後日
王宮・西棟。
明日の式の準備で、宮中はどこも慌ただしいはずだったが、その一室だけは不思議なほど静かだった。
窓辺に立つシシィは、白いカーテン越しの夕暮れを見つめている。
手には、明日身に着ける指輪。
磨き上げられ、柔らかな光を返していた。
(……本当に、明日なのね)
扉をノックする音。
「シシィ。」
聞き慣れた声に、胸が小さく跳ねる。
「入って。」
扉を開けて入ってきたのは、礼装姿のアーサーだった。
まだ正式な衣装ではないが、それでも凛とした佇まいは変わらない。
「一人でいると聞いた。」
「ええ。少しだけ……落ち着きたくて。」
アーサーは頷き、距離を保ったまま立つ。
結婚式前夜、形式上は節度が求められる時間。
だが、沈黙に耐えきれず彼は静かに口を開いた。
「怖いか?」
シシィは一瞬考え、正直に答えた。
「少しだけ。でも、不安というより幸せすぎて。」
アーサーの目が、柔らかく細まる。
「俺もだ。そして、戦場より、陛下への謁見より、明日の方が緊張する。」
思わず、シシィは小さく笑った。
「近衛隊長が、そんなことを?」
「今は、ただのシシィの婚約者だ。」
一歩、近づき触れない距離で、彼は低く言った。
「君を選んだことに、迷いはない。だがもし、君が逃げたくなったら――」
「逃げませんわ。」
即答だった。
シシィは指輪を握りしめ、アーサーを見上げる。
「私は、貴方と一緒に立つ覚悟をもう決めております。」
一瞬、理性と感情がせめぎ合うように、彼は目を伏せる。
そして、節度を守るぎりぎりで、そっと彼女の額に唇を寄せた。
「ありがとう。明日、迎えに行く。」
「はい。」
アーサーは名残惜しそうに一歩下がり、扉へ向かった。
去り際、振り返って言う。
「眠れなくても、大丈夫だ。目を閉じれば俺がいる。」
扉が閉まると、再び静けさが戻った部屋でシシィは指輪を胸に抱きしめ、そっと目を閉じた。
明日――
人生で一番、確かな一日が始まる。




