳は見たことがない。
「ぇ…」
きつく閉じていた瞳を、雷斗は大きく見開いた。
『綺麗』なんて、今までは誰からも…。今自分の隣に立っている、穏やかな微笑を湛える少女以外には誰からも言われたことがなかった。
「……。」
雷斗は口を閉ざし、俯いた。
「ぁ…えと……ごめん?」
「ジロジロ見て悪かった、綺麗な瞳だったから…つい、な。…悪かったよ。」
雷斗の前髪を元に戻してやりながら暁がすまなそうに言う。
だけど、やはり綺麗だと思う。周りと違う色とかそんなのは関係なく。純粋に。
「私、瞳は真っ黒だからさ。君が羨ましいよ。そんな綺麗な色してて。」
「私も好きだよ~。前髪、何だか邪魔だな~。くくってやる~。」
「わ、ちょ彩葉…。」
慌ててガードしようとするが時既に遅し。実に鮮やかな手さばき(?)で雷斗の前髪は一つに纏められてしまった。
「うぅ~…。」
今度こそ、本当に顔を上げられないとばかりに雷斗はレジに顔を押し付けた。それを良いことに彩葉は自身が彼の頭髪に施した細工を引っ張ったり軽く叩いてみたりして遊んでいる。結構ひどい気が…。
「そんな、瞳の色なんて気にしないで。雷斗は雷斗でしょ。」
「そうだよ。普通に目が黒い俺としては羨ましいと思うよ?超綺麗じゃん。」
夕紀と暁はこれでもかと褒めちぎってみるが、雷斗は顔を上げなかった。だが、二人は全く気にせず、続けて言った。
「ねぇ、雷斗って呼び捨てで呼んで良い?」
「まぁ拒否られても呼ぶけどな。」
そんな、勝手な…。そうは思ったが、喉元までせり上がってきたその言葉が口に出る事はなかった。そんなことより、なによりも―――……。
「…うん。」
――――嬉しかった。
思わず口元が緩む。
彩葉以外で、初めての―――……友達だ。
「――――って、やべっ!もう少しで集合時間だ。お前のお父さんがキレる前に帰るぞ夕紀!」
「ぁ、うんっ!じゃあまたねニ人ともッ…って天気悪くなってきた…。最悪~帰るまで降るなよ~…。」
「うん、またね~。」
「ぁ、ありがとうございましたっ」
穏やかな笑顔で手を振る彩葉と雷斗。しかし、その声に応える間もなく夕紀と暁、その他の女子は村に向けて全力疾走していった。
――――更に空高く、遠い場所。
黒みを増す雲に紛れ、薄暗い色をした龍が低く鳴いた。瞬きのたび、雷光の如く瞳が光る。
「―――……『歴史』は、繰り返すものだ。……また、一緒に遊ぼう…?楽しみにしてるよ…。」