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12 宣戦布告

それから徒歩で約十分。


夕紀と直樹、そして紅霞の前に現れたのはごく普通の一軒家だった。魔術師の家ということで、『いかにも不気味(それ)っぽい洋館で所々に茨のツルが巻き付いている』という様なものを密かに想像していた夕紀は小さくため息を吐く。


「…で、どうすんの?」

「へっ?」

「入らないの?いつまでもこんな所に突っ立ってたら不審者極まりないですよ~?」

「な、直兄から入ってよ。こういうのは目上の人からどうぞ。」

「へぇ~夕紀さんもそういうこと言うんですねぇ?今まで、ボクのこと目上だと認めたことないと思ってたけど。」

「うん、思ってない。」

「否定しないのかよっ」




「――――…ぁ、あの…どうしました?」

兄妹喧嘩(たわむれあい)を遠慮がち制する声がした。ふと見返ると、直樹までは及ばずとも夕紀よりは年上と見える少年が、やや堅い笑みを湛えて家の前に出てきている。


「ぁ、あの、僕達は退治屋…討魔士の村の者なんですが、仲間が普段の怪我よりも少し重い負傷をしてしまって。この村に効き目の良い薬草があると聞いて来たんですが、ちょっとお高くてですね…。こちらに、比較的安価で薬を作ってくれる魔術師さんがいらっしゃると聞いて来たんですが…。」


「ぁ、はい。僕らです。」

「僕『ら』?」

「妹も居ます。父や母は今、宮廷の方へ行って王族の方との話し合いに行っているので不在なのですが。…ぁ、外は風が冷たいし、どうぞ入って下さい。」


「お邪魔します…。」


家の中に入った途端、暖房器具は一切見付からないにも関わらず季節が逆戻りしたかのような暖かさに包まれた。そのことについて触れてみると、

「――――あぁ、妹のチカラですよ。この季節は寒暖差が激しくて嫌だから家全体の室温を適温に調節して貰ってるんです。」

「そういや、その妹さんは…。」

「なんだか体調悪いみたいで、今は自室で横になっています。あの…僕は妹ほど製薬とか呪術合成とか上手くないんですけど…、済みませんが僕がやらせて頂きますね。」

「――――いいよ、蒼牙。私が作る。即癒(そくゆ)剤でしょ?すぐ出来る。」

「氷雨」

振り向くと、寝起き直後と分かる少しクセのついた肩くらいの髪――――少し青みがかった灰白色の髪を持つ少女が二階の階段から少し足を引き摺るようにしながら降りてきた。


かなり小柄で、顔立ちにも夕紀以上の幼さが残っている。だが、その表情は異様にクールで、とても年下という風には見えなかった。


「…すぐ作るのでちょっと待ってて下さい。」

「あ、はい…。」

「ありがとう…。」

二人の返答を聞くと氷雨は身を翻し、『製薬室』というプレートが掲げてある一室へと向かう。…その刹那、ふと足を止め、「…ぁ、そうだ。蒼牙、龍達にはご飯あげた?仔龍(ちびっこ)達が上階(うえ)でワンワン泣いてたよ。」

「ぁ、やば…。」

「早く食べさせなよ。私がご飯あげても怯えて食べようとしないんだから。」――――それはあなたが無表情過ぎるからじゃない?と、夕紀は思う。

「―――…何か?」

「ぇ、イヤ…何も。」


「……まぁ良いか。では少しお待ち下さい。」

氷雨の姿が扉の向こうに消える。




「…さて、僕もちょっと、龍達にご飯あげてきますね。」

「はい…ぁ、聞きたいんだけど龍って…あの、伝説上の動物の?」

「ええ。」

「凄いなぁ…本当に居るんだ。僕は退治屋として沢山妖魔を見てきたけど、龍はさすがに見たこと無いですね…。」

興奮を抑えつつ噛み締めるような、僅かに掠れた声で直樹が呟く。


「よろしかったら一緒にご飯あげに行きます?」


「え!良いの、本当に!」

「はい。全然大丈夫です。」

「やった、決まりっ!案内して!ほら直兄行こう~。」

一気にテンションアップして無邪気にはしゃぐ夕紀。




――――製薬室の中にまで響くその声に聞き入りながら、氷雨はどこか虚ろな眼差しで合成装置を稼働させた。


――――頭の片隅で声がする。


『氷雨ちャン、アなたも手伝ッテくれるヨね?一緒に私達ノ理想郷を造ロう?』



「―――……ぅん。」





『うみゃあぁ~!!』

『お腹空いたぁ~…』

『蒼牙のばかぁ~!』

部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、鳴き声の大合唱が一際大きくなった。耳を塞ぎつつ片目で見やると(オレンジ)萌黄(みどり)桜花(ピンク)蒼海(あお)色等々、色鮮やかな体色の小さな龍達が三、四匹、床に座り込んだり歩み寄って来たりしながら空腹に耐えかねて泣いている。


