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04 運命の柵(しがらみ)

村に帰ってきた夕紀は何故かふてくされていた。


自室内をを右往左往したり何もない壁を睨み付けたりと、端から見ればちょっと危険(アレ)な人だ。


「ゆ、夕紀ちゃんどうしたの…?謁見で何かあったの?」

お菓子を運んできた母親が優しげな声音で問う。夕紀はちらりと母親に視線を寄越し、やけに静かな、いや、感情を抑えた声で「…謁見はどうでもいいんだ。その先。来賓歓迎の宴だよっ」

机に何度も拳を打ち付け、引き出しを足で蹴る夕紀。そのうち机が変形しないか心配だ。


「来賓歓迎の宴?まぁ…何か特別な行事があった場合に催される食事会のこと!?それは良かったじゃない」

「い~や…良くないんだそれが。…あンの踊り子がぁ~!!」

夕紀は雄叫びをあげながら椅子を揺する。

「踊り子?」

「食事会の時に、その場の雰囲気を華やかにする為か、王族専属の踊り子が『宴の間』のステージで舞ってたんだけど…その内の一人が…っ」

唸り声を漏れると同時に蹴りの速度が加速する。


「お、落ち着いて…。その子がどうしたの?」

「やたら客席に笑顔やら、ウインクやら投げキッスやら愛の告白的な台詞やらを撒き散らしててさぁ…。せっかく静かな昼食が摂れると思ってたのに、そいつのお陰でうるさかったのなんのって!!」

言いながら、自分がいつも就寝時に使っている、白地に水色の水玉模様の抱き枕を殴り付ける。


「しかも司会進行役が『全部族交流会の意義について』とか言って、興味ない昔話を延々と話してたりしてさ!」

「……夕紀。」

「………へっ?」

不意に変わった口調に、夕紀は思わず顔を上げた。合わさった母親の視線にはいつも通りの穏やかさと、真剣さが在る。


「その昔話…少しでも覚えている?」

「へっ?…いや…特には」

「それでは駄目よ。」

母親の眼差しはひたすら真剣で。いつものように笑って流したり出来るものでは無かった。

「今から話してあげるから。しっかり聞きなさいね」

その言葉に夕紀は自然と頷いていた。






「―――『虹霓』と私達の国、『黒翳(こくえい)』は(いにしえ)の時、両方の国家を巻き込んだ歴史的戦乱を繰り広げた。」

古文書と思しき数々の書物や巻物が所狭しと収められた、薄暗い部屋の中でそう言ったのは、夜の闇をそのまま閉じ込めたような大きな瞳を持つ少女だ。

「結構、互角な戦いだったんだ。…だけどね、」

古文書の一冊を手に取ると迷いなど一切無い手付きで(めく)ってゆく。そして、あるページを見付けると同時に手を止め、「―――虹霓にはその戦乱を止める為の、ある『秘宝』があったんだ。」

少女は顔を上げ、次の言葉を待つ従者達を見回す。その虚ろな瞳を、少女の瞳に潜む闇が飲み込み、黒に染めてゆく。



「ねぇ、皆」

笑いかける瞳が、鋭く光る。そして、言った。



「もうすぐ、虹霓で催しがあるのは知ってるよね?…時間(とき)は満ちた。今こそ、私達の歴史をやり直す時だ。―――――…さぁ、始めましょうか」


少女は窓の外へと目を移す。西の空の端は、全てを焼き尽くす鮮烈な業火の色。東の空はその業火ごと飲まんとするかのように、薄暗い闇が迫ってきていた。



「―――……でね、戦いは虹霓がその秘宝を使ったことで一応休戦という形になったんだけど…。以来、黒翳の人達はずっと私達を憎んでいて、隙を突いていつか私達に再襲を仕掛けようと目論んでいる。そろそろ危ない時期なの。」

「どうして?」

「その時に秘宝に施された封印が、永い時間(とき)が経ったことでそろそろ自発的に破られてもおかしくない時期なの。だから今度の交流会では絶対に封印の更新をしなくてはならない。その為に、私達国民の目に触れる場に秘宝を晒す事になる。――――黒翳が秘宝を強奪するにはこれ以上無いほど都合の良い瞬間よ。だけど強奪されてはならない。絶対に。秘宝に関する書物の中に『この宝、()(もと)へ導かれるは不変静穏。(いん)の処へ(いざな)われるは世情荒廃』という言葉があるんだけど…聞いたことくらいはあるわよね?」


「うん…。」

夕紀は静かに頷く。いつだったか、父親が『虹霓の民の心を一つにするには欠かせない言葉だ』とか言っていたのを聞いたことがある。あまり深い意味までは解らなかったけど…。


「―――ぁ、もうこんな時間。暁くんの家で剣技特訓があるんでしょ?行かなくて良いの?」

「ぁ、そうだ忘れてた!行ってきます!!」

壁に立て掛けていた、愛用の紅の刀を掴むと夕紀は慌ただしく隣家へと駆け込んでいった。


遠ざかってゆく足音を聞きながら、母親の口元の笑みは掻き消えてゆく。

――――何故、今なのだろう。何故、(あのこ)達なのだろう。抗う術はないと知りながらも、やるせなさは拭い切れない。卓越した剣技や妖魔退治の腕も、来たるべき瞬間の為に用意されたものであるとするならば。抱く想いは賞賛ではなく、絶望が襲ってくるばかりだ。


目の奥が熱くなってきて、網戸を締めた窓辺に足早に駆け寄り空を仰いだ。

天上には幾つもの星々が淡く瞬き、剣が交差する高い音が夜風と共に鼓膜をくすぐる。




…こんな、安穏な毎日が続けば良いのだけど。何かが動き出そうとしているのが何となく解ってしまう。


それは、夕紀(あのこ)が『選ばれた』からだ。彼女が生まれてきた時から定められていた、運命という名の(しがらみ)


「なんで、夕紀が……。」

誰ともなく発せられたその問いに応えうる者は居なかった。

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