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十四回も転生させられた賢者、もう限界なのでポンコツ女神を猫にして輪廻を終わらせる  作者: 在河琉盤
第二章

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第28話 賢者の実技試験

闘技場に着いたら、他に誰もいなかった。


 昼を過ぎた頃、セリアが走ってきた。


「ヴェレント様、闘技場に来ていただけますか」


 中庭のベンチで昼食をとっていたテルムは、パンをひと口かじったまま顔を上げた。


「実技試験ですか?」


「はい。アルデン先生が担当されます。午後すぐに来てほしいと——」


 テルムはパンをもう一口食べてから立ち上がった。


 エルが膝から飛び降りる。


「楽しみですね」


「ああ、他の人はどんな実力なんだろうな」


 ——と思っていたのに。


***


 学院の闘技場は、校舎の裏手にあった。


 石造りの円形空間で、観覧席が半周ほど取り巻いている。


 訓練用に設えられた場所らしく、壁面には焦げ跡や打撃痕が残っていた。


 イグナス・アルデンは、闘技場の中央で腕を組んで待っていた。


 王国でも指折りの炎魔術師として知られる男である。


 実戦演習の担当で、上級生ですら彼の試験を嫌がる。


 ただ立っているだけなのに、空気が少し重かった。


 午前中に教務室を出ていった時と同じ表情——というより、表情そのものがほとんどない。


 ただ目の奥に何かが燃えていた。


「来たか」


「遅くなりました」テルムは答えた。


「実技試験だが、単純な話だ」イグナスが口を開いた。


「俺の攻撃を魔術で耐えたら合格にする。なんなら反撃してもいい——攻撃は最大の防御とも言うしな」


「それはないでしょう!」とセリアが声を上げた。


 二人がセリアを見た。


 一瞬ひるんだが、引くことはなかった。


「アルデン先生の炎魔術は大規模展開の術式です」


「この学院の学生で対応できる方はまずいません。一年生の入学試験として、これは——」


 声がわずかに震えていた。


 イグナスは答えなかった。テルムを見ていた。


「構いません」


 テルムがイグナスを見ながら言う。


「おそらく、大丈夫です」


イグナスは少し間を置いた。


「……大口を叩くなよ」


「いつでもいいですよ」


テルムが腰に携えていた杖を持ち、構える。


短い沈黙があった。


イグナスが腕を解いた。


***


「本当に大丈夫ですか?」と言いながら、セリアは観覧席の端まで下がった。


「猫はそのままでいいのか?」


 イグナスがテルムの足元で丸まっているエルに視線を向ける。


 エルが大きく尾を振った。


「なるほど、生意気な猫だ……」


 イグナスが一歩踏み出し、そのまま、両手を広げた。


 魔法陣が展開された。


 闘技場の床面に、巨大な幾何学の紋様が広がっていく。


 一重、二重、三重——それぞれが異なる速度で回転しながら重なり合い、中心から熱波が押し寄せてきた。空気が揺れた。


 石畳が軋んだ。観覧席の端でセリアが思わず後退した。


 炎の高位魔術。


 通常の訓練用魔術ではない。


 これが完全に展開すれば、闘技場の半分は焼け落ちる。


 テルムはその場を動かなかった。


(……良い先生だ)


 先ほど筆記試験で前提を覆した大魔術の再現だった。


(筆記の続きを、実際に見せろということか)


 熱ではなく、術式の規模を見ていた。魔法陣の構造が視界の中で輪郭を結ぶ。


 三重の環がそれぞれ別の役割を持っている。


 外環が魔力の収束。中環が属性の固定。内環が出力の調整。


 三環の接続は三箇所。どこか一つでも断てば、循環は崩れる。


(接続点は……)


 杖に魔力を集中していく。


 内環と中環のあいだ、三箇所に結節がある。そこで魔力の流れが合流し、次の環へ送られる仕組みだ。


(あそこか)


「なるほどな」


 テルムは軽く頷いた。


「——」


 イグナスが何かを言いかけた、その前に——


 テルムは杖を一度だけ、闘技場の魔法陣の一点に向けて動かした。


 そこに己の魔力を、針のように細く通した。


 魔法陣の内環と中環が繋がる結節のひとつ——そこに差し込み、魔力密度を上昇させる。


 魔法陣が、揺れ、切れた。


 三重の環が連動を失い、それぞれが別々に回転を続けようとした。しかし補完される魔力がない。一秒、二秒——内側から崩れるように、炎が散った。


 熱波が消えた。


 石畳に刻まれた紋様が薄れて消え、静寂が戻る。


 セリアが息を飲む音がした。


 イグナスは動かなかった。


 闘技場の中央に立ったまま、自分の手を見ている。展開が消えた、その手を。


 長い間があった。


「……術式に、介入したのか」


 つぶやきだった。


 展開した魔法陣は、まだ完全に発動していない。


 だが展開中の術式に外部から触れるなど、普通は不可能だった。


「魔力密度が過剰になれば接続点は切れます」


 テルムは答えた。


「環が三重で独立しているなら、どれかひとつを断てば連動が崩れる、そう読みました」


 イグナスはしばらく何も言わなかった。


 やがて、「……合格だ」と言った。


 それだけだった。それ以上、言葉が出なかった。


「……」


 テルムは何も言わず、杖を腰に戻した。


 エルが足元から顔を上げた。


「すごかったですよ!」


 小声だったが弾んでいた。


 セリアが青い顔で駆け寄ってきた。


「……ヴェレント様、おケガは」


「ない」


「……そうですか。よかったです」


 それだけ言って、セリアはイグナスを見た。


 イグナスはまだ自分の手を見ていた。


***


 夕刻。


 学院長室の扉をセリアが叩いた。


 イグナスと並んで入室する。


 レニス・メンダは窓際の椅子に座っており、二人を見て「どうぞ」と促した。


 セリアが報告した。筆記試験での出来事。


 三十問目の前提式への指摘。


 そしてイグナスが実技を申し出た経緯。闘技場での一部始終。


 レニスは目を閉じたまま聞いていた。


 セリアが話し終えると、しばらく沈黙があった。


「あの術式への介入は、単純な魔力量の話ではない。構造を読んでいる。展開中の魔法陣の接続点を、あの短時間で特定するのは簡単じゃない」


 イグナスが口を開いた。


「……そうか」


 レニスはゆっくりと目を開け、窓の外を見た。


「合格は出したんじゃな」


「出しました」


 静かな時間が流れた。


 レニスはしばらく何かを考えるように窓の外を見ていた。


 それから静かに言った。


「……なるほど」


 小さく息を吐く。


「確かめるかの」


 イグナスとセリアが顔を見合わせた。


 レニスはそれ以上、何も言わなかった。

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