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11 満夜の目論見

「満夜。出来たぞ。」


組んだ膝に置いている古文書から視線を外して顔を上げると、其処(そこ)に冬司が立っていた。

「出来たって、何が?」

満夜が問うと、冬司は『ガクッ』という擬態語を体現したようなジェスチャーを繰り出した。なんだか、よく訳が解らない。


「…ほら、前に『役立つもの作ってやる』つって、お前から虹霓の宝冠についてた宝石預かってたじゃん。アレ、出来たぞ。」

「……ぁ、あぁ!あれか!本当に!!」

「…忘れてたのかよ。」

やれやれ…と肩をすくませ溜め息を吐く。満夜はその方を睨み付ける。


「…はいはい悪かった失言だった。謝るから。…これ、渡しとくよ。」

満夜は渡されたものを繁々(しげしげ)と見つめる。


それは鏡だった。しかし、不可解な点がひとつ。通常ものが映る筈の部分が例の黒い宝石で作られていて、とても本来の役目を果たせるとは思えない。


「ぇ?何これ。なんでミラーが黒いの?映んないじゃない。」

私だってこれでも年頃の女の子なんだから、お洒落にはそれなりに興味あるんだよ?プレゼントしてくれるのは嬉しいけどもう少し考えてよ。……というような心情が、満夜の表情からは容易に見てとれた。


「えっと…これは化粧する時とかに使うんじゃなくて。鏡=化粧道具の一つ、って観念は一回、頭ん中から除外して。」

「ぇ?」

一体、冬司(かれ)は何を言っているのか。本気で訳が解らない。


「これはな、人の心の闇を映し出す特別な鏡なんだ」 「…へぇ」

「そんでもって」

冬司は足元に置いていた、鳥獣飼育に使われるようなケージを持ち上げて見せた。数匹の鼬がゲージの中で蠢いていた。煌々と燃えているかのような紅い瞳が、ジッと満夜を捕らえる。


冬司はその中の小柄な一匹を掌で包むようにして抱き寄せ、

「満夜、鏡を仰向けでそこのテーブルに置いて。」


満夜が言われた通りにすると冬司は鏡の上に鼬を置いた。すると、鼬はまるで餌を貪るように鏡をペロペロ舐め始めた。


「可愛い~。…でも、そこには餌なんか無いよ?」

鼬の頭を撫でつつ、満夜は鏡を見つめる。そして、その瞬間息を呑んだ。


「―――どうだ満夜。驚いた?」

冬司が得意気に笑む。満夜は相変わらず瞳を大きく見開いて固まっている。


闇を映しているだけだった筈の鏡に、線の細い長い黒髪の少女―――夕紀が映っていた。

「この子は、虹霓の…。」

そう呟きながら鏡に降れると、黒髪の結構カッコイイ少年、何故か瞳がエメラルドグリーンの少年、赤茶色の髪をツインテールにしている美少女…などと次々に映っていった。


「そこに映るのは虹霓の中でも特に心に暗いものを持っている人。…そして、虹霓の宝冠の宝石に秘められた各々のチカラの『器』となる、言わば『選ばれた』人だ。……黒翳の再建を目指すにあたって、俺達の駒にも脅威にもなるかも知れないな。あと、(こいつ)らは鏡に映る人の心に巣食う『暗いもの』を食うのが好きなんだ。下手な飼育をするより格段に強くなるしな。…黒翳の再建も、(こいつ)らがどう成長するかも、全ては満夜(おまえ)(それ)をどう使うか…、だ。」


鼬をゲージに戻し、冬司の靴音が廊下の闇に溶けてゆく。鼬達はキィキィと鳴きながらそれを見送る。


満夜はというと、微動だにせず、食い入るように鏡を見つめている。


――――その顔には笑みが浮かんでいた。

窓の外をもっとよく見ようと目を凝らした時、不意に、誰かに名前を呼ばれた気がした。


訝しげな表情で氷雨は外に出た。金木犀の香りを含んだ風が、頬を撫でて通りすぎてゆく。



――――誰も居ない。おかしいな、何か、誰かに呼ばれたような気がしたのに…。首を傾げながら辺りを見回し、耳を澄ませる。だが、清流が流れゆく水音、木の葉が擦れ合いざわめく声が小さく聞こえるのみだ。


溜め息をつき、再び家の中に入ろうとした、瞬間。「―――あなた、氷雨ちゃんだよね?」

「…っ?」


声の方に視線を投じる。―――艶やかな黒髪ショートカット、その黒髪よりも更に濃い色の瞳を持つ少女がこちらを見ていた。知らない子だった。氷雨は無意識に足の向きを換え、極力見られないようにする。そして、努めて平静を装いながら

