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ギャルはシャッター商店街を盛りたい  作者: 御茄子之与一


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6/10

第6話 盛った写真が炎上する夜

悪意ある切り取りが、莉愛たちを追い詰める。

 炎上は、夜に来た。


 最初に気づいたのは律だった。セト・コスメのグループチャットに、震えた文字が届く。


 『これ、莉愛さんですか』


 リンクを開いた瞬間、莉愛の胃が冷たくなった。


 動画ではない。


 写真だった。


 セト・コスメのカウンターで、莉愛が白灰学園の生徒の手に色を乗せている。実際には、律のミサンガ申請のために袖口を整えていただけだ。けれど切り抜かれた写真では、莉愛が生徒に派手な装飾を施しているように見える。


 添えられた文章は、もっと悪質だった。


 『商店街再開発反対派、学園生徒を利用か。ギャル店員が校則違反メイクを指南』


 ギャル店員。


 校則違反。


 利用。


 言葉の選び方に、悪意がある。


 コメントは、すでに増え始めていた。


 『こういうのがいるから商店街って古い』

 『生徒を巻き込むなよ』

 『白灰学園も落ちたな』

 『灰原ノエルも関わってるらしい』


 ノエルの名前が出たところで、莉愛はスマホを伏せた。


 店内には、ノエル、律、レオンがいた。閉店後、全校集会の記録を整理していたところだった。カウンターには申請書のコピーと、色見本帳の目次の写しが並んでいる。


 律は顔を青くしている。


 「僕のせいです。僕が相談に来たから」

 「違う」


 莉愛は即答した。


 「悪いのは撮ったやつと、切り抜いたやつ」


 ノエルは黙って画面を見ていた。


 「私の名前も出ています」

 「見るな」

 「見ます。見ないと、何をされているのかわかりません」


 その声があまりに静かで、莉愛は止められなかった。


 ノエルは一つひとつコメントを見ていく。傷ついていないわけがない。指先が震えている。それでも彼女は、目を逸らさなかった。


 レオンが自分のノートパソコンを開いた。


 「元画像の出どころを探す」

 「できるの?」

 「完全には無理。でも、投稿された画像に残った情報を見るくらいなら」


 彼は淡々とキーボードを打った。


 数分後、眉をひそめる。


 「画像のメタデータはほとんど消されている。ただ、ファイル名が変だ」

 「ファイル名?」

 「h_shiraha_meeting_03。白灰説明会資料と同じ命名規則だ」


 莉愛は目を細めた。


 「灰原不動産?」

 「断定はできない」

 「でも近い」


 その時、店の外で何かが鳴った。


 がしゃん。


 全員が振り向く。


 莉愛がドアを開けると、シャッターに紙が貼られていた。


 『生徒を利用するな』

 『商店街の恥』

 『ギャルは帰れ』


 赤いペンで書かれた文字。


 まだインクが乾いていない。


 ノエルが息を呑んだ。


 莉愛は紙を剥がさなかった。


 「写真撮って」

 「え?」

 「証拠。剥がす前に全部」


 レオンがすぐにスマホを構える。


 律は震えながら、周囲を見回した。


 「まだ近くにいるかもしれません」

 「追わない」


 莉愛は自分に言い聞かせるように言った。


 追ったら、たぶん怒鳴る。


 怒鳴ったところだけ撮られたら、また切り取られる。


 今は、証拠を残す。


