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第21話「海の底の暗闘」

【作中時間】2026年6月20日 20:00 - 21:00(台湾標準時 / UTC+8)

※日本標準時(JST / UTC+9):6月20日 21:00 - 22:00

20:05 台湾本島南西沖/海中(深度250メートル)

空と海面がミサイルの閃光と燃え盛る原油で真昼のように明るく照らされているのとは対照的に、水深250メートルの世界は、太陽の光が一切届かない絶対的な暗黒と、身をすくませるような冷気に支配されていた。

台湾海峡の南端。

中国人民解放軍海軍の主力攻撃型原子力潜水艦である093B型(商級改)「長征16号」は、台湾の西海岸へ向けて出撃を開始した数千隻の揚陸艦隊の「露払い」として、海峡の底を這うように南下していた。

発令所コントロール・ルームの照明は、戦闘態勢を示す薄暗い赤色に切り替えられている。

艦長を務める海軍大佐は、ソナー席の背後に立ち、腕を組んだままウォーターフォール(音響データの滝状グラフ)のモニターを血走った目で睨みつけていた。

「……ソナー、状況はどうだ」

「最悪です、艦長。海面が騒がしすぎます」

分厚いヘッドフォンを耳に押し当てたソナー長が、苦虫を噛み潰したような顔で報告する。

「台湾沿岸部に着弾するロケット砲の着水音、炎上する味方の揚陸艦の爆発音、さらに沈没した艦艇から漏れ出す高圧空気の破裂音。浅海域特有の反響リバーブも相まって、現在の台湾海峡は文字通り『音のゴミノイズ・ダンプ』と化しています。……パッシブ・ソナー(受動探信儀)の感度を最大に引き上げていますが、背景雑音バックグラウンド・ノイズが大きすぎて、微弱なターゲットの音紋を抽出できません」

艦長は舌打ちをした。

数時間前、彼らの同型艦である第1潜水隊の093A型原潜が、宮古海峡周辺で突如として音信を絶った。間違いなく、日米のどちらかの潜水艦に「狩られた」のだ。

上層部は「台湾へ上陸部隊を送り込め」と急かしてくるが、この見えない暗殺者が潜む海域に丸腰の輸送船団を突っ込ませれば、彼らは文字通り腹を下から食い破られることになる。

「敵は必ず、この海峡の入りチョークポイントで我々の揚陸艦隊を待ち伏せしているはずだ。……機関長、現在の深度と水温躍層サーモクラインは?」

「現在深度250メートル。水深150メートル付近に強い水温躍層が存在します。我々の出す音は、この層に反射して海面付近には届きにくくなっていますが、逆に海面近くにいる敵の音も我々には聞こえません」

潜水艦の戦いは、物理的な兵器の撃ち合いの前に、海という大自然が作り出す「音の層」を利用したかくれんぼである。水温や塩分濃度の違いによって生じるサーモクラインは、音の波を反射・屈折させる見えない壁となる。

「微速前進(3ノット)を維持せよ。曳航ソナー(TASS)のケーブルを完全に展開しろ。……耳を澄ませ。敵は必ず、この暗闇のどこかで息を潜めている」

艦長は、潜望鏡のポールを強く握りしめ、冷や汗を流しながら暗黒の海を睨みつけた。

20:25 台湾海峡南部・ルソン海峡境界付近/海中(深度350メートル)

中国の原潜からわずか数万ヤード離れた、さらに深い海の底。

アメリカ海軍第7艦隊に所属するバージニア級攻撃型原子力潜水艦「ノースカロライナ(SSN-777)」が、漆黒の深海に完全に溶け込むようにして静止ホバリングしていた。

バージニア級は、冷戦期に作られたロサンゼルス級の後継として、特に浅海域リトラルでの特殊作戦や静粛性を極限まで追求した、世界最強の「海の暗殺者」である。

艦長を務めるデイビス中佐は、赤い照明に照らされた発令所で、BQQ-10統合ソナー・システムのコンソール画面を覗き込んでいた。

「……艦長、コンタクト(探知)。方位ベアリング3-4-0。距離、推定2万5000ヤード。微弱ですが、規則的な機械音ナローバンドを拾いました」

ソナーマンが、興奮を抑え込んだ低い声で報告する。

音紋アコースティック・シグネチャーは?」

「コンピューターのライブラリと照合中……一致しました。中国海軍の093B型(商級改)原子力潜水艦です。速度およそ3ノット。ポンプジェット推進器の微小なキャビテーション(気泡)音と、原子炉の冷却水循環ポンプの固有周波数を捉えました」

