偽典の供述
正義とは何か、そして悪とは何か。
その境界は、果たして誰が決めるのだろうか。
これは、とある連続殺人犯と刑事の対話の記録である。
〜一日目〜
「あなたがここに連れられた理由は分かりますか?」
「わかりません」
「あなたは須摩ヶ谷連続殺人の容疑者として検挙されました。」
「それで?」
「人が死んだんです。あなたのせいで」
「それがなんなんですか?」
「はぁー何で分かんないかなー」
「今から、全部聞くから、話してもらうよ」
「それを話せば私は救われますか?」
「救われるんじゃない?わからないけど」
「じゃあ記録取らせてもらうから」
「裁判でも使われるからね。ちゃんと話してよ」
「分かりました。一つ約束してください」
「何を?」
「おそらく貴方が私の人生で、最後に喋る人でしょう。この問答に私からも質問をする時間をください。」
「真面目に喋ってくれるならな。」
「約束します。」
「1軒目の被害者、堺 幸雄、28歳。調べたところ、君の高校時代の同級生じゃないか」
「堺さんとの関係は?」
「彼は私の友人だった」
「だった?」
「刑事さんは友人はいますか?」
「もちろんいるよ。飲み仲間だけどな」
「私には生まれてからずっと抱えている不安があった。それは友達の定義です。」
「刑事さんは考えた事ありませんか?何が友達を友達たらしめるのか。」
「いつもよく喋っているから、よく遊ぶから、そんな事で友達と決めつけて良いのでしょうか?」
「質問が多いぞ、まず俺の質問に答えろ。堺 幸雄さんとはどういう関係だったんだ?」
「彼は私の良き友人だと思っていた。その気持ちこそが犯行の動機だったんですよ。」
「高校時代何もパッとしない日々を過ごしていました。いじめられる事も多々ありました。」
「堺さんにいじめられたのか?」
「いやむしろその逆ですよ。彼だけは私に優しかった。彼との仲は良くなるばかり、私の生活は輝き出していた。色々な事を喋った。」
「私はある時、いじめっ子に弱みを握られたんです。それは友達だと思った彼にしか言わなかった事だった。」
「それからというものいじめの頻度は増えるばかり、いっそ消えてしまえばどれだけ楽かずっと考えた。」
「日が落ちれば、影は一帯になる。だが彼は私を照らし続けた。影はハッキリと見える。見られ続ける。」
「分かった。つかぬ事を聞いてしまったな。君の質問に答えよう。」
「刑事さんはなぜこの仕事を?」
「俺は自分の中に正義を持っている。その正義を正しく世の中に奉仕するためだ。」
「正義ね...私の行いは正義ではないと?」
「どんな理由があれ、人の命を奪う事は等しく悪だ。」
「刑事さん。この世に悪は存在しません。」
「みんな自分が正しいと思っているだけなんですよ。それを正義と言い好き勝手に振りかざす。私をいじめた人達も自分の中の正義に従っただけ。」
「私から見れば、刑事さんもいじめっ子も何も変わりません。」
「刑事さんは否定出来ない。否定すれば、高校時代の私は死んでおけば良かった。そう考える事になる。だから変わらないと言ってるんです。」
「よく喋るな。」
「すいません。少し感情的になってしまいました。」
「君の前で御託や綺麗事は通用しないらしい。ならハッキリ言ってやる。私は身の周りの人間が無事ならそれでいい。そいつらのためにこの仕事をしているんだ。」
「ハハハハハッ」
「そのエゴを忘れてはいけないですよ。刑事さんは正しいんだから。」
「もういい、続けるぞ。」
「動機は分かった。それにしても死体の損壊が激し過ぎる。遺体の一部も未だに見つかっていない。」
「それについて知っている事を教えてもらう。」
「腹黒って言葉があるでしょ。元はサヨリという綺麗な魚なんですが、腹を裂くと真っ黒らしいんですよ。」
「関係があるのか?」
「彼の腹はどれほど黒かったのか気になったんですよ。」
「それで?堺さんの腹はどうだった?」
「綺麗な赤色でしたよ。それでね色々、身体をいじっていたら、バラバラになっちゃって、隠したのはイースターエッグみたいな、何か意味を持たせたかったからです。」
「ならどこに隠した?堺さんの右手と心臓は」
「それを言ったらエッグハントの意味がないでしょう。」
「君はさっきお願いしたな?協力してるのは俺の善意だという事を忘れるな。」
「それなら私は真実を話さないというだけの話です。」
「警察を舐めるな。お前がやった証拠はいくらでも残ってんだよ。」
「あなた言いましたよね?綺麗事は要らないって、もっと向き合うべき事に向き合ったらどうですか?」
「今日はここまでにする。」
「あっ、佐藤さん」
「おう、林か」
「容疑者とは取り調べ出来たんですか?」
「ああ、結構疲れるよ。」
「でしょうね。なんてったって相手はあの須摩ヶ谷の連続殺人犯ですからね。山田 良吾の犯人像はどんな感じでしたか?」
