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十四回転生の疲弊系賢者、今度こそ終わりたい ~ポンコツ女神を猫にして輪廻を終わらせる~  作者: 在河琉盤
第一章

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第17話 孤児院の影

テルムは椅子に座り直し、壁の紙を見ていた。


「アンデッドを人為的に作るのは、簡単ではない」


独り言のような口調だったが、エランが振り向いた。


いつのまにか格好が変わっている。白いシャツの上に黒いボレロベストを重ね、裾の広がったニッカボッカをはいている。頭には小さな丸いベレー帽。ショートカット気味に整えた髪が帽の下から覗いていて、なんとなくボーイッシュだ。細いチェーンがベストのボタンからぶら下がっていた。


「……その格好はなんなんだ」


「これがちゃんとしたテルソンスタイルです」エランが真剣な顔でこたえた。「主導権をお渡ししましたので、わたしはサポートに徹します」


「サポートは元の恰好のままでもできる」


「帽子が大事なんです」


「……そうか」


テルムは一度だけベレー帽を見て、それから視線を壁に戻した。


「……方法は基本的に二つだ。魔石を腐らせるか、腐った魔石を移植するかだ」


エランが目を丸くした。「えっ!? A-ウイルスの感染ではない!?」


「……その“ういるす”っていうのは何だ」


「感染するやつです!飛沫とか接触とかで広がるやつです!」


「……おそらく、違う」


テルムはいつも通りだなと先を続ける。


「まず前者からだ。魔物や人が死ぬと、魂が魔石になって体と一緒に腐っていく。これが自然なアンデッド化の流れだ」


エランが神妙な顔でうなずいた。


「例外がある。フォルティスのような場合だ。アンデッドから傷を受けると、アンデッドの魔力が体内に残留し、生きながらに腐っていく」


「あっ、それがきっとウイルスです!」


「……たぶん、違う」テルムは少し考え、話を続けた。「傷を通じて魔力が侵食する。そう理解してくれ」


エランがまた眉をひそめた。口が小さく動いている。「む、む、む。似た話がどこかのラノベに……あったような……ないような……」


「重要なのは後者だ。腐った魔石を移植する方法がある。問題は——摘出した魔石は、自然界では基本的に腐らない」


「ないんですか?」


「生体から切り離すと安定する。だからこそ意図的に腐らせるためには、腐らせながら人工的な魔石を作る過程が必要になる。腐敗と生成を同時に制御する、かなり高度な術式だ」


エランが真剣な目でテルムを見ている。


「その人工的な魔石を作るには、大量の、かつ安定した魔力の供給源が必要になる」


テルムはそこで言葉を切った。一拍。


「魔石を作るのに、失踪者が使われている」


静かな声だった。


エランが口をつぐんだ。ベレー帽の下で、表情が固まった。


沈黙が部屋に落ちた。テルムも黙っていた。言葉にしたことで、はっきりした。最悪の読みが、一番シンプルに全部を説明してしまう。


***


テルムは立ち上がり、壁の地図に向かった。


貼り付けた街の地図。ここ数週間で書き込まれた印が、あちこちに散っている。失踪者の最後の目撃地点。採取場。地下水道の入り口。ワニが出た地点。


指先が地図の上を動く。


領主邸。貧民街。沼地。三点を視線で結んだ。


仮に目的が領主邸への打撃だとすれば、拠点が必要になる。人を囲い込んで、術をかけ続けて、長期間隠し通せる場所が。


目が三角形の底辺を迺っていく。領主邸から貧民街まで、その線上を。


まさかな、と思った場所で、指が止まった。


三角形の底辺のちょうど真ん中。貧民街からも沼からも距離が近い。人の出入りがあって、詮索されにくい。子供たちがいて、大人が何人もいて、多少の物音が出てもおかしくない場所。