デイビス艦長は、口角をわずかに上げた。

「連中め、上の騒音に紛れてコソコソと南下してきているつもりだろうが、アメリカ海軍の『耳』を舐めるなよ」

中国の093B型は、旧式の原潜に比べれば格段に静粛性が向上しているが、それでもアメリカの最新鋭原潜と比べれば「トラクターと高級セダン」ほどの差がある。ノースカロライナの高性能な曳航ソナー(TASS)は、ノイズの海の中からでも、中国原潜が発する特有の周波数だけをデジタル処理でピンポイントに抽出することが可能であった。

「我々の探知を、敵は察知しているか?」

「ネガティブ。我々は現在『超静粛潜航ウルトラ・クワイエット』状態です。換気ファンも停止し、クルーはブーツを脱いで歩いています。敵のソナーには、我々はただの『海の背景音』にしか聞こえていないはずです」

「よろしい」デイビス艦長は、冷徹な声で命じた。

「これより、狩りを開始する。目標をシエラ・ワン(Sierra 1)と呼称。機関長、針路3-4-0、微速前進。敵のバッフル(スクリューの死角となる艦尾方向)へ回り込め。……魚雷発射管1番および2番に、Mk48 ADCAPアドキャップ魚雷を装填。有線誘導用ワイヤーを接続しろ」

「チューブ1および2、装填完了。ワイヤー接続よし。射撃統制システム(TMA)、ターゲットをロックしました」

「我々が先制の引き金を引く。……一発で仕留めろ」

ノースカロライナの艦首にある魚雷発射管の注水音が、艦内に低く響く。

それは、獲物に忍び寄る猛獣が、ゆっくりと爪を研ぐ音に他ならなかった。

20:45 台湾海峡/海中(深度 250メートル)

中国海軍の原潜「長征16号」の発令所。

張り詰めた沈黙の中、突如としてソナー長が悲鳴のような声を上げた。

「トランジェント(突発音)探知!! 方位1-6-0(左舷後方)! 距離……極めて近いです、1万ヤード以内! 魚雷の注水音、および発射管の扉が開く音です!!」

「なんだと!? なぜ探知できなかった!」

艦長が顔面を蒼白にさせる。

「敵は我々の死角バッフルに入り込んでいました! さらに、敵艦は無音デッド・サイレントです!」

『シュパァァァァァッ!!』

ソナーのヘッドフォン越しに、高圧空気によって魚雷が射出される恐ろしい音が、はっきりと捉えられた。

もはや、隠れんぼの時間は終わった。絶対的な暗殺者が、背後から致命的なナイフを突き出してきたのだ。

敵魚雷トーピード接近! 数、2! アクティブ・ソナーを打ち鳴らして突っ込んできます! 速度50ノット以上!」

面舵一杯ハード・スターボード緊急前進フランク・アヘッド! 機関出力100%!」

艦長が絶叫する。

「デコイ(音響欺瞞体)連続射出! 急速潜航、深度400メートルまで沈め!」

長征16号の巨大なスクリューが激しく回転し、キャビテーションの轟音と猛烈な泡を発生させながら、海底へ向かって急角度で潜り始めた。

艦の側面に備えられたランチャーから、潜水艦のスクリュー音を模倣した音響デコイが次々と射出され、海中に偽のターゲットを作り出す。

しかし、アメリカ軍の放ったMk-48 ADCAP(Advanced Capability)重魚雷は、並の欺瞞には騙されなかった。

ノースカロライナの艦内から伸びる光ファイバー・ワイヤーを通じて、米軍のソナーマンが魚雷のセンサー情報をリアルタイムで監視し、手動でデコイを無視させ、本物の潜水艦の航跡へと誘導し続けていたのだ。

