第6話
(……さて)
私は、何事もなかったように紅茶を飲み干した。
噂は否定しない、肯定もしない。
説明なんて、もってのほか。
だって――
知らないふりをするのが、いちばん効く時もあるのだから。
部屋に戻ると、メイドのポリーが待っていた。
「お嬢様。」
その声だけでわかる。
――さては何か、仕込んだわね?
「何かあった?」
「いいえ。何もしておりません。」
あ、これは間違いなくしてるやつだわ。
「ただ、他家のメイドの方々と世間話を少々。」
「世間話、ね。」
「ええ。」
「名前は?」
「一切、出しておりません。」
「断定は?」
「もちろんしておりません。疑問形だけでございます。」
(最強かしら、この子)
翌日から、空気が変わった。
以前は、アーサー様から気まぐれに向けられていたそれが、今は常に私を追っている。
そして、
「シシィ。」
廊下で呼び止められる回数が明らかに増えた。
「何かご用件ですか?」
「いや、最近はやけに忙しそうだな。」
「ええ。ありがたいことに。」
「無理はしていないか。」
「お気遣い感謝いたしますわ。」
婚約者として、何一つ問題のない受け答えなはず。
なのに彼、の表情は晴れない。
ある夜会でのこと。
私が他家の令息と談笑していると、
いつの間にか、アーサー様が隣に立っていた。
「随分と話が弾んでいるようだ。」
「ええ、とても。」
「そろそろ、挨拶回りをしないか。」
「まあ。まだ時間がありますわ。」
そう言った瞬間、
彼の眉が、ほんのわずかに動いた。
(……本当にわかりやすい)
数日後。
「シシィ。」
今度は、執務帰りに呼び止められた。
「最近、何か――私に言いたいことはないのか。」
私は少し考えてから、首を傾げる。
「いえ、特にございませんわ。」
「君は噂を耳にしないのか。」
私は、ふわりと笑う。
「だって、社交界ですもの。噂は、聞くものではなく、流れるものですわ。」
「気にならないのか。」
「気にした方がよろしい噂なら、ご本人が説明なさるでしょう?」
沈黙。
(あ、これ効いたわ)
その日からだった。
・他の令嬢が私に近づくと、必ず視界に入ってくる
・私が予定を入れると、なぜか彼も同じ時間帯が空く
・「偶然だ」と言い張りながら、待っている
(距離を置いたはずなのだけど)
むしろ、縮まっている気がするのは、気のせいかしら。
ポリーが言った。
「お嬢様。」
「なあに?」
「アーサー様は、かなり焦っていらっるご様子です。」
「まあ。」
「噂が怖いのではなく、お嬢様が何も言わないことが、です。」
私は、カップを持ち上げる。
周りからちやほやされることが当たり前だった人間は疑われるより、責められるより、どうでもよさそうにされる方が、ずっと怖い。
愛のない婚約のはずでした。
ええ、本当に。
でも――
距離を置いただけで、私が何も言わなかっただけで麗しの近衛隊長は、私の一挙手一投足にこんなにも神経を尖らせる。
困ったわ。
主導権は、どうやら私の手の中。
次は、どこまで執着なさるおつもりかしら?