「とにかくとっつきにくいな。だが誠実さも少しは感じる。あまり嘘言ってるようにも感じなかった。」
「でもこの一件はまだまだおかしい所があるんですよ。」
「なんだ?」
「例えば、今回の殺人は3件。ですが1件目と2件目は全くと言っていいほど物的証拠が見つからなかった。なのに3件目になって、靴の痕跡と身分証を現場に残した。」
「まるでワザと捕まったかのように感じる。」
「この3件は元々関連性はあまり見られなかったからな。」
「被害者の死亡当時の状況が全く違いますからね。1件目は頭部を殴打の後バラバラ遺体、2件目は市販の延長コードでの絞殺、3件目は...」
「おっと本庁からだ。また後でな。」
「では、自分は現場検証に行ってまいります。」
「はいこちら佐藤」
「取り調べは進んだか?」
「今回はかなり、真相が絡まっているように感じます。」
「というと?」
「色々とおかしな点があります。犯行に一貫性が無く、あくまで3件は本人の自供、3件目に残っていた痕跡から、無関係では無いでしょう。」
「引き続き捜査にあたってくれ。」
「分かりました。では」
「一度整理しよう」
・犯行は3件全て山田の犯行と自供
・1件目の動機は被害者に対する復讐
・山田に罪の意識はほとんど無い
・山田には何か人に知られたくない秘密があった
・遺体の一部に関しては黙秘
「こんな所か」
〜二日目〜
「来てやったよ」
「今日は、何を聞くんですか?」
「そうだな、なぜこの3件殺害方法が異なるんだ?」
「それは昨日言った通り″意味″ですよ。」
「ただ殺すのなんて誰でもできる事です。
日常生活で気に入らない人間なんていくらでもいるでしょう?」
「いじめたい。恥をかかせたい。今すぐ殺してやりたい。死んでくれ。人生で一度もこの感情を抱いた事のない人間はいません。」
「私は最後にその夢を叶えただけですよ。」
「満足か?」
「ええ、でも同時に悲しくなりますね。」
「結局、世の中は好き勝手やる人が一番得をするんですよ。」
「当然だろうが、だから俺はそっち側に立つやつが嫌いなんだ。」
「お前はどこまでいっても弱者だな?」
「ハナっから諦めて、理解も辞め、挙句人を殺しました?」
「もう取り調べをする意味もない。そう思わないか?」
ニコッ
「何も分かっていないのは刑事さんですよ。」
「あなたも権力者の様に怠慢を働けばいい」
「ならもういいか?お前の戯言に耳を貸すのは?」
ハハハハッ
「戯言か〜」
「刑事さんさっきも説明しました」
「意味ですよ」
「聞かせてもらおうか?2件目について」
「ああ2件目ですか?2件目って何でしたっけ?」
「被害者は夏川 眉美さん33歳、自宅で何らかの紐状のモノを使って絞殺されていた。」
「そうでしたそうでした夏川さんでしたね。」
「彼女は、私の元バイト先の先輩でした。」
「そうでしたね。彼女は世界で1番美しい心を持った女性でしたね。」
「どういう事だ?」
「私は彼女によくしてもらいましたね。」
「初めて彼女が出来たんですよ。」
「それが私の人生にとってどれだけの出来事だったか、刑事さんにわかりますか?」
「お前に人の人情が分かるとはな、意外だよ。」
「とはいえ犯行をした時とは別人ですからね。」
「なぜそんな人を今になって殺した?」
「ある日、会社終わりに近所の公園に行きました。それは彼女と未来の話をした公園でしたね。」
「熱心に喋る私を他所に、彼女は引き攣っていたのをよく記憶しています。そして言われたんですよ。」
「山田君と一緒にいる未来は見えないって」
「そうか、それなら私が今言った事は全て私の勝手な妄想だ。それで終わらせられたハズですね。」
「私は見た。あの女が他の男を連れて歩いているのを」
「それが動機か?ただ男と歩いていただけで?」
「私は後を追いかけた。そうした聞こえてきたんですよ。」
「彼氏と別れたいんだけど...邪魔くさいヤツなんだよね」
「次の日には別れる連絡を入れましたよ。」
「あの女は返事を返す訳でもなく、私から逃げていった。」
「刑事さんは愛を知っていますか?」
「お前よりはな」
「だとしたら、価値観が違いますね。」
「愛とは所詮は、お互いの信頼があってこそ成立するモノなんだ。信頼を天秤に乗せた時、絶対にどちらに傾いてはいけない。」
「そんな人を探した僕がバカだったんです。」
「気まぐれに気持ちは変わる。だからこそ尊いモノだとか言ってるバカが世の中にどれだけ存在するか」
「自分のためだと正直に言ってしまえばどれだけ楽なのか、気になりますね。」
「ようは逆恨みって訳だろ」
「クズだな」
「刑事さん。私を非難しても何も出てこない。」
「現にどれだけ暴言を吐かれようが、私には何も沁みてこない、あなたの言葉は何一つとして」
「ハナからそんな気で喋ってねぇんだよ」
「お前は聞かれた事だけ答えてろ」
「解決すると良いですね事件」
