第9話
そのお茶会は、終始なごやかだった。
笑い声に陶器の触れ合う音。
表向きはどこにでもある、上流夫人たちの集まり。
「本当に、羨ましいですわ。」
そう口にしたのは、若い伯爵夫人だった。
「近衛隊長の婚約者だなんて。」
「ええ。シシィ様なら生まれも育ちも申し分なくてお似合いですもの。」
言葉は、すべてシシィに向いている。
当の本人は、少し困ったように微笑むだけ。
マリーは、黙ってその輪の端にいた。
(まただわ)
耳に入るのは、 聞き慣れた称賛。
「やはり、同格のお家柄というのは大切ですわよね。」 「どれだけ想っていても、越えられない壁はありますもの。」
――壁。
その言葉が、胸に刺さる。
「近衛隊長ほどのお方ならお相手も、それ相応でなければ。」
くすり、と誰かが笑った。
悪意はないただの世間話。
“当たり前”の確認作業。
それが一番、残酷だった。
マリーは、微笑みを崩さない。
(私は、最初から土俵にすら立っていなかった)
「シシィ様は、本当にお幸せですわね。」
マリーの中で、何かが軋む。
本人の努力の話じゃない。
生まれた家、名前、自分がどれだけ磨いても、 どれだけ必死に近づいても、
最初から、与えられているもの。
「でも、安心ですわよね。シシィ様なら堂々と近衛隊長の隣に立てる方ですもの。」
その単語が、 決定打だった。
(……堂々と)
私は、ずっと―― 隠れていた。
呼ばれるのも、誰にも見られない場所。
なのにこの娘は、 何もしなくても光の中にいる。
マリーの胸に、黒い感情が溜まっていく。
(私の方が、長く彼を想っていた)
(私の方が、彼を知っている)
それなのに。
「――やっぱり」 誰かが、締めくくるように言った。
「結婚って、家柄ですわよね。」
その瞬間。
マリーは、はっきりと理解した。
敵は、シシィ本人ではない。
――この世界そのものだ。
そして。
この世界に、 “正しく選ばれた象徴”として立つシシィが、 どうしても、許せなくなった。
微笑みの奥で、マリーは静かに決める。
彼女は、 自分でも気づかぬうちに一線を越える準備を始めていた。




