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十四回転生した賢者はそろそろ幕を下ろしたい ~終わらない原因の女神を猫の従魔にしたので、今世でケリをつけます~  作者: 在河琉盤
第一章

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第11話 消えた足跡

テルムの自室は、一週間前とは様子が変わっていた。


壁の一面に、大判の紙が数枚貼られている。その上に、走り書きと地図の断片と、黒い点と赤い線が組み合わさっている。


「では、状況を整理します」


エランが棚の上に立っていた。人の姿だった。普段の格好でもなかった。薄いグレーのチェック柄のジャケットを羽織り、腰のところでぎゅっと結び、長いコイルパイプを持っている。足にはクリーム色の高い靴下をはかせていた。パイプの先で、壁の紙を指しながら振り返った。


「これが——失踪者の行方が途絶えた地点です」


テルムは椅子に深く座り直した。


天井を見上げる。


欠伸が出た。


「ここ一週間の動向をまとめると、五件の失踪が確認され、うち三件は行方が途絶えた場所が地図上で近接しています。さらにここ——」エランがパイプで別の場所を叩いた。「この三点が示すのは、単なる失踪ではなく、組織の計画的犯行です!」


「……そこまでは分かる」


「そして!」エランがパイプを大きく握るように持ち直した。「その組織の目的はおそらく、アンデット化した住民で領主邸を——」


「そこからが分からん」


「なぜですか」エランがパイプを口にくわえたままこちらを向いた。「ここまで揃えれば普通そうなりませんか」


「ならない」


「そうですか……」エランが少し考えた。「ではドラゴンの素材収集? それとも魔王の復活?」


テルムはもう一度欠伸をした。


「ほら、テルソンくん、欠伸しない!」


「テルソンって誰だよ」


「テルムくんのことです。神界で人気の探偵ホムズン先生のスタイルをお借りしているので、助手役はテルソンくんになります。信頼できる重要な記録役ですよ!」


「俺は記録係じゃない!」


「細かいことは気にしないでください、テルソンくん」


テルムは答えなかった。


(……納得はいかないが、確かに気になる点は、ある)


この一週間、昼間は保管庫の仕上げ作業、夕方からは聞き込みと地図の照合に時間を使っていた。保管庫の屋根と壁の整備はできている。だが、壁面に塗り込む魔法薬がなく冷気を止める手段がない。魔法薬がなければ保管庫を作っても屋敷一帯は寒いままだ。現状、詰まり状態になっている。


進められるのはこっちか。


***


「やっぱり気になるのはここですよね!」


エランがパイプで、失踪地点の丸印が集まる範囲の、ちょうど中間あたりを叩いた。


「このあたりに、魔術を使った痕跡があります」


テルムは少し身を起こした。


「意識誘導の系統だ。わずかだが、確かに残っていた。普通に歩いていれば気づかないくらいの薄さだったが」


「鼻が効くんです」エランがパイプを口に咥えたまま胸を張った。「猫なので」


それは事実だった。テルムが現地で感じた微かな違和感を、エランが先に形にして見せた。意識誘導の魔術を路地に仕掛けておけば、通行人は特定の方向を自然に避けるようになる。誰かに連れていかれたわけでも、怖い目に遭ったわけでもなく、ただなんとなく、そっちに進む——という形で消える。


被害者が自分の身に何が起きたか分からないまま、いなくなる。


「複数箇所に痕跡があります。つまり——」エランがパイプを大きく挙げた。「組織が、継続的に、複数のポイントで仕掛けを施していた、ということです!」


「そこまでは分かる」


「でしょう! ということはやはり——」


「アンデットにはならない」


エランが「なんでわかるんですか」という顔をした。テルムは「逆になんでアンデットだと思うんだ」とだけ答えた。


(……にしても、規模が見えない。どこに消えているのか、何のために、誰が仕掛けているのか)


手がかりは揃い始めているが、まだ繋がらない。テルムは腕を組んで、壁の地図をしばらく眺めた。エランはまだパイプを挙げながら何か言い続けていたが、途中からテルムの耳に届かなくなっていた。


***


コン、コン、と扉が鳴った。


「おい、テルムいるか」


聞き覚えのある声だった。テルムが振り返る前に、エランが「あっ」と言ってパイプを棚に置き、ジャケットの結び目を解いて、あっという間に猫の姿に戻り、棚の上で行儀よく座った。


猫のくせに、手際がいい。


「……開いてるぞ」


扉が開いた。フォルティスだった。背が高く、肩幅がある。冒険者の装備だが、着なれた動きをしている。部屋に入って、まず壁を見た。


「……何だかすごいことやってるな」


「まあな……で、どうした」


「ちょっと手伝って欲しいことがあってな」フォルティスは壁の紙から目を離して、テルムを見た。「市場で素材が不足しているのは知ってるだろ。そろそろまずい」


テルムは頷いた。


「ギルドに採取場の魔物の討伐依頼を領主名で出した。人数は揃いそうなんだが、優秀な魔術師がいないと厳しそうでな」


「フォルティスも行くのか」


「当然だろ、俺たちの街だぞ」


フォルティスが言い方に力を込めた。嘘のない声だった。


テルムは少し間を置いた。採取場の魔物が解決されれば、魔法薬の主料がまた市場に出回る可能性がある。採取に貢献すれば素材を融通してもらいやすい。断る理由はないだろう。


「……行く」


「助かるよ」フォルティスが手を上げた。「明日午前中にギルドで顔合わせがある。よろしくな」


フォルティスが扉に向かいかけて、足を止めた。「それにしても、寒いな」


「雪が溶けていない」


「……何したんだ」


「まあな」


「そうか、まあいつものことか」


フォルティスがニヤリとして、特に追及せずに出て行った。扉が閉まった。


***


静かになった部屋で、テルムは壁の地図をもう一度眺めた。魔法薬の問題はここで手が打てる。それはいい。


ただ、失踪の件は、まだ何も解決していない。誘導魔術の痕跡は分かった。だが誰が、何のために、どこへ——は、まだ空白のままだ。


(……依頼が終わったら続きをやるか)


エランが棚の上から静かにテルムを見ていた。丸い瞳が、ぴたりとテルムを捉えている。


しばらくして、ぽつりと言った。


「いつも思うんですけど」


「なんだ」


「フォルティスさんって、まさに主人公みたいな人ですよね」


エランはじっとこちらを見ていた。楽しそうな顔だった。


「……何が言いたい」


「べつに」エランが持っているパイプをユラユラと揺らした。「そう思っただけです」


兄弟でも全然違うんですねーとまた壁の地図に向かい、うんうん唸っている。


窓の外は変わらず寒かった。地下室の扉の向こうで、雪はまだ溶けていないはずだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日も投稿予定です。よろしくお願いします。

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