「何言ってやがる。」
「さあ何のことやら」
「終わりだ」
「林、捜査資料をまとめてくれ」
「しっかし大変ですねーあんな凶悪犯と喋らないといけないなんて」
「お前も取り調べしてみるか?」
「冗談になんないっすよ。嫌です。」
「ハハッ、いつまでそんな腰抜けなんだよ」
「やっぱ臭いモノには蓋をするって事です。
嫌なものには関わりたく無いって、普通の心理行動でしょ」
「そうか」
「捜査に戻る。出来たら資料を見せてくれ」
「分かりました。」
「まとめるか」
・2件目の被害者夏川と山田は恋人関係にあった。
・浮気が動機の可能性あり
・だが数年前の出来事で今犯行に及んだ理由は不明
・供述が支離滅裂になってきている。
・次の取り調べで供述は全て取れるだろう。
「こんなところか」
〜三日目〜
「取り調べも最後だ。ようやくお前みたいなのと話さなくて済む。」
「寂しいですね。」
「俺は全くだ」
「分かっていますよ。」
「お前は本当に全てを話すつもりなのか?」
「それは...どういう意味です?」
「1件目と2件目の聴取ははっきり言って自供を取る為の聴取だった。」
「3件目はどうもおかしいんだよ。」
「何がです?」
「3件目の遺体だけが身元不明で見つかったという点だ。」
「損傷が激しすぎるんだよ。」
「一体お前は誰を殺したんだ。」
「・・・」
「おい、どうした?」
「強いて言えば...自分自身という事になりますね。」
「嘘をつくなぁ!!」
「なぜ嘘だと思うんですか?」
「自分を殺しただ?」
「お前が2人存在するなど、誰が信じるんだ?」
「最初の約束を忘れたか?お前の戯言に付き合ってやる代わりに真実を教えろと言ったハズだ。」
「それこそ嘘じゃないですか?刑事さん」
「犯人の言う事を、警察が鵜呑みにする訳がない。」
「刑事さんも警察なんて仕事をしてるんだ。疑うだけの人生だったんでしょう?」
「違うっ!!」
「いいや違わない」
「二日間の事情聴取、ずっと刑事さんだけを見ていたんです。」
「寄れているスーツ、足を組み姿勢を私からずらしている。資料にばかり目をやり、合わせようともしない。」
「それが信頼に足る人間のする事ですか?」
「最初に会った時、お前に言ったな。あれが俺の本心だ。」
「それで良いんですよ、刑事さん。」
「まだ聞かせてもらうぞ?」
「じゃあ何でお前は自分を殺した。」
「話せば長くなります。」
「構わない」
「現代人は悲しいものです。」
「今日を生きるのに必死で、本質から目を背け続けている。」
「どういう意味だ?」
「私は考えてしまった。私という名の列車の終点を」
「私のたどり着いた答えは、人のために生きられればそれで良い、その一心だった。」
「人を殺す事がか?」
「死ぬ事ってそんなに辛い事ですかね?」
「それはあくまで死に方の問題なだけだと思うんですよ。」
「私はワクワクしていますよ?」
「死んだらどうなるか、自分の目で確かめられるんですから」
「死んだ後が辛かったとしたら?」
「その時は仕方がないでしょう全てを受け入れます。」
「人ってそうでしょう?すぐ仕方ないって諦めて私も人間何ですよ。」
「3件目について教えてくれるか?」
「死んだ私の事なんてどうでも良いでしょう。みんな忘れてくれればそれで済む話なのに」
「こう見えて自分にだけは1番厳しい性格なんです。」
「だからメチャクチャにしたくなっちゃうんですよね。天井付近の壁に釘を打ち付け、縄を垂らして
椅子に登り縄を掛ける。椅子を蹴り飛ばすと、全体重が首にかかる。目が飛び出すかと思いましたよ。呼吸は出来ない、意識が無くなるまで、必死にもがきました。」
「そうして私は死んだんです。」
「この姿を誰にも見られまいと、自分の身体を誰にも見られない場所に運んで、火葬したんです。でも火葬場じゃないと、燃え残ってしまったんです。その節は迷惑をかけました。」
「だからお前は誰だと聞いている」
「ですから何度も言ってるじゃないですか、山田良吾ですよ。」
「じゃあ俺は幽霊と喋ってるとでも言うのか?」
「まあある種そうなってしまいますね。」
「分かったもういい、どのみち1件目と2件目は自供も取れたし、お前のモノと思われる髪も見つかっている。この2件は確実に立件して、罪を償わせてやる。」
「これでお前に合わなくて清々するよ」
「刑事さん楽しかったですよ。あなたとの会話は」
「あの変態が」
「佐藤さん!大変です!!」
「どうした?林?」
「はぁ...はぁ...鑑識が...例の..3件目の遺体の指紋を何とか割り出せたそうなんです。」
「誰だったんだそれは」
「山田...良吾のモノと一致するそうです...」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語に明確な答えは用意していませんが、断片はすべて提示したつもりです。




