ポーション
「やっぱり怪我の回復はポーションに限るな!」
「そうね。飲むだけで瞬く間に傷を治してくれるんだもの。こんな素晴らしいアイテムを生み出してくれたあの錬金術師には、足を向けて寝られないわね!」
「まったくだ。よし、みんなさっきの戦いで受けた怪我は完治したな。先に進むぞ!」
「ああ! 必ずこの戦いに勝利するんだ!」
「了解!!」
ポーションの効果で傷を癒した冒険者たちは、高い士気そのままに奥へと進んだ。
この地のモンスターも、きっともうすぐ一掃されるだろう。
その確信が彼らの中にあった。
◇◆◇◆◇
ここは、先ほどの冒険者たちが戦う前線から離れたとある街の、とある工房。
冒険者たちの話題に出てきた錬金術師が、窓の向こうの遠い空を見ながらぽつりとつぶやいた。
「さて、そろそろ廃業するか」
「え!? 師匠、今なんとおっしゃいました!?」
ありえない言葉を耳にした錬金術師の弟子である少年が、自分の聞き間違いかと慌てて師匠に尋ねた。
弟子をちらりと見やることもなく、何の気なしに錬金術師は続ける。
「ポーション作りを廃業するかと言ったんだ。金もずいぶん稼いだからな。そろそろ潮時だ」
聞き間違いではないことを理解した弟子は、今度は師匠の乱心を疑った。
いつにないオーバーアクションで両手をぶんぶん振りながら、一回りは年上の師匠に食ってかかる。
「そ、そんな……未だに飛ぶように売れてるじゃないですか? ここで手を引くなんて意味が分からないですよ! それに冒険者の人たちもポーションがなくなったら困ってしまいます!!」
「それはそうだが、そろそろ真実に気づく連中が出始めるだろうからな」
「真実って?」
師匠はようやく弟子の方を振り向いた。その顔には呆れたような表情が張り付いている。
「お前なあ、傷を一瞬で治す薬なんて都合のいいアイテムがこの世に存在すると思うか?」
「はあ!? い、いや……ポーションがあるじゃないですか! 師匠が苦心の末に生み出した、このポーションが!」
驚愕と共にそばに置いてあるポーションを指さす弟子の少年。大量生産に成功し、飲むだけで傷を治す人気商品として冒険者たちの間に出回っているものと同じものだ。
そのポーションの器に目をやり、しばし見つめたまま錬金術師は小さなため息を吐くと、改めて弟子に視線を戻す。
「あれは傷を治してるわけじゃない。飲んだ本人の自然治癒力を前借りしてるんだよ。大量にな」
「……え?」
ぽかんとする弟子を前に、諦観とも自嘲ともとれるあいまいな笑みを浮かべて師匠は説明を続ける。
「人間は怪我した時、治るのに数日かかるよな? それが本来の人間が持つ自然治癒力なわけだが……その治癒力をポーションの力で無理矢理かき集めて増幅している……と言えば分かるか?」
「じゃ、じゃあポーションを飲んだ人は?」
「ああ。その力をどんどん失っていく。ポーションをがぶ飲みしている冒険者なんかは、もうすぐ小さなかすり傷さえ自然治癒できなくなるだろう」
「そ、そんな恐ろしいものだったんですか!?」
「まあな。だが、ポーションの助けもあって冒険者たちは大活躍。モンスターたちの勢力もずいぶん削ぐことが出来た。しばらくは平和な時代が続くだろう。めでたしめでたし、というやつだ」
言い終えた師匠の顔を、弟子はしばらく信じられない思いで見つめた。いつの間にか笑みを引っ込めていた師の表情は、研究に没頭している時によく見かけた、冷徹で真摯なものだった。
嘘であって欲しかったが、どうやらその願いは儚いものらしい。
「……な、なんてことを……し、知っててそんな恐ろしい薬を売りつけてたなんて……師匠、あなたって人は……!」
目の端に涙を浮かべ、声を震わせて言い募る弟子にかぶせるように、師匠は開口して素早く言葉を投げつけた。
「言っておくが、冒険者たちから見たらお前も同罪だからな?」
「……!?」
「当たり前だろう。お前は俺の弟子だぞ? これまでに俺と共同でたくさんのポーションを作ってきたよな?」
「う、うう……!!」
一切反論できない事実に、弟子の少年はたじろいだ。
そんな弟子を見つめながら意地の悪い笑みを浮かべていた師匠だったが、ややあって真面目な顔に戻る。
「まあ、肝心なことを伝えてなかったお前には少し悪かったなと思っている。だから餞別として多めの金を用意しておいた」
錬金術師はそう言いながら、部屋の隅の机を指さした。いつの間に用意してあったのか、その上には大きめの革袋が載っている。
「受け取りたくなければ受け取らなくても構わないが、それでお前の罪がなくなるわけではないし、冒険者たちがお前を追いかけて来なくなるわけでもない」
自分の言葉が弟子に浸透したのを確認すると、錬金術師は傍らに置いてあった荷物を担いだ。
「さて。それじゃあ俺はそろそろ行く。なんだかんだ世話になった。お前が作る飯も美味かったぜ。元気でな、と一応言っておく」
呆然とする弟子に最後の挨拶をし、そのまま錬金術師は出ていった。自分の工房兼家であったはずの場所を、何の心残りもない様子で。
弟子の少年に出来ることは、そんな師匠の背中を見送ることだけだった。
自分以外誰もいなくなった部屋の中、しばらくの時間が経過し。
弟子の少年はようやく思い出したように、机の上に置き去りにされた革袋にのろのろと近づき、恐る恐る中身を見た。
そこには、たしかに師が言った通りの大金が、たくさんの金貨が、袋いっぱいに詰められていた。これだけあれば、軽く十年は遊んで暮らせるだろう。
「……」
やがて、弟子も師匠のように私物をまとめた荷物を背負い、扉を開けて外に出た。もうこの場所に戻ってくることはないと誓って。
机の上にはもちろん何も残っていない。




