第26話 王立貴族学院
「ほあ~、趣があるってこういうことですね!」
エルが屋敷の中を走り回っている。
王都のヴェレント家屋敷は、領地のものとは造りが違った。
奥行きより間口が広く、中庭もない。
窓から見える景色は向かいの建物の石壁だった。
テルムは屋敷を一通り見て、
「こじんまりとしていて過ごしやすそうだな」
「そうだろう」
フォルティスが廊下の柱に寄りかかった。
「子爵家の王都屋敷なんてこんなもんだよ。俺は基本、騎士団の寮住まいだから、使っていないんだ。好きに使ってくれていい」
「隠れ家みたいで気に入った」
「そう言うと思ったよ」
エルが窓枠に前脚をかけて外を覗いていた。
石畳の通り、行き交う馬車、向かいの店先。
耳がせわしなくあちこちへ向く。
「本家とは全然違うんですね」
「もっと静かだと思っていました」
「住宅街だからな」
フォルティスが椅子を引いて座る。
「それにしても、お前が特級とはな、実力はともかく……社交界では実験好きの変人で通っていたのに、な」
「……俺も戸惑ってる」
「意外ときっかけはあの本だったりしてな」ニッと笑うフォルティス。
「はあ……フォルティスがいなくなってから酷かったんだぞ、何度街中で呼び止められたか……」
「こっちも似たようなもんだ、覚悟しとくんだな、はっはっは」
げっと顔を引き攣らせる。
「まあそれはそれとして、学院のことで一つ頼みがある」
フォルティスが足を組んだ。
「今年の三年と二年に、第一王子・第二王子がいる。うちは第二王子派だろ。万が一があったらまずいから、そういう目でも見ておいてくれ」
「学院の中だからこそ、表で動けない連中もいる」
「……学院にまできて、派閥か。実験していたい」
「そう言うな。頼んだぞ」
「……わかった」
「いいですね!」
エルが振り向く。尾がすっと立った。
「王位争奪戦ものも好きですよ! こういうの、大体、賢い参謀が鍵になるんです」
「物騒なことを言うな」
テルムはため息をついた。
フォルティスが「賢い参謀、ね」と笑った。
***
「ほー、すごいですね!神殿ともお屋敷とも全然違う!」
「何よりもとっても広いです!」
王立貴族学院は、想像より広かった。
テルムとエルは翌日の入学式典を控え、学院の入学受付に来ている。
正門をくぐると、石畳の大通りの両側に校舎が並ぶ。
庭師の手が入った植え込みが続き、奥のほうから訓練場の金属音が届いた。
エルの興奮が止まらない。
「人がいっぱい!あそこ魔術の練習してますよ!」
「見えている」
「あっちは……喧嘩ですかね?燃えますね!」
「知らん」
「あー!!!あそこ食堂じゃないですか!異世界転生飯と言えば——」
テルムは前を向いたまま歩き続けた。
「テルムくん、テルムくん」
「なんだ」
「ぶつかりますよ」
「うわっと!」
渡り廊下の角を曲がった先で、女性とぶつかりそうになった。
「すみません」
女性が慌てて頭を下げる。
頭を上げた瞬間、テルムの顔を見て、目を丸くした。
「あー!!!」
「は?」
「ヴェレント様、その節はありがとうございました!」
女性はすごい勢いで、深々と頭を下げた。
あまりの勢いにテルムは二歩退く。
「どこかでお会いしましたか?」
背丈はテルムと同じくらい、二十代半ばほどで、丸眼鏡で柔らかい顔立ちをした女性であった。
(おそらく、教師だとは思うが)
「はい、あの……申し遅れました。私、教師をしているセリア・ヴィレスと言います」
「地下から助けていただいたことを、お礼が言いたくて」
「ん?」
***
「実は、ヴェレント領で学術調査をしていたんですが、街を歩いている途中で、気を失ってしまって、気づいたら地下で魔力を提供する仕事をしていたんです」
「……無理やりですか?」
「あ、強制ではなかったと思います。でも……なぜそうなったのかわからなくて」
(意識誘導の影響か)
「意識が朦朧している中で、助け出されて。その時にあなたがいたのを覚えていました」
「最初は夢かと思っていたのですが、広場のスライムとの闘いを目撃して、絶対あなただと確信しました」
「……覚えているんですか。他には何か地下で覚えていることはありますか?」
「いえ、他には特に」
(……かけ忘れた)
テルムは黙った。
「私のことを消して、自分のことを消し忘れたんですね」
エルが小さく呟く。尾が大きく揺れる。
(反論の余地もない)
「あなたが特級の招待状を?」
「はい、ぜひと思いまして。あれだけの魔術が使えれば素養は十分にあります」
「お受けいただけてとても嬉しいです」
「……いえ、こちらこそ、ご招待ありがとうございます」
「私は一年の担当をしておりますので、何かあればご相談ください。授業のことでも、学院生活のことでも」
「……ありがとうございます」
一拍。
「で、あの、担任としてではないのですが、一つお願いがございまして」
「はあ」
「あの、もしよければ——サインをいただいてもよいですか?」
テルムは二秒、間を置いた。
「……どういうことでしょう?」
「『フォル・テル』のファンで」セリアが小声で言った。
「お会いできたら絶対サインがいただきたいと思っていました」
「もちろん、私はテル様推しです!フォル様との兄弟愛、素晴らしかったです!」
セリアはずいっと両手でノートを出し、頭を下げる。
差し出されたノートを見ると、すでにフォルティスの名前が書かれていた。
(フォルティスの言っていたことはこれか……)
隣に自分の名前を書いて、セリアに返した。
「ありがとうございます!大切にします!」
「あの、もしかしてこれが理由で招待状を?」
セリアの肩が大きく跳ねる。
「まさか、そんな、そんな疚しい気持ちなわけないじゃないですか」
「いやだなーははは」と言いながら廊下を戻っていった。
「賑やかになりそうですね、テル様ファンクラブができそうです」
エルが前に歩き出しながら言う。
(……本当に賑やかになりそうで恐ろしい)
「やめてくれ、俺はゆっくりしたいんだ」
「それにしても、テルムくんやってしまいましたね」
「……」
「そういう抜けてるところも淑女の評価高いですよ!」
「誰目線だよ」
エルを追うように、テルムも歩き出す。
(結局、スライム戦で目立ったんだから、もう意味もない)
自分を納得させる。
***
少し歩くと、セリアが肩で息をしながら戻ってきた。
「そうそう、受付と入学試験ですよね案内します」
——すみません、舞い上がってしまって……とまた頭を下げる。
顔を上げると、教師の顔をしていた。
「入学試験……?初耳なんですが」
「え……もしかして案内状見てませんでした?」
風が廊下を吹き抜ける。
セリアは受付まで案内すると、「間もなく試験開始なので、受付終わったら北校舎まできてください」と言って、どこかに行ってしまった。
「エル、知っていたか?」
「はい、もちろん。手紙を隅々まで読むのは探偵の基本ですよ」
「探偵でなくても基本だよな……はあ」
「なぜ、教えてくれなかった」
「いいじゃないですか。抜き打ちのほうが、主人公っぽいです。」
「知識無双しましょう!」
尾をぶんぶん振り回していた。




