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十四回も転生させられた賢者、もう限界なのでポンコツ女神を猫にして輪廻を終わらせる  作者: 在河琉盤
第二章

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第34話 第一王子の断罪

 新入生歓迎会は、学院で最も格式ある夜会のひとつだった。


 失敗ひとつが、そのまま評判になる場である。


 大広間は煌々と明かりが灯り、奥の方から楽器の音が聞こえてくる。


 料理の皿が並んだテーブルのあちこちに人の輪ができていた。


 一年生と二年生が入り混じり、互いに品定めするように言葉を交わしている。


 テルムは端のテーブルに肘をつき、室内を眺めていた。


 エルが皿の料理をひとつつつき、顔を上げた。


「こういうの苦手そうですね」


「面倒だからな」


 周囲では家柄の確認、派閥の探り、将来の婚約——貴族の縮図そのものだった。


 入学して間もない時期でも、やることは変わらない。


 テルムはグラスを手に取り、口をつけないまま置いた。


 視線が、止まった。


 広間の中ほどに、アルヴァがいた。


 話す相手によって立ち位置をわずかに変えている。


 王族派の者には少し引き、旧貴族の者には対等に、魔術師の者には身を乗り出すように頷く。


 どれも自然で、計算に見えない。


「見てますね」


 エルが言った。


「……何を」


「アルヴァ嬢」


 テルムは答えなかった。


 広間のもう一方では、ミラの周りの輪がどんどん大きくなっていた。


「やはり聖女様だ」


「女神の加護を持つと聞いた」


 ミラは首を振り続けている。


「わ、私はそのような……!」


(聖女、か)


 随分と祭り上げる。


 あの熱の寄り方は——どこか、不自然だった。


「最近、精霊の話が多いですね」


 エルが小さく言った。


「……ああ」


「王都で火の精霊を見たとか、北門で風が暴れたとか」


「噂だろ」


「ええ、噂です」


 エルは尾を軽く振った。


「でも貴族は、噂で動きます」


 テルムはアルヴァを見た。


「……だからか」


「何がです?」


「いや」


 テルムは答えなかった。


 そのときだった。


 音楽が、止まった。


 ***


 最初に気づいたのは、入口に近い者たちだった。


 言葉が途切れる。


 笑い声が消える。


 それが波のように奥へ広がっていく。


 楽器の音がひとつ、またひとつと鳴り止んで、気づけば広間全体が静まり返っていた。


 第一王子ヴァレンス・ヴィレンティアが入口に立っていた。


 夜会の装いではなかった。


 礼服の上に、淡く紋章の刻まれた外套をまとっている。


 そして手に、細い黒杖を持っていた。


 誰かが息を飲む音がした。


「……賢人会の確認具だ」


 囁きが隣から隣へ伝わっていく。


 招かれた者たちの顔から笑みが消え、グラスを持つ手が静止した。


 二年生たちの何人かが、さっと視線を交わした。


 何かを知っている者と、知らない者が、この一瞬で分かれた。


 エルの尾がぴくりと動いた。


「……あれ」


「どうした」


「いえ」


 エルは黒杖をじっと見ていた。


 尾の先が、わずかに逆立っていた。


「少し、変な匂いが」


 テルムは黒杖を見た。


「……そうか」


 ヴァレンスがゆっくりと広間の中央へ歩く。


 誰も動かなかった。


 誰も声をかけなかった。


 ただ道が開いた。


「皆も知っているとおり、最近、精霊に関する噂が王都で相次いでいる」


 ヴァレンスの声は静かだった。


 だが、誰一人として聞き逃せなかった。


「王政および賢人会としても、看過できぬ状況となっている」


「アルヴァ・クラヴィス嬢」


 ヴァレンスは黒杖を掲げた。


「賢人会より、確認の命が出ている」


 ざわめきが広間を走る。


「精霊契約の疑いについてだ」


 声が広間に通った。


「ま、待ってください!」


 声が上がった。


 ミラだった。


 周囲の視線が一斉に集まる。


「クラヴィス様は……その……」


 言葉が続かない。


 ミラは必死に言葉を探していた。


「そんな、隠すような方じゃ……」


 ヴァレンスが視線を向けた。


 それだけだった。


 ミラは口を閉ざした。


「……ミラ様」


 静かな声だった。


 アルヴァが一歩前に出た。


「お気遣いは結構です」


 ミラが振り向く。


 アルヴァは微かに笑った。


「疑われているのは、私ですから」


 ***


(……来てしまった)


 アルヴァは表情を変えなかった。


 ヴァレンスを見る。


 手の中の黒杖を見る。


(なぜ今。なぜここで)


(賢人会が動いた。誰かが動かした、ということ)


 仕込みの可能性を考える。


 そして打ち消した。


(拒めば疑いを認めることになる)


 この場に立たされた時点で、もう選択肢は一つしかない。


「精霊との関わりはないと、断言できるか」


「はい」


 声は揺れていなかった。


 確認具を両手で受け取った。


 細い。思ったより冷たい。


 石の部分を包むように、しっかりと握る。


 何も起きなかった。


 一瞬、静寂が落ちた。


(……そう)


 ほんのわずかに肩の力が抜ける。


 誰かが小さく息を吐いた。


 当然だ。


 自分は何もしていない。


 このまま石が反応しなければ——


 温かかった。


(……え)


 握った手のひらに、じわりと熱が滲んだ。


 石が、うっすら橙色に染まる。


(待って)


 ざわめきが広がる。


 熱が増す。


 指の隙間から光が漏れた。


(待って、なぜ——)


 炎が出た。


 橙の光が両手を包んだ。


 周囲が後退する。


 熱が——消えた。


 自分の手を見る。


 白い手。


 熱も光も、何も残っていない。


 広間が静まり返っていた。


 誰も動かなかった。


「……失望したよ」


 ヴァレンスの声が落ちた。


「賢人会への虚偽申告は重い」


 アルヴァは黙っていた。


「精霊契約を隠していたとはな」


 ヴァレンスが背を向ける。


「沙汰は追って言い渡す」


 アルヴァは何も言わなかった。


 追う言葉が、なかった。


 ***


 広間の扉が閉まった。


 その音が、何かを解き放ったようだった。


「……見たか」


「炎が出た」


「本当に精霊契約を」


「クラヴィス家が、まさか」


「禁忌の研究だと聞いたが」


「いや、もっと前から噂が」


 ——声が重なり、広がり、あっという間に広間を満たした。


 さっきまでの静寂が嘘のように、人々は身を寄せ合い、低く早口で言葉を交わしはじめた。


 ミラが震えていた。


「そ、そんな……」


 その噂の波の中を、アルヴァは歩いていた。


 誰も声をかけない。


 視線だけが集まり、そして逸れる。


 さっきまで笑顔で言葉を交わしていた相手が、まるで最初からそこにいなかったかのように。


 アルヴァは一度も立ち止まらなかった。


 足音が聞こえなかった。


 それでも、出ていったことは分かった。


 テルムはそれを見ていた。


 長く生きてきた。


 こういう場を、何度も見てきた。


 それでも——


 ざわめきの中を、あの背中が通り抜けていくのを見て、テルムは少しだけ息が詰まった。


 声ひとつ上げない。


 乱れない。


 ただ、出ていく。


 あれは強さではない。


 行き場をなくした者が、最後に残す形だ。


「……行きます?」


 エルが小声で言った。


 尾が低く垂れていた。


 少し考える。


 アルヴァの背中は、もう見えなかった。


「……行くか」


 テルムは広間を出た。

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