 写真を撮り終えると、莉愛は貼り紙を一枚ずつ剥がした。紙の裏にテープがべったり残り、昨日拭いたばかりのシャッターの桃色が少し剥げた。


 その傷を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。


 怒りだ。


 でも、同時に怖かった。


 自分のせいで祖母の店が傷ついた。


 自分のせいでノエルがまた名前を出された。


 自分のせいで律が青ざめている。


 「莉愛さん」


 ノエルが言った。


 「私が、いなければ」


 その言葉が出る前に、莉愛は振り向いた。


 「それ禁止」

 「でも」

 「ノエルちゃんがいなければ、とか、ウチがいなければ、とか、そういう言い方してると、悪いやつがめっちゃ楽する」


 ノエルは口を閉じた。


 莉愛は声を落とす。


 「誰かを黙らせたい時に、その人が自分から消えてくれたら、相手の勝ちじゃん」

 「勝ち、ですか」

 「そう。だから、消えないで」


 ノエルは何も言わなかった。


 莉愛はすぐに反論文を投稿したかった。


 違う。

 利用していない。

 校則違反メイクなんてしていない。


 頭の中には言いたいことが山ほどあった。けれど、レオンが首を横に振った。


 「感情だけで返すと、相手の狙い通りになる」

 「わかってるけど、黙ってたら認めたみたいじゃん」

 「だから、黙るんじゃない。順番を決める」


 レオンはノートパソコンの横に紙を置いた。


 時系列。

 写真の撮影位置。

 相談者本人の許可。

 校則申請の条文。

 貼り紙被害の記録。


 「この五つをそろえてから出す」

 「時間かかる」

 「炎上は速い。でも、事実を急がせると崩れる」


 悔しいが、その通りだった。


 律が袖を握りしめた。


 「僕、名前を出してもいいです」

 「律くん」

 「僕の相談だったって言えば、莉愛さんが勝手にやったんじゃないって」

 「だめ」


 莉愛は即答した。


 律が驚く。


 「なんでですか」

 「君の名前を出すかどうかは、君が落ち着いてから決める。今、罪悪感で言ってる」


 律は言葉を失った。


 ノエルが小さくうなずく。


 「罪悪感の許可は、あとで本人を傷つけます」


 その言葉は、ノエル自身の痛みから出ているようだった。


 莉愛はスマホを開き、相談に来た生徒たちへ一人ずつメッセージを送った。


 『今、店の写真が悪く切り取られて出ています。説明にあなたの話を使っていいか、使うならどこまでか、落ち着いてから教えてください。今すぐ返事しなくて大丈夫』


 送信する指が震えた。


 自分のせいで、また誰かの怖さを呼び起こしている。


 数分後、芹から返事が来た。


 『名前は出さないでください。でも、写真が怖い子がいることは書いていいです』


 髪留めの女子からも来た。


 『母のことは少しだけなら。黄色の髪留めって書いてください』


 手ぬぐいの男子は、写真を一枚送ってきた。祖父の店の前で、幼い彼がかき氷を食べている写真だった。


 『店名は出していいです。祖父、目立つの好きだったので』


 莉愛は笑いそうになって、泣きそうになった。


 みんな怖い。


 それでも、少しずつ自分で決めている。


 「ノエルちゃん」

 「はい」

 「ウチ、今まで目立つのって、自分が見られることだと思ってた」

 「違うのですか」

 「たぶん、誰かの見えなかったものまで一緒に見えるようにすることもある」


 ノエルはその言葉を、ゆっくりノートに書いた。


 「記録しなくていいって」

 「忘れたくないので」


 レオンが画面を見たまま言う。


