02 見掛け倒しの王子サマ
二十分後。本日の退治屋集落の名物公開は、いつの間にか出来ていた野次馬の波を掻き分けてやってきた母親の「二人共、今日も元気一杯ね~。」の一言と満面の笑顔によって強制終了させられた。父とは違って夕紀のやることに口出しは殆どせず見守ってくれる、いつもにこやかで穏和な母親だが……今は、そのにこやかさが畏怖の念を倍増させる。
「夕紀ちゃん、お父さん、終わった?」
先程の手合わせで巻き起こった土埃が酷く付着してしまったブロック塀を磨きあげたり、酷く汚れた服を洗濯したりとそれぞれ後処理をしている父と夕紀に、変わらず笑顔の母親が問いかける。
『もう少しで終わります…』
「そう。やっぱり二人は頼りになるわ。」
満足げに頷く母親。何だか、この人には一生涯掛けても敵わない気がする。
「―――ぁ、夕紀ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど…お父さんから聞いた?」
「へ?えと…何を?」
首を傾げてみせると母親は一瞬、父親を一瞥。父親は若干青ざめ、手を合わせて必死に許しを請い始めた。普段、夕紀には尊大な態度を取っている父親だが、最強の存在は母親のようだ。普段から薄々気付いてはいたけど。
「お願いって何?」
問うと母親は視線を夕紀に戻し、「今度、国主宰の全部族交流会があるじゃない?それに際して、各部族の長が代表して今日王族の方々と謁見する事になってるんだけど…お父さんもお母さんもちょっと、用事が出来ちゃって行けないの。だから夕紀ちゃんが行ってくれないかな?」
「はぁっ?何で私が?しかも王族と謁見って。」大体、そんなものに参加したら「身分制度とかつまらない事を強要されそうじゃん。私、そういう無理。」
「どうか、そう言わずに…」母親は困ったように笑う。この謁見は交流会についての相談会でもあるから、夕紀には絶対に行って貰わなければ困る。だが彼女はかなり強情な性格。さて、どうしたものか…。考えを巡らせていた、その時。母親の脳裏に、いつも夕紀が暇さえあれば本人(?)の意思に関係無く散歩に連れ出している、クリーム色の体と淡紅色の瞳を持つコリーに似た暁の飼い犬の姿が浮かんだ。「…それに、さすがに夕紀ちゃん一人では危ないから暁くんと紅霞が付いていってくれるって…。」
本人(犬)達には聞いていないけど。多分了承してくれるだろう。というか了承してくれなければ困ったことになる。紅霞の方は、特に。
「紅霞が!じゃあ行く!」
満面の笑顔で夕紀は即答した。
―――同じ頃。ここは、虹霓国の王宮廷、光架城。その最上階の、ある一室。
「ねぇ、マジで俺が公務やらなきゃいけないの?はぁ~めんどくせ…。」
緋色の椅子の背もたれに身を預け、大理石の机に組んだ両足を乗せるという、王宮人に似つかわしいとはお世辞にも言えない格好をしているが顔立ちはよく整った少年が、右手で電子端末を弄り、左手で赤茶色の髪をわさわさと手串ししながら不満を口にしていた。
「申し訳ありません昴哉様…ですが、王様のご様子が芳しく御座いませんので…。」
質は良さそうだが質素な紺色のロングスカート、恐らく下働きの身と思しき女性は申し訳無さそうに瞳を伏せ頭を下げた。少年――――昂哉は尚も不満大有りだと言わんばかりに、微塵も繕う事なく端整な顔を歪ませる。
―――少しして、昂哉は不意に顔を上げ、何か言いたげに女性を見つめた。
「昂哉様…な、何か…?」
「本当に、俺がやんなきゃ駄目なの?何で俺なの?てか今日の公務って今年度の交流会についての超重要な話し合いなんでしょ?俺みたいに見た目が軽くて王族っぽさの欠片もない奴が顔出したらまずくね?」
自分の言動ひとつで王族の立場が崩壊する可能性を危惧しているのか、そんなことを言い出す昂哉。単に仕事をしたくないだけに見えなくもないが、恐らくは考え過ぎだろう。
「やっぱり、どうにもならない?」
その瞳が切なげにウルウルし始める。
「えっと…昂哉様…」
女性は困ったような顔をして昂哉から視線を逸らす。女性を見つめる昂哉の瞳には、捨てられる寸前の子犬が向ける眼差しのような、猛烈に保護欲をくすぐられる何かがあった。「ぁ、えと…私が口出し出来ることではないので…」
言葉を紡ぐ間にも昂哉の瞳は潤いの度合いを増してゆく。明らかに演技なのだが、そうだと解っていても心を揺さぶられずにはいられないほどの力が昂哉の瞳の奥に宿っていた。
「こ、昂哉様申し訳ありませんが、『皇帝規定法』の第二章第四条項目其の七にて、『王が何らかの支障により統治行為を遂行することが出来ないとき、特例として王位継承第一位の権限を有する男子がそれを代行する』とありますっ。どうかご理解を…」
目を瞑り、必死に言葉を絞り出す女性。目を合わせてしまったら、今度こそ確実に落とされてしまいそうだ。
「はぁ~仕方無いな。解ったよ。」
溜め息をつき、伸びをする昂哉。
「―――ところで、それって何時頃から?」
「ぁ、14時からです。」
「14時…ってあと一時間半くらいしか無いじゃん。結構やばくね?」
「えぇ、やばいです。…ですから電子端末など弄っておられる暇は御座いませんよ、早急にお召し物をお改め下さいっ」
「へいへい、解った解った」
言葉遣いを注意しようとした女性を柔らかな笑顔で悩殺すると、昂哉は部屋を後にした。