第32話
王宮
謁見の大広間
昼の光が高窓から差し込み、白大理石の床に王家の紋章を映していた。
その場に集められたのは、国王、王宮監察局長、主要貴族、そして第三王子ヘンリク。
静まり返る空気の中、一歩前に進み出たのは近衛隊長アーサーだった。
「陛下。近衛隊長アーサー、王宮秩序維持の名のもと、第三王子殿下に関する調査結果を上申いたします。」
ヘンリク王子は腕を組み、余裕の笑みを崩さない。
「随分と大仰だな。近衛隊長が王族を告発するとは。」
「王子であろうと、例外はありません。」
アーサーは一礼し、合図を送る。
机の上に並べられる帳簿、証言書、封蝋付きの命令書。
そして王子直筆の署名が入った資金指示書。
ざわめきが走る。
監察局長が書類を手に取り、低く息を吸った。
「これは、王家権限を私的に用いた資金操作。複数貴族への圧力、軍需契約への不当介入。事実であれば、重大な越権行為です。」
ヘンリク王子の表情が、初めて歪んだ。
「待て、これは誤解だ。側近が勝手に――」
「いいえ。」
静かに、しかしはっきりと遮る声。
前に進み出たのは、これまで沈黙を守っていた老侯爵だった。
「我々は、恐怖から従ってきた。だが今日で終わりだ。ここにあるのは、殿下ご自身の命令だ。」
将官も続く。
「軍としても看過できない。王家の名を借りた私利私欲は、国家の脅威だ。」
国王が、ゆっくりと立ち上がった。
「第三王子ヘンリク。調査が完了するまで、王子位および全ての権限を停止する。軟禁を命ずる。」
その言葉が落ちた瞬間、
王宮は――揺れた。
ヘンリク王子は、最後にアーサーを見据えた。
「最後まで徹底していたな。」
「近衛隊長としての職務です。」
そう言い残し、衛兵に囲まれて去っていった。
その後、南棟の回廊。
騒然とした王宮の中で、そこだけが不思議なほど静かだった。
「シシィ。」
呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは制服姿のアーサー。
だがその肩から、長く背負っていた緊張が少しだけ抜けていた。
「終わりましたの?」
「ああ。王宮はしばらく混乱するだろう。だが、もう君を脅かす存在はいない。」
シシィは、そっと息を吐いた。
「アーサー様、危ない橋を渡りましたね。」
「それでも、必要だった。君を共に在る人として選ぶために。」
シシィは、しばらく言葉を探しそして、はっきりと顔を上げた。
「私は、ずっと待っていました。あなたが、近衛隊長ではなく、ただのアーサー様として向き合ってくれるのを。迷いました。でも、揺れて、怖くなり、それでも最後に思い浮かんだのは、貴方でした。」
アーサーの瞳が、揺れる。
「後悔はさせない。もう二度と、君を一人にしない。」
その手が、そっと差し出される。
シシィは迷わず、その手を取った。
数日後。
王宮に正式な発表がなされる。
第三王子ヘンリクの失脚。
近衛隊長アーサーの功績。
そして――
「ヴァルモン伯爵令嬢シシィと、近衛隊長アーサーの婚約継続、ならびに将来的な結婚の承認」
王宮は再びざわめいたが、今度は祝福の色を帯びていた。
回廊の窓辺で、二人は並んで立つ。
「静かになりましたね。」
「ああ、嵐の後だ。だが、これからが本当の始まりだ。」
シシィはその横顔を見つめ、静かに答える。
「アーサー様と一緒なら、大丈夫です。」
王宮を揺るがした恋と権力の攻防はこうして終わりを迎えた。
だが――
互いを選び、並び立った二人の物語はここから、静かに始まる。
――完。
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