 「投稿アカウント、過去にも似た記事を拡散している。商店街再開発に批判的な人を、感情的な迷惑者として扱う内容が多い」

 「灰原不動産と関係ある?」

 「直接の証拠はない。でも、投稿直後に同じ文面を引用したアカウント群がある。拡散の初速が不自然だ」

 「業者?」

 「断定しない」

 「レオン、その言い方ちょっと癖になってきた」

 「断定しない」


 緊張していた律が、少しだけ笑った。


 その笑いで、店内の空気が一瞬だけほどける。


 けれど、すぐにノエルのスマホが震えた。


 画面を見たノエルの顔から、血の気が引いた。


 「どうした」


 ノエルは画面を莉愛に見せなかった。


 「家からです」

 「帰れって?」

 「はい。それと……写真館のものを、勝手に持ち出すなと」


 まだ誰も、家に写真箱のことを話していない。


 莉愛の背筋が冷えた。


 「見張られてる?」

 「わかりません」


 ノエルはスマホを胸に抱いた。


 莉愛は、今すぐ一緒にいてと言いたかった。けれど、それを言うことがノエルの選択を奪うのではないかと思って、言葉が喉で止まる。


 代わりに言った。


 「帰るなら、着いたら連絡。帰りたくないなら、ここにいていい」


 ノエルは長く迷った。


 その迷う時間を、誰も急かさなかった。


 やがてノエルは、苦しそうに言った。


 「今日は、帰ります。逃げたと思われたくないので」


 莉愛は頷いた。


 「じゃあ、帰るって決めたノエルちゃんを尊重する。でも、連絡は絶対」


 ノエルは小さくうなずいた。


 その夜は、解散するしかなかった。


 レオンは画像の解析を続けるため資料室へ戻り、律は姉に迎えに来てもらった。ノエルは灰原家へ帰ると言った。


 「送る」

 「大丈夫です」

 「大丈夫じゃない顔してる」

 「……でも、帰らないと、お兄様が」


 怜司。


 莉愛は一瞬迷ったが、ノエルの意志を無視したくなかった。


 「着いたら連絡して」

 「はい」


 ノエルはそう言って帰った。


 連絡は来なかった。


 夜十時。


 十一時。


 既読もつかない。


 莉愛は何度もスマホを見た。胸がざわざわして、店の片づけが手につかない。


 十一時半、律から連絡が来た。


 『ノエル先輩、家に帰ってないそうです』


 莉愛は椅子から立ち上がった。


 店を飛び出す。


 夜の商店街は、昼間よりずっと暗い。アーケードの電灯は半分しか点いていない。シャッターの貼り紙跡が、街灯の下でまだらに光っている。


 「ノエルちゃん!」


 返事はない。


 莉愛は写真館の前へ走った。


 シャッターは閉まっている。


 けれど、裏路地へ回ると、細いドアが少しだけ開いていた。


 中に入る。


 暗室の奥で、ノエルは座り込んでいた。


 膝を抱え、古い写真の箱を抱いている。


 莉愛は息を切らしながら言った。


 「いた」


 ノエルは顔を上げた。


 目が真っ赤だった。


 「すみません」

 「謝る前に、連絡」

 「スマホ、見られたくなくて」

 「誰に」

 「家に」


 ノエルは箱を抱きしめる。


 「帰ったら、もう関わるなと言われると思いました。写真も、目次も、全部渡せと」

 「怜司?」

 「お兄様ではありません。父です」


 灰原不動産の家。


 ノエルの声が震える。


 「私は、灰原の名前で守られていると言われてきました。でも、その名前で、商店街の人には嫌われます。学校では、会社の子だと見られます。家では、写真館の孫だと疑われます。どこにいても、私の顔を見てくれる人がいません」