「ハイハイ…。謝るから泣くなって。」

言いながら、蒼牙は龍達のご飯が入った布袋を床に置く。次の一瞬、ご飯皿に入れられるのを待たずして仔龍の一匹が袋に頭を突っ込み、がっつき始めた。


「ほら、落ち着けって。ちゃんと一人ずつ分けてやるから。」

『お腹すいたの~…。』

『お前、ちょっとワガママだぞっ!ぼく達だっておなか空いてるんだ。』

『―――ぅ、うるさぁいっ!えいっ!』

()っ…。何すんだよぅ…お返しだっ!』

最初に駄々をこねた一匹と、その一匹に注意を促そうとした別の一匹との間に険悪なものが一瞬、鋭く瞬き、叩き合いへと変わっていった。


「…こら、喧嘩しない。」

二匹の頭にやんわりと手が乗せられる。そのまま二匹を離し両腕に分けて抱き上げる。

『蒼牙…。』

『…ごめんなさい。』

「解れば良し。今用意するから、早くご飯食べな。」

傍にあった低いテーブルに二匹を乗せ、餌を持ち上げる。


「…貴女(あなた)方、ご飯あげてみたいんでしょう?」

「へっ?」

「どうぞ?」

そのまま餌が入った袋を託された。夕紀は目を白黒させて暫し固まる。


『おねえちゃんお腹すいたよ~。』

「ぁ…うん、ごめん。」

幾つかの餌入れに、なるべく均等になるよう注意しながら餌を入れてゆく。


『いただきます~♪』×四の可愛らしい声が鼓膜をくすぐり、思わず笑みが零れる。


「あの子達、本当可愛いね~直兄、蒼牙君。」

『紅霞の方が可愛いもん…。』

足元を見やると、その場に居るに関わらず先程から全く会話に入れなかった紅霞がふて寝し、ひとり小声で毒づいていた。


「はいはい…拗ねないでよ。紅霞も可愛いから。」

背中から尻尾にかけて優しく撫でてやる。


「―――さて、餌はあげたし、妹もそろそろ作り終わる頃だと思うから下に降りて――――……。」


――――蒼牙が最後まで紡ごうとした刹那、「ボンッ」というくぐもった小さな爆発音と何かが床に落ちた音がした。




「氷雨っ」

「あ、の…っどうしたのっ?」

「大丈…」

三人は一様に息を呑んだ。先程、ちらりと見えた時には典型的な『片付いた部屋』という感じだった製薬室の床はまるで何者かに荒らされたかの様に、製薬説明書やら薬草やら、薬草を煮る水やらが散乱してしまっている。


「―――ええ。私は大丈夫。ご心配お掛けしました。」

こちらを振り向かないまま、いささか冷やかにも感じられる平静な声が返ってきた。


「良かった…って氷雨、手!」

蒼牙の声に弾かれるように夕紀と直樹も氷雨の手を見て、声を失った。


氷雨の左手は赤く腫れ、雫が垂れている。恐らく合成装置の中身が漏れたりしないように庇ったのだろう。


「…皆慌てすぎ。」

「だって、火傷が…。」

「戯れ言を。」

短く呟き、負傷部に触れようとする夕紀の手を払いのけ、反対の手を負傷部にかざす。刹那、負傷部が淡く瞬いて傷は瞬時に癒えた。


「…凄い。」

「そんなことより…。」

氷雨が振り向き、不思議な色合いの双眸が夕紀を射竦(いすく)める。


「私ではなく幼馴染みの(かた)の心配したらどうですか?――――今も、あなたは私が火傷した部分に安易に降れようとした。そうやって咄嗟の行動や感情、思い付きに任せたりするから最終的にあなたではなく周りが痛手を負うんだ。結局は迷惑をかけているだけ。」

夕紀が小さく息を呑んだ。


――――同じようなことを『あの時』も言われたんだ。一瞬、足元が揺らいだ気がした。


「夕紀…っ。」

直樹はよろめいた夕紀の肩を支え、視線を氷雨に戻す。そして、言った。


「……氷雨さんじゃないよね。あなたは、…………誰だよ。」


刹那。夕紀達の目の前に立つ氷雨から『氷雨』が消えた。顔立ちに何か変化があったわけではない。だけど、「違う」。



「…ふふっ。…初めまして。黒翳国再栄を目標に日々頑張ってる、黒翳軍の最高指揮官をやってる満夜です♪」

氷雨を通して不敵に笑う満夜。夕紀は手のひらに爪を食い込ませて歯軋りする。もともと短い夕紀の堪忍袋の緒はとっくにブチ切れており、本当は今すぐにでも組み伏せて殴り付けてやりたい衝動に駆られている。が、そんなことをしたら罪の無い氷雨をボコボコにしてしまう。たとえ短絡的思考の持ち主である夕紀でも、それはさすがに気が引けた。


そんな、己との葛藤に苛立つ夕紀の心情を知ってか知らずか、氷雨(みや)は言った。


「え~突然ですが只今より、あなた方の国、虹霓に宣戦布告…は言い過ぎだけど協力要請したいと思いま~す。虹霓国の秘宝である宝冠、正確には宝冠に嵌められてる宝石を渡して下さい。もちろん宝石に『選ばれた』人もね。良いって言うまで続けますからね~?…んじゃ、またね~。」




「――――うぉっと、氷雨っ…!」

よろめいた体を蒼牙が受け止め、

「とりあえず…。」

後ろにあった白いソファーに寝かせる。



「―――ぁ、お二人共すみません。え~と薬は…出来てますね。はい、こちらです。」

「ぁ、ありがとう…。」

「ありがとうございました。」


敬愛の意を含む微笑を交わした後、夕紀と直樹、そして紅霞は夕闇の迫る帰路に着いた。一方の蒼牙も窓辺に寄りつつ二人と一匹の後ろ姿を見送る。


一同の耳には氷雨の姿をした満夜の、あの耳障りな笑い声が張り付いて一向に薄まらずにいた。

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