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01 討魔士、夕紀

「いつまで隠れてるつもりかな。私、早く帰って寝たいんだから手を煩わせないでくれない?」

それだけ言うと、少女は自分の半身くらいの長さはありそうな刀を床板に突き入れた。


「ぁ、あの…」

「おじさん、心配しないで。この床板って結構頑丈みたいだから、ちょっとやそっとじゃ家崩れたりしないよ。」

この家の家主である中年の男性にやや的外れなフォローを入れる少女。普通ならここで「このクソガキが。人の家に傷付けといてふざけたこと抜かすんじゃねぇ」とか言われかねないが、運良く男性は穏和な性質らしく、「寝室は破壊しないでおくれよ」と言った他は、若干固い笑顔で黙って状況を見守ってくれている。とりあえず親父からの鉄拳(手刀だったり刀の鞘だったり、バリエーション豊富)は回避が決定したらしい。本当に良かった。あれは本当に痛くて、そのうち頭の形が変わってしまうんじゃないか…と割と本気で考えたりしてしまうほどだ。安堵のため息に併せて突き入れた刀に両手を添え、力を込めると同時に横方向に掻っ切る。


―――数秒間の不気味な間の後、真っ黒い大型の(いたち)みたいな妖魔が軒下からヌッと顔を出した。


「よし、来たな」

紅い瞳でジッと視線を向けてくるそれに挑発的な笑みを返し、


「よ…っ」

華麗な空中回転で外へ躍り出、ポケットから笛を取り出す。妖魔の気を引き、この家から離そうという作戦だ。程無くして高い音で笛が唄い始める。と、予想通りすぐに妖魔がこちらを向いた。

「お~い、こっちだよ~」わざとらしい声で呼び、少女は家の裏手にある森林に向けて悠々と歩き出す。すると妖魔は低く唸り声を漏らし―――――追い風でも受けたかのような物凄いスピードで向かってきた。しかし、少女がそれしきの事で動じることはない。

「そうそう、全力で来てくれなきゃ面白くないよ」

『達観』という言葉がよく合う、少しの乱れもない口調と表情、揺るがない眼光で前を見据えたまま呟く。少しして少女は歩みを止め視線を上げた。それは注連縄(しめなわ)を張った一本の大木。


「………他者(ひと)に手助けして貰うのは好きじゃないけど、仕方ないか…」

ため息と同時に腰のベルトに引っ掛けていた鞘から、今度は小刀を抜き取る。これは斬撃(ざんげき)に用いるのではなく、妖魔の浄化用に打たせた、特別な刀だ。


「退治屋、夕紀(ゆうき)の名の元に命ず。神宿る(いつき)、その(てい)に秘める(きよ)めの御力(みちから)、我が(うち)に貸し添えよ。」

少女――夕紀はっきりとした口調で呪詞(まじごと)を唱え、小刀をかざした。


――――すると、白い刀身が紅と朱色を混ぜたような色の光に包まれた。網膜に鮮明に訴えてくる光に目を細める。しばらくすると光は細くなってゆき、やがて完全に消えた。…そして、それと同時に妖魔の爪が(くう)を引っ掻く音が。


「うぉっと…!!」


瞬時に左腕で受ける。そして間髪入れず峰打ちを食らわした。妖魔が怯んだ隙に体制を立て直し、腕の具合を確認する。鋭い衝撃で袖口から腕にかけてが破れてしまったが、とりあえずは(かす)り傷程度で済んだようだ。

「…さて、それじゃ最後いきますか」

言うや否や夕紀は先ほどの小刀を取り出し、振り上げて「―――今すぐ君を解放してあげるからね。」



迷い無く振り下ろし、妖魔―――鼬の中に潜んでいた妖魔(もの)を討った。




「―――お、夕紀早かったじゃん。お疲れさん」

村に戻ってきた夕紀に、不意に声が掛けられた。少し視線を上げると、半袖シャツを肩まで捲り上げ黒髪短髪をタオルで掻き回している、比較的端整な顔立ちの男子が夕紀の右手にある家の窓から少し身を乗り出すような格好で笑っていた。彼は幼馴染みだ。大方、ついさっきまで剣術の訓練でもしていたのだろう。


「うん。そっちもお疲れ様、(あきら)。…シャワー浴びたらちゃんと髪乾かしなよ。風邪引くよ?」

まるで母親みたいなことを言う夕紀。対する暁は、「平気だよ。……っくしょぃッ」

平気と言った傍からくしゃみをしていては説得力の欠片もない。思わず爆笑しそうになって慌てて口を紡ぐが、声が少し漏れてしまった。


「…ったく、笑ってんなよな。……ぁ、そうだ。さっき夕紀のお父さんが夕紀に話あるとか言ってたよ。行った方が良いんじゃね?」

「…は?今日はまだ何も悪さしてないんだけど」

夕紀の口調に僅かに刺々しさが生まれる。

「『今日は』って…いつも悪さしてるのかよ。まぁお前ならやりそうだけど」

「……ナンダッテ?」

ジロリと暁を見上げる。暁は透かさず「悪い、失言だった」と言ったが、目が限り無く爆笑に近い形に細まっている。絶対真面目には謝っていない。

「おい暁、この私を舐める奴には漏れなく天罰を」「―――下されるのはお前だ、こンのバカ娘!!」

怒号と共に夕紀の脳天に拳骨(げんこつ)が落とされた。

()っ……何しやがんだクソ親父ィっ!!」

痛さの余り目尻を潤ませつつ、後方を射殺さんばかりの眼差しで睨む夕紀。しかし、その眼差しを向けられた夕紀の父も負けてはいない。

「お前、『帰ったら速やかに任務完了報告をしろ』と何度言えば解るんだ!このバカ娘」

「あん?ゴチャゴチャうっせぇなクソ親父。私は今疲れてんの。帰って早々苛つかせんな。失せろ。」

夕紀が平然とそう言い放った瞬間。夕紀の父の表情が引き攣り、額に血管の筋がうっすらと浮かんだ。


「…ぁ」

直感的に何かを悟ったのか、暁の口からその声が漏れた、次の瞬間。



「夕紀……いい加減にしろこのバカ娘がァ~~!!」

夕紀の父が遂に本気でキレた。ついでに鞘に収めていた刀を取り出し、「お前のそのひねくれた根性、俺が一から叩き直してやる。覚悟しろ~!!」

事もあろうに実の娘に刀を向けた。そして夕紀はというと「おっ、良いねぇ~。私も丁度特訓したかった所だよ。」そんなことを笑顔で言って、父と同じく刀を抜く。夕紀も夕紀だが、夕紀の父も大人気ない気がしなくもない。まぁ、これも親子のコミュニケーションの一つみたいだし、別に良いんだけど。


「警備人に乱闘騒ぎと思われない内に終わらせときなよ~。」

まぁ、二人の親子喧嘩は最早妖魔退治屋の集落地の毎日名物であり、警備人にも既に黙認されているのだけど。


込み上げる笑みを隠すように暁は後ろを向いた。直後、堪えきれず押し殺した笑い声が漏れたが、同時に刀が交差する高い音が鳴り響いたのに打ち消され、運良く喧嘩っ早い幼馴染みの耳に届くことは無かった。


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