「あなた、誰?」

「満夜。…安心して。私は氷雨ちゃんの味方だよ。」

そう言って微笑む満夜。「いや、見ず知らずの人に『味方だよ』とか言われても簡単には信じられないし。」

………と言うわけにもいかず、氷雨は曖昧に頷く。


「ねぇ」

声のトーンが微妙に変わった。氷雨は僅かに眉を潜める。

「…何か?」

心根では僅かな抵抗を抱きつつ、ゆっくりと満夜に向き直った、


「――――ねぇママぁ~。何であのお姉ちゃんの足、あんなへんてこりんなの~?」

「しっ、やめなさい…!聞こえちゃうじゃない。」

…どうやら通りすがりの親子連れらしい。氷雨がちらりと見やると、母親はまるで異形の者を見たかのような顔をして形だけの会釈をし、子供に「良いからこっちにいらっしゃい」とかお決まりの台詞を吐いて足早に去っていった。


…良いよ、別に。どうでも。


遠ざかる大小の背中を漠然と眺めながら、溜め息が零れる。


「……ああいうのってさ、むかつくよねぇ…。」

「…ぇ」

振り向くと満夜が腰に手を当て、頬を膨らませている。


「だって、なんで外見でしか人を判断出来ないんだ、ってマジ苛つくもん。」

「…別に良いですよ。もう慣れた。第一、満夜さんには関係ないことでしょう。」

「良くないよ!!…友達を悪く言われてるのに見逃せる訳ない。」

そう言うと満夜は氷雨に抱き付いた。そして事態を飲み込めず固まる氷雨の耳に唇を寄せ、

「例え皆とちょっと違う所があるとしても、だからって私は氷雨ちゃんが周りから馬鹿にされて良いとは思わない。……思い出して?今までの日々を。足に痣があるからって謂れのない差別受けて、家族に見捨てられて。心の均衡を保つために感情を殺したりして耐えて。」

氷雨は頭を押さえた。


――――『お前は我が家の恥さらしだ』『お兄ちゃんが学校でいじめられるのは皆、あんたが悪いのよ』『ねぇ、なんで足にこんな模様があるの?ヘンなの~ッ』『お前って足が変だし表情変わんないしロボットみてぇ』『いや、ゴリラみたいの間違いだった。なんでゴリラがここに居んの?森に帰れよ。あはは!!』




「――――うるさい!!」

ありったけの声で叫んだ。―――刹那、急に脱力感が大きな波となって覆い被さってきた。次の瞬間には不可視の手で前後に強く揺さぶられたような衝撃。―――――氷雨はフッと意識を失った。


コントロールが出来なくなった体が前傾してゆく。




「氷雨っ」

腕を引っ張られ、氷雨の体は今度は後ろに傾く。そして、しっかりと抱き止められた。―――蒼牙だった。氷雨の甲高い叫びを聞いて飛び出してきたのだろう。


「氷雨っ、大丈――…」

言いかけた言葉を飲み込み、髪を透いて小さい体を包み込む。


氷雨の頬には一筋の涙が伝っていた。





「――――思った通り。氷雨ってかなり精神弱いんだね…。」

黒い龍の背に寝転びながら、満夜は移ろう雲の流れを見つめる。脇に置いた例の鏡の上には鼬が二匹、鏡を舐めている。

「可愛い君達を育てるには打ってつけ。ねぇ?」

頭を撫でてやると鼬は気持ち良さそうに瞳を細め、キィ~、と鳴いた。


「…でも氷雨だけじゃ足らないよね…闇は深いけど、なんせ不倶の上に小柄(ちび)な女だし。次は、もっとお腹が満たされる相手にしないとね。どうせなら男が良いかな」

『そうだ』、と返事をするかのように鳴く二匹を膝に乗せ、上体を起こして眼下を見下ろす。



「…ん?」

調薬師の村と魔術師・龍使いの村境で、何やら門番と揉めてる少女が見えた。彼女の足元には白っぽい犬が付き従い、呆れたように尻尾で頭を押さえている。


背中まで伸びた長い黒髪。見覚えがあった。


「―――ちょっとゴメンね」

鏡に乗ろうとしていた鼬を退かし、鏡を目の前に持ってくる。鼬が不満げに鳴く。

「すぐ返すよ。悪いけど一瞬、貸してね。」

優しく諭すと鼬は渋々といった感じで頷く仕草をし、暇潰しに仲間と遊び始めた。


「うん、良い子だ。」

そう言いながら鏡を、現在進行形で門番と揉めてる少女に向ける。すると、すぐに真っ黒い平面に少女の顔が映し出された。そうだ。数時間前に冬司に鏡を貰った時に映った、あの子だ。そっと鏡に触れると胸部に黒い穴―――『闇』が出現した。


