表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十四回も転生させられた賢者、もう限界なのでポンコツ女神を猫にして輪廻を終わらせる  作者: 在河りゅう
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/53

第29話 猫の裏切りと、止まらない布教

 夕刻の学院は、昼の喧騒が嘘のように引いていた。


 講義棟の窓に差し込む西日が長く伸び、石畳の温度をゆっくりと奪っていく。人の流れはまばらで、ようやく一日の終わりに向かう気配が漂っていた。


(……やっと終わった)


 まさか、実技後の学院生活の説明がこんなに長いとは。

 途中からよく聞いていなかった。


 筆記に実技、そしてあの教師。

 一日分としては十分すぎる密度だった。


 思いの外、楽しめた。


 頭の中に残っている術式の断片を整理する時間が欲しい。

 早く帰りたい。


「終わってませんよ」


 横を飛ぶエルが、いつもの調子で言う。


「何がだ」


「空気です。まだざわざわしてます。落ち着いたふりして、みんな気になってるやつです」


「お前の勘は当てにならん」


「勘じゃありません。鼻です」


 猫だけにか――そう思った直後だった。


「ヴェレント君!」


 脇道から、小柄な影が飛び出してくる。

 ぶつかる寸前で止まり、距離を詰めたままこちらを見上げた。


 白い髪に淡い茶の差し色。折れた耳と細い尾。肩掛けの鞄からは手帳と鉛筆が覗いている。

 だが何より目を引くのは、その視線だった。


「学生新聞部、ファマ・タキタです。少しだけいい?」


 早口だが、押し付けがましさはない。逃げ道を残したまま、しかし確実に踏み込んでくる距離感。


(……嗅ぎつけて来たか)


「よくない」


「そう言うと思った」


 あっさり返しながらも、手帳はすでに開かれている。


「実技試験、見てた。アルデン先生の炎」


 言葉は軽いが、視線は外さない。


「で、ホント?」


「何がだ」


「途中で止めたよね」


 唐突だった。

 テルムはわずかに目を細める。


「何を言っている」


 ファマは少しだけ首を傾げた。言葉を探すように、ゆっくりと続ける。


「熱が来るはずなのに、その前で切れた感じがしたんだよね」


 一拍。


「ぶつかる前に、なくなったというか……繋がってたものが途中で外れたみたいな」


 表現は曖昧だった。

 だが――


(当たっている)


 術式の接続点。そこに介入した結果だ。

 感覚で気づいたか。


「それがどうした」


「分からない」


 即答だった。


「でも普通じゃないのは分かる。だから取材してる」


 一歩だけ距離を詰める。


「答えない」


「だよね」


 あっさり引いた。だが視線は切れない。


「エルです! すごかったです!」


 横からエルが割り込む。


「やめろ」


「ばちーんって止まって、そのあと全部すーって消えたんです!」


「擬音しかないな」


「でも伝わりますよね!?」


 ファマの視線がエルに移る。興味の向きが明確に変わった。

 しゃがみ込み、目線を合わせる。


「いいね、その説明。エルちゃん、あれどうやったと思う?」


「魔力操作です!」


「なるほど」


 短く頷く。


「もっと教えて」


「わたしのこともかっこよく書いてくださいね!」


「やめろ、意気投合するな」


 ファマは立ち上がり、改めてテルムを見る。


「書くかどうかは、もう決めてる。詳しいか詳しくないかだけだよ」


「……だろうな」


「だから、ね」


 間を置かず、次を投げてくる。


「もう一個――」


「増やすな」


「減らす?」


「一つもいらん」


 エルを抱えて、踵を返した。

 歩幅を広げる。だがすぐ横に足音が並ぶ。軽い。速い。


「速いね」


「追うな」


「推測で書くよりはいいでしょ」

「それに……見てたの私だけじゃないよ」


 二年の講義棟から見えたんだ、話題になってるよ、とファマが告げる。


 さらに後ろから足音が増えた。


「ヴェレント様!」

「一目だけ!」

「弟子にしてください!」


「しない!」


 エルが楽しそうに笑う。


「人気者ですね!」


「笑えない」


 横を見ると、ファマが当然のように並走していた。呼吸が乱れていない。


(……速いな)


「犬獣人だから」


「聞いてない」


 中庭に出た瞬間、人だかりが視界に入った。


(……嫌な予感しかしない)


「皆さん、落ち着いてください!」


 中央で声を張っているのはセリアだった。

 顔を赤くし、テルムのサイン本を掲げている。


「内緒ですが、ヴェレント様は実技試験で――」


「やめろ」


 思わず声が出た。

 空気が止まり、次の瞬間、全員の視線がこちらに集まる。

 セリアの顔がぱっと明るくなった。


「ヴェレント様!」


(最悪だ)


「ちょうどよかったです!」


「よくない」


「皆さん、ご覧ください!」


「呼ぶな!」


「「「テルム様!!!」」」


 一気に増えた。

 ファマが横で手帳を開く。尻尾が忙しく揺れている。


「なるほど。これは面白い」


「書くな」


「書かないよ――」

「全部は」


「やめろ」


 エルがテルムの腕から抜けて、くるりと回る。


「テルムくん、もう無理ですよ」


「何がだ」


「人気者です」


「違う」


「違いません」


「違う」


「違いません」


 前も横も後ろも、人で埋まる。逃げ道はない。

 視線の先には、群衆と、記者と、教師。

 ゆっくりと息を吐いた。


「帰れないな――今日は」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