第5話
しばらくして、近衛隊長アーサーが湖畔の別邸で過ごしていた――
そんな噂が、社交界をさらりと巡った。
「まあ、素敵ですわ。」
「シシィさまとの婚前旅行ですのね?」
「さすがはアーサー様、ロマンチックだわ。」
お茶会の席で、令嬢たちは当然のようにそう決めつけ、私をからかい羨ましがった。
笑顔で受け流しながら、私は紅茶を口に運ぶ。
(……ええ、そう思うわよね)
けれど、その当然が成り立たないことを、この場ではだた一人、私だけが知っていた。
風光明媚な湖畔の別邸での静養という名目。
そして――先日、珍しく確認された私の予定。
婚約者の同行を把握し束縛なさるような方ではなかった方が、あの日のアーサー様は不自然なほど念入りだった。
(ああ……そういうことですのね)
点が、静かに繋がる。
彼は私と過ごすために別邸へ行ったのではない。
私が行けない日を選んで、別邸へ行ったのだ。
相手は誰か、答えは最初からひとつしかなかった。
――ハリス男爵夫人。
(なるほど。だから、あんなにも確認なさったのね)
私の予定、私の不在を。
そして、私が気づかない時間を。
胸が冷える。
けれど、不思議と感情は荒れなかった。
(……大丈夫)
私は、カップを置く。
気づいた時点で、もう終わりよ。
この噂も彼の油断も。
そして――私を騙しきれると思っている、その甘さも。