 莉愛は黙って聞いた。


 ノエルは続ける。


 「莉愛さんは、顔を見たいと言ってくれました。でも、見られるのが怖いです。見られたら、何もないとわかってしまう気がする」


 その言葉は、莉愛の胸にも刺さった。


 派手にしていると、中身がないと言われる。


 地味にしていると、何もないと思われる。


 どちらにいても、人は勝手に決める。


 莉愛はノエルの隣に座った。


 埃っぽい床だった。


 スカートが汚れる。


 でも、どうでもよかった。


 「ウチもさ、見られるの怖いよ」

 「莉愛さんが?」

 「うん。ギャルだから平気そうに見えるだけ。派手にしてるのも、好きだからだけど、好きって言い切るの怖い時ある。笑われたら痛いし」


 ノエルが莉愛を見る。


 「それでも、やめないんですか」

 「やめたら、笑ったやつのほうが正しかったみたいになるじゃん」


 莉愛は自分の爪を見た。


 貼り紙を剥がした時についた糊で、ラメが少し曇っている。


 「でも今日、ちょっと折れた」

 「私のせいで」

 「違うって。折れたのは、ウチの心がちゃんとあるから。折れたら直せばいい。ネイルもそう」


 莉愛は笑おうとして、うまく笑えなかった。


 ノエルが箱を開ける。


 中には、古い写真が何枚も入っていた。


 青いリボンをつけて笑う幼いノエル。

 セト・コスメの前で口紅を選ぶ若いサチ子。

 夜市で踊る人たち。

 写真館の祖母が、カメラを下ろして笑っている一枚。


 その下に、封筒があった。


 『サチ子さんへ』


 莉愛の祖母宛てだ。


 ノエルが差し出す。


 「ここに隠してありました。祖母が、瀬戸さんに渡すつもりだったのかもしれません」


 莉愛は封筒を開けた。


 中には、色見本帳の一ページが入っている。


 セト・コスメ 桃。


 そのページには、祖母の店の写真と、手書きの説明があった。


 『この店の桃色は、若い子のためだけではない。仕事に戻る人、葬儀のあと初めて口紅を買う人、娘の結婚式で泣きたくない人。顔を上げるための色』


 莉愛は、息ができなくなった。


 祖母の店は、ただ化粧品を売っていたのではない。


 誰かが顔を上げるための色を、選ぶ場所だった。


 ノエルが言う。


 「莉愛さん」

 「うん」

 「私、逃げるのをやめたいです」

 「うん」

 「でも、一人では無理です」

 「一人でやんなくていい」


 ノエルは、初めて莉愛の手を握った。


 冷たい手だった。


 でも、力があった。


 「明日、家で知っていることを話します。灰原不動産の資料室に、色見本帳の残りがあるかもしれません」

 「行ける?」

 「行けません。でも、見たことがあります。棚番号なら覚えています」

 「それ、めっちゃ強い」


 莉愛は笑った。


 今度は、少しだけちゃんと笑えた。


 その時、暗室の外で足音がした。


 怜司だった。


 「ノエル」


 彼は二人を見て、ため息をついた。


 怒鳴らなかった。


 それが意外で、莉愛は身構える。


 怜司は低い声で言った。


 「父が、君を探している」

 「帰ります」

 「今帰れば、資料のことを聞かれる」

 「……」

 「だから、今日は僕が送ったことにする。セト・コスメにいたとは言うな」


 ノエルが目を見開く。


 莉愛も驚いた。


 「怜司、あんた」

 「勘違いしないでください。騒ぎが大きくなると会社にも不利益です」

 「そういう言い方しかできないわけ?」

 「そういう言い方なら、まだできます」


 その声には、少しだけ疲れがあった。


 怜司もまた、何かに縛られている。


 莉愛はそう思ったが、今は踏み込まなかった。


 ノエルは写真の箱を胸に抱き、立ち上がった。


 「莉愛さん。明日、話します」

 「うん。待ってる」


 ノエルと怜司が去ったあと、莉愛は暗室に残った。


 手には、セト・コスメの桃色のページ。


 炎上は消えていない。

 貼り紙の跡も残っている。

 ノエルの家の問題も、学校の問題も、何一つ終わっていない。


 でも、莉愛は今日初めて、この物語の中心に触れた気がした。


 スマホには通知がたまり続けていた。


 知らない人からの悪意。

 心配する友達からのメッセージ。

 相談に来た生徒たちからの短い返信。


 『芹です。名前は出さないでほしいけど、写真が怖いって話は使っていいです』


 『黄色の髪留めの者です。母のこと、少しだけなら大丈夫です』


 『手ぬぐい、祖父の店名出していいです。祖父なら目立てって言うと思うので』


