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## 十四回転生した賢者はそろそろ幕を下ろしたい ~ポンコツ女神を猫従魔にして今度こそ終わる~  作者: 在河琉盤
第一章

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第10話 貧民街の子供

貧民街は、街の東の端に押し込められるように存在している。


大通りから二本外れると石畳が途切れ、地面が剥き出しになる。壁の隙間を縫うように路地が走り、突き当たると思ったら折れ、折れたと思ったらまた別の路地に繋がっている。昼間でも日が差し込みにくく、路地の奥は薄暗い。それでも人の気配はあった。洗濯物が吊られ、どこかで子供の声が聞こえ、古い鍋が転がっている。


テルムは昨夜聞いたことを引きずったまま、ここに来ていた。


(おっちゃんが「普通じゃない気がする」と言っていた)


エルが肩の上でそわそわしている。尾が左右に揺れている。


「テルムくん、テルムくん」


「なんだ」


「これってつまり——孤児院展開ですよね? ね? 孤児院展開ですよね?」


テルムは返事をしなかった。


「孤児院でテルムが子供たちに慕われて、でも最初は素直に懐けなかった子が最後にギュッとしてきて——みたいな流れでしょう?」


「だといいな」


エルが「絶対そうです」と断言した。尾がさらに立った。


(本当にそれであれば、ことは単純なんだがなあ)


テルムは路地を進みながら、周囲の様子を確認した。洗濯物の数。動いている人の年齢層。扉の開け方。昨夜の祭りのことを考えれば、貧民街の子供が出てこないのは昨日だけの話ではなさそうだった。


***


奥まった路地に入ったところで、蹲っている影を見つけた。


小さかった。二つ、重なるようにして壁際に座り込んでいる。近づくと、十歳前後の男の子と、その腕の中に収まった五、六歳くらいの女の子だった。女の子の唇が乾いている。男の子の目がぼんやりしていた。


テルムはその場に屈んで、腰の水筒を取り出した。


「飲めるか」


男の子が顔を上げた。警戒した目だった。貧民街で見知らぬ大人から何かをもらうのが得策でないことは、子供なりに学んでいるのだろう。


「毒は入っていない。確認したければ先に俺が飲む」


そう言って一口飲んで、差し出した。


男の子が少し迷ってから受け取り、妹に先に渡した。女の子がゆっくりと口をつけた。それから男の子も飲んだ。


テルムは何も言わずに待った。エルも珍しく黙っていた。


落ち着いたのを確認してから言った。「家に帰れないのか」


男の子が小さく首を振った。「帰っていない人がいるから」


「誰が」


「お父さんが」男の子が答えた。「三日前から帰ってこない」


テルムは顔に出さなかった。


「お母さんは」


「二年前にいなくなった」


それ以上聞かなかった。必要な情報に絞って続けた。「父親が消えたのは三日前。その前から何か変わったことはあったか」


男の子がしばらく考えた。「……ここ最近、大人がいなくなる話をよく聞いた。お父さんも気にしていた。でも仕事が見つかりそうだって、嬉しそうにしていた」


「仕事の話を誰から聞いた」


「知らない。詳しく教えてくれなかった」


(仕事の口。手がかりになるかもしれない)


テルムは立ち上がった。「少し待っていろ」


エルが耳を寄せてきた。「どうするんですか」


「目的地に行ってから考える」


「一緒に連れて行くんですよね?」


「ああ」


エルが「やっぱり孤児院展開だ」と小声で言った。テルムは答えなかった。


***


目的地は、貧民街の中ほどにある小さな酒場だった。


看板はなく、扉を開けると内部は薄暗く、昼間からぽつぽつと人が入っている。カウンターの端に、一人の男が座っていた。


背が高く、身なりは悪くないが、どこかくたびれた印象がある。目が鋭い。話しかけてくる前に周囲をざっと見る癖があった。


「おやおや」


男が口を開いた。声は穏やかだったが、温かみはなかった。「ヴェレントの坊ちゃん、こんなところでどうしました」


「ちょっと散歩でな」


スネークと呼ばれている男だった。


貧民街を仕切る派閥のひとつのリーダー格で、表向きはただの酒場の顔なじみという扱いになっている。


ヴェレント家のことは——テルムを含めて——どこかずれた連中として認識している。


それが逆に話しやすい。


テルムは子供二人を伴ったまま、カウンターの前に立った。


「この子たちの親が見つからないそうだが、何か知っているか」


「いんやぁ」スネークが肩を上げた。「わかりませんね。私も部下が行方不明で困っているんです。数ヶ月前からちらほら」


「数ヶ月前から」


「ええ。他の派閥の奴らだと思っているんですが……坊ちゃん、何か聞いてません?」


「残念ながらな」


いくつか言葉を交わした。スネークは情報を出すかわりに情報を求めていたが、今のテルムに渡せるものはない。ひとつ確認できたことがあった。大人が消えているのは、特定の派閥だけではない。複数の派閥で、同じことが起きていた。


(派閥同士の抗争で消えたのではない、かもしれない)


「参考になった」


「またいつでも」


帰り際、スネークが「坊ちゃん、猫が鳴いていますよ」と言った。振り返ると、エルが女の子と何か会話している。女の子が少しだけ笑っていた。


「従魔だ」


「そうですか」スネークが特に驚いた様子もなく答えた。「よく懐いていますね」


「懐いているのはあっちだ」


テルムは子供二人を連れて酒場を出た。


***


孤児院は、大通りと貧民街のちょうど境目あたりに建っている。


石畳が途切れかけた場所に、外壁は古いが手入れされた建物がある。入り口に花が植えてある。人が手をかけている場所は、そういう細部でわかる。


扉を叩くと、中から白い髪の女性が顔を出した。


「まあ、テルム様」


「久しぶり。困っていることはないか」


「いえいえ、今のところ大丈夫ですよ。よくしていただいて助かっています」院長が子供二人に目を向けた。「この子たちは……」


「親が見つかるまで、預かってほしい。飯と寝る場所だけでいい」


「もちろんです」


院長が子供たちの前にかがんで、柔らかい声で話しかけた。男の子が最初は固い顔をしていたが、少しずつ表情が変わっていった。女の子は院長の指を握った。


テルムは一歩引いて見ていた。エルが肩に戻ってきて、耳を立てたまま黙っていた。


(とりあえず、これで少しマシになる)


孤児院の奥から音がした。足音が複数、近づいてくる。


「ほら、来たぞ」テルムが顎で足音の先を示した。「孤児院展開ってやつが」


ドタドタドタ——と廊下の向こうから子供たちが走ってきた。五人、六人、七人。先頭の子供が叫んだ。「猫さんだー!」


エルが「えっ!?」と言う間もなく、子供たちが殺到した。


「可愛い!」


「ふわふわ!」


「名前なんていうの!」


「触っていい!?」


エルが小さな手に四方から囲まれた。頭を撫でられ、尾を引っ張られ、誰かが「抱っこしたい」と言い始めた。


「ちょ、ちょっと——」


テルムは院長を振り返った。「毎回こうなのか」


「初めて見る動物が来るといつも」院長が苦笑した。「しばらくお付き合いください」


「——思っていたのと違いまーす!」


エルの叫びが中庭に響いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日も投稿予定です。よろしくお願いします。

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