「…男でなくても、充分かも。」

にやり、と瞳を歪ませる。

「…あれっ?」

更に不思議な事が起こっていた。鏡に映る少女の隣にもうひとり、黒髪のかなり格好良い少年が映っていたのだ。しばらく眺めていると、やがて2人の姿が、胸部の黒い穴がぴったりと重なった。

「…二人の共通の闇ということか…。興味深いね」


楽しげに弾んでいるようで、どこか冷え冷えとした呟きは黒い龍の咆哮に掻き消された。




「――――再度確認するが君は入村許可証を持っていないんだろう?残念だが通す訳にはいかない。親御さんから貰ってきてからまた来ると良い。」

「私の幼馴染みが大変なの!今回だけで良い!!早く村の薬が欲しいのっ!」

「だから、入村許可証がなければ駄目なんだよお嬢さん」


―――――こんな感じの会話が、もうかれこれ約十分前から繰り返されていた。

『ユウキ~コウカといっしょに一回、村にもどろ?門番さんダメだって』

「嫌!暁の命が掛かってるんだ!早く……入らせろっ」

「――――ストップ。」

門番を殴り飛ばしてでも強行突破しようとしていた夕紀の体が宙に浮いた。…というか荷物か何かのように担がれている。


「何してるんですか夕紀さん。―――あ、すみませんねぇ門番さん。(こいつ)が…。」

(なお)兄!…てかどういう扱いだコラ!お~ろ~せぇ~。」

足をばたつかせて無駄に足掻く夕紀を、その人物は苦笑混じりに見つめる。夕紀の実兄、直樹(なおき)だ。歳は一七歳。

『ナオキだっ!わぁい、ひさしぶりナオキ~。』

「久し振り。相変わらず元気だな紅霞。」

『ねぇ、サオンは?』

「ぁ、そういえば咲音さん居ない…。どうしたの直兄?また喧嘩ですかい?」

「してません暁くんを看てくれてるんだよっ」

自然に口角が上がるのを必死に押さえつつ何故か滅茶苦茶早口で告げる。『咲音』は暁の姉だ。無邪気な笑顔と底抜けに明るい笑い声が印象的な女性(ひと)である一方、退治屋としての姿勢も直向(ひたむ)きそのもので、何かあれば誰よりも俊敏かつ的確な行動力を発揮する。


…そんな人が何故、兄の恋人の座に最も近いと噂されるか、夕紀には到底理解出来な「―――夕紀さん、何か仰いましたか?」

「いいえ何にも。」

「…まぁ良いか。」

まだムスッとしている様子を見るに、心底納得している訳では無さそうだが、そこは年長者。夕紀(だれか)とは違い、我を忘れて勢いのままキレたりはしない。



「…ほら、行くよ。薬貰うんでしょ。」「ぁ、はぁいッ」


直樹が通行許可証を提示したことで、ようやく門が開く。あとは、この村から良い薬あるいは薬草を掻っ払うだけだ。



―――っていうほど世間は甘くなかった。

「700000000ウィング…。―――どんだけ高いんだ!買えるかっ!!」

「…すまないがこの草は貴重だから値は変えられん。悪ぃねお嬢さん。」

お目当てだった薬草を叩き付け吠える夕紀を前に、店主は半ば面倒臭そうに告げた。


「てか、ここって魔術師とかの村でしょ?こう…創造なり倍増なり出来る奴居ないの?」

素朴な疑問。…の、筈だった。


「…おじさん?」

眉根を潜め、口を結んで喉から低い声を出す店主。…なにかマズイことでも言ったのだろうか。


「…居るっちゃ居るけどよ…。」

「ぇ、本当に!」

「ただ、俺は其処に行きたくねぇからな。(みち)の図は書いてやるから自分らで行ってくんな。」

そう言うとメモ用紙を取り出し、大雑把な地図を書き付け、「…はいよ。」

「ぁ、ありがとう」

戸惑いの色を微かに滲ませつつ、メモを受け取る。

「…そんじゃあ」

店主の背中が店の奥に消える。それを漠然と見送る夕紀の耳に、直樹の「行こう」の声が何故か遠く聞こえた。


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