「……敵魚雷、デコイを無視! 依然として本艦を追尾中!」

回避機動ナックル! 舵を限界まで切れ!」

巨大な水圧が、急旋回する長征16号の船体をミシミシと軋ませる。

深度はすでに350メートル。船体の限界深度テスト・デプスに近づきつつある。水圧によって、配管の継ぎ目から海水が霧のように噴き出し始めた。

「艦長! このままでは圧壊します!」

「構わん、潜れ! 魚雷に当たるよりマシだ!」

その時だった。

急激な回避機動による強い水流の負荷に耐えきれず、米軍の魚雷に繋がっていた光ファイバー・ワイヤーが、パチンという音とともに「切断」された。

「……ワイヤー、ブレイク(切断)しました!」

ノースカロライナのソナーマンが報告する。

「構わん、魚雷をアクティブ(ピットブル)に移行させろ。自律追尾で食らいつけ」

デイビス艦長が冷徹に命じる。

ワイヤーが切れたMk48魚雷は、内蔵されたAIとアクティブ・ソナーを全開にし、自律的な「殺人機械」として長征16号への最終突入を開始した。

『ピィィィン! ピィィィン!』という、甲高く、死の宣告のようなアクティブ・ソナーの探信音が、中国原潜の艦内に直接響き渡る。

「魚雷接近! 距離1000……500……!!」

長征16号の艦長は、迫り来る死の音を聞きながら、最後に目を強く閉じた。

最新鋭の兵器を揃えても、海中におけるアメリカの圧倒的な経験と技術力の前では、彼らはただの狩られる側の獲物に過ぎなかったのだ。

「毛沢東主席、万歳――」

ズゴォォォォォォォンッ!!!!!

深海で、2発のMk48魚雷が長征16号の機関部と耐圧殻の中央に同時に命中し、数百キロの高性能炸薬が炸裂した。

閃光は海の中ではほとんど見えない。しかし、その破壊力は凄絶であった。

数千トンの水圧が掛かっていたチタン合金と高張力鋼の耐圧殻が、爆発の衝撃によって一瞬で引き裂かれ、内側に凹むようにして大圧壊インプロージョンを引き起こした。

艦内にいた100名以上の乗組員は、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして超高圧の海水に押し潰され、あるいは爆発の炎によって蒸発した。

バラバラになった長征16号の残骸は、台湾海峡の冷たく暗い海底(深度1,500メートル)へと、無数の気泡とともに沈んでいった。

20:55 台湾海峡南部/海中(深度 200メートル)

「……敵潜水艦の圧壊音を探知。シエラ・ワン、沈没しました」

ソナーマンが、ヘッドフォンを少しずらしながら、低く落ち着いた声で報告した。

バージニア級原潜「ノースカロライナ」の発令所では、歓声は上がらなかった。

潜水艦乗り(サブマリナー)特有の、任務を完遂した安堵と、同業者を葬ったことへの無言の重圧だけが、赤い照明の下に漂っている。

「ワイヤーを切り離し、魚雷発射管を再装填しろ」

デイビス艦長は、潜望鏡のポールから手を離し、コーヒーを一口すすった。

「これで台湾海峡への南側の『蓋』は開いた。……さて、海面の獲物ターゲットはどうなっている」

「艦長」

別のソナー・オペレーターが、コンソールの画面を凝視しながら、緊迫した声を上げた。

「台湾海峡の北側および大陸沿岸部から、無数の……本当に無数のスクリュー音を探知しています。軍艦だけではありません。民間フェリー、貨物船、小型の漁船に至るまで、大小数千隻の船団が、一斉に台湾本島へ向けて航進を開始しています」

「……上陸作戦アンフィビアス・アサルトか。ついに中国軍の本隊が動き出したな」

デイビス艦長は、頭上の天井――すなわち海面の方角を見上げた。

彼ら潜水艦部隊が、海の中でいかに無敵であろうと、搭載している魚雷の数には限りがある。ノースカロライナに積まれている魚雷とミサイルを全弾撃ち尽くしたところで、数千隻という巨大な「群れ」をすべて止めることは物理的に不可能なのだ。

「……台湾の海岸線は、地獄になるぞ」

午後9時00分。

開戦から21時間が経過。

海の底の暗闘において、日米の潜水艦部隊は中国の原潜を次々と沈め、完全な優位を確立した。しかし、それはもはや、これから地上で起きる圧倒的な殺戮の嵐の前の、小さな前哨戦に過ぎなくなっていた。

中国共産党の最高指導部が下した「犠牲を厭わぬ強行上陸」の決断により、台湾海峡には、人類史上最大規模の上陸船団が、文字通り波を真っ黒に染め上げながら、怒涛のように押し寄せていたのである。

この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。

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