孤児院だった。


「……まず、導線を明らかにしたいな。地下水道の構造を確認したい」


「いいですね!」エランの目が輝いた。体が前に傾いた。ベレー帽が少し傾いだ。「地下水道の迷宮解明編ですね!! ついに来ました!」


頭の中で何かが展開されているらしい。何を想像したのか聞いてみたいような、聞いたら話が三倍に増えそうなような。テルムはしばらく考えてから、聞くのをやめた。


「書庫に向かおう」


エランがエルに戻った。


***


執事長の部屋の前でノックをした。少し間があって、扉が開いた。


「坊っちゃん。夜遅くに、どうされましたか」


「書庫の鍵を借りたい。ヴェレント領の地下水道に関わる記録を調べたい」


執事長は表情を変えなかった。しばらく、テルムの顔を見ていた。品定めではなく、もっと静かな何かだ。長く何えているからか、この人の視線はいつも答えを知ったうえで確かめるような色がある。


「……何かわかりましたか」


問いかけというより確認だった。


「まだ確定していない。だから調べる」


「そうですか」


執事長は引き出しを開け、束になった鍵の中から一本を外した。テルムに渡しながら、「坊っちゃん」と続けた。


「……フォルティス様のこと、よく動いてくださいました」


「当然のことをしただけだ」


「当然のことを当然にできる方は、思うよりも少ないものですよ」


テルムは何も言わなかった。執事長が多弁なことは珍しい。それだけフォルティスを案じていたのだろう。テルムはそれ以上聞かなかったし、執事長もそれ以上言わなかった。


「ほどほどに」


「わかっている」


廊下を歩く。エルが肩の上でこじんまりとしている。夜の屋敷は静かで、燭台の灯が一本だけ揺れている。


***


書庫の扉に鍵を差し込んで、引いた。


冷たい空気が出てきた。紙と木の匂いが混ざった、独特の息が鼻に来る。


エルの耳がぴんと立ち、一気にあちこちへ向き始めた。尾が止まった。体が固まっている。


「…………ここは、天国ですか?」


本が積まれている。棚が壁に沿って天井まで続き、通路が入り組んで奥まで伸びている。ヴェレント領の歴史記録、測量地図、領内調査報告。年代ごとに整理されていて、古いものには薄く埃が積もっている。


テルムは燭台を持ち直した。「神界はこんな感じなのか?」


「神界と天国は別物です」エルが振り返って真面目な顔で言った。「神界はもっと……その……ちゃんとしてますよ? 雲がふわふわしてるとかじゃないですよ?」


「……知らなかった」死んだら神様のお使いになるという話を幼い頃に聞いた。あれはどうやら迷信だったらしい。


テルムは棚に向かった。地図の棚はどこだ。ラベルを指でなぞりながら奥へ進む。


しばらくして、背後で本が抜かれる音がした。


振り向かなかった。「動かせない本を動かすな」


「読んでいません。パラパラしているだけです」


「同じだ」


「においを嗅いでいるだけです」


テルムは目当ての棚を再び探し始め、ほどなく辿り着いた。測量地図と地下構造図が並んでいた。年代を確認しながら必要な巻を抒いていく。


「テルムくん、これは何の本ですか」


少し離れた棚の方からエルの声がした。


「何を持っている」


「絵がたくさんあります。領内のお祭りの……絵巻みたいなもの?」


「それは祭礼の記録だ」


「わたしの絵が描いてあります」エルの声がわずかに弾んだ。「若いですね、この絵。五十年くらい前のやつですか?」


「知らん」


「テルムくん、これ持って帰っていいですか」


「ダメだ」


静かになった。テルムは地図の束を抄えて元来た道を戻り始めた。


背後でページを捲る音がした。戻さない気だ、とは思ったが、もう一度言う気にもなれなかった。


地下構造図の年代を確認する。一番古いもので百二十年前。最新でも三十年前。地下水道の拡張工事は何度かあったはずで、その都度図面が更新されているはずだった。


(孤児院の下が繋がっているなら、どこかに記録がある)


テルムは地図を広げながら、棚の前の床に腰を下ろした。


背後でエルがまたページを捲った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日も投稿予定です。よろしくお願いします。

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