 その一つひとつを見て、莉愛は暗室の床に座り込んだ。


 誰かが自分の痛みの範囲を、自分で決めて送ってきている。


 名前は出さない。

 でも話は使っていい。

 写真はだめ。

 店名はいい。


 線引きはそれぞれ違う。


 それでよかった。


 みんな同じ色に塗る必要はない。


 莉愛はノートを開き、ひとつずつ書き写した。スマホに残すだけでは足りない気がした。手で書くと、その人が差し出した勇気の重さが少しわかる。


 律からは、姉と一緒に撮ったミサンガの写真が届いた。


 画面の中で、姉弟の手首に同じ赤い糸が巻かれている。


 『姉が、莉愛さんにありがとうって』


 莉愛は返信に迷って、結局こう打った。


 『こちらこそ。切らないでくれてありがとう』


 送信してから、またページを見た。


 顔を上げるための色。


 自分が今日守りたかったのは、祖母の店だけではない。


 誰かが「これは自分のものだ」と言える小さな色だった。


 その時、レオンから新しいメッセージが入った。


 『画像拡散の初動、灰原不動産の広報資料と同じ時間帯に集中している。証拠としては弱いが、説明会資料と照合する価値がある』


 続いて美玲。


 『広報部メールの原本を確保します。ただし、父の会社名はまだ出さないでください』


 そして、最後にノエル。


 『家に着きました。お兄様が送ってくれました。明日、資料室のことを話します』


 莉愛は大きく息を吐いた。


 よかった。


 たった三文字で返すには、感情が多すぎた。


 だから少し考えて、送った。


 『おかえり。明日も一緒に怖がろ』


 ノエルからの返事は、短かった。


 『はい』


 その「はい」が、昨日までより少しだけ強く見えた。


 莉愛は暗室の小さな流しで手を洗った。


 貼り紙の糊が、まだ指先に残っている。こすっても、爪の端に少しだけ引っかかった。桃色のラメはところどころ剥げ、透明な地爪が見えている。


 いつもなら、すぐ塗り直した。


 欠けたネイルはテンションが下がる。中途半端な自分を見られるみたいで嫌だった。


 でも今日は、その剥げた爪をしばらく見ていた。


 盛ったものが剥がれたあとに残る自分。


 そこを見ないまま、もう一度色を乗せても、たぶん同じところで怖くなる。


 莉愛は反論文の下書きを開き、最初に書いていた強い言葉を消した。


 怒っている。

 怖い。

 悔しい。


 その三つは消さない。


 でも、誰かを殴る言葉にはしない。


 ノエルが見つけた桃色のページを、莉愛はもう一度封筒にしまった。


 明日、祖母に電話しよう。


 怒られるかもしれない。

 笑われるかもしれない。


 それでも、聞きたい。


 すっぴんの自分に、次は何を乗せればいいのか。


 暗室を出る前に、莉愛は壁に貼られていた古い紙を一枚見つけた。


 『撮る前に、聞くこと』


 ノエルの祖母の字だろうか。箇条書きが続いている。


 笑ってほしいか。

 笑わなくていいか。

 残していいか。

 誰に見せていいか。


 写真館の壁に、ずっと前から答えが貼ってあった。


 勝手に撮らない。

 勝手に使わない。

 勝手に意味を決めない。


 莉愛はその紙をスマホで撮った。


 炎上に対する一番まっすぐな反論は、ここにある気がした。


 写真を撮る前に、聞くこと。


 それは、メイクの前にも同じかもしれない。


 盛っていいか。

 どこまで変えたいか。

 何を残したいか。

 誰に見せたいか。


 莉愛は、祖母がいつも鏡の前で相手の話を長く聞いていた理由を、少しだけ理解した。


 色を乗せるより先に、聞く。


 それを飛ばすと、盛ることも、撮ることも、簡単に暴力になる。


 莉愛はスマホのメモに書いた。


 明日の相談室ルール。


 一、先に聞く。


 二、本人が決める。


 三、勝手に意味を決めない。


 書いてみると、当たり前のことばかりだった。


 でも、その当たり前を守らない人がいるから、ノエルは傷ついた。


 律も、芹も、名前を出さない誰かも、怖がっている。


 当たり前を、ちゃんと当たり前として店の真ん中に置く。


 明日の莉愛にできることは、まずそれだった。


 色は、飾りではない。


 顔を上げるための理由だ。


 莉愛はページをそっと封筒に戻した。


 「好きだけは、捨てない」


 暗室の中で、桃色の記録が静かに息をしていた。

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