第31話
数日後
――近衛隊詰所、機密会議室。
重い扉が閉まり外の気配が完全に遮断される。
長机の上には、いくつもの書類と封蝋付きの封筒、そして帳簿の写しが並んでいた。
「これで、三件目か。」
アーサーが低く呟くと、副官が頷いた。
「はい。伯爵家から提出された資金記録と、侯爵家側が保管していた送金証明。金額、日付、受取先すべて一致しています。」
「名義は?」
「第三王子殿下の側近、レヴァント卿の個人管理口座です。ただし資金の出どころは複数の貴族家名義になっています。」
「つまり、強制的に出させた金を一度分散させ、裏でまとめているわけか。」
「その可能性が高いかと。」
部屋に沈黙が落ちる。
やがて、老侯爵が静かに口を開いた。
「正直に申し上げよう、近衛隊長殿。これまでは恐ろしくて口を閉ざしていたが、殿下はやり過ぎた。領地の税権にまで口を出し、従わぬ家には人事圧力をかける。王家の威を借りた私権の拡大。看過すれば、王国そのものが歪む。」
隣の将官が腕を組んだまま続ける。
「軍の補給契約にも不自然な介入があった。証人も用意できる。」
アーサーは一人ひとりを見渡した。
「覚悟はできているな。」
誰も視線を逸らさない。
「これは単なる権力争いではない。王子を告発するということは、王宮全体を揺らすことになる。」
「承知の上だ。」
侯爵が静かに言った。
「だからこそ、あなたに託した。我々だけでは握り潰される。」
「証拠はまだ足りない。だが、核心には近づいている」。
机の上の最後の封筒を手に取る。
「問題は、王子本人の関与を直接示す文書だ。」
「現在、王子側近の執務補佐官に接触を試みています。最近、殿下と距離を置き始めているとの情報が。」
「理由は。」
「資金処理の責任をすべて押し付けられる可能性を察したようです。」
アーサーの口元がわずかに動く。
「崩れ始めているな。」
そのとき、扉が軽く叩かれ、伝令が入ってくる。
「報告です。第三王子殿下が、急きょ明後日の夜会に出席されるとのこと。主要貴族の招集が始まっています。」
老侯爵が眉を寄せる。
「この時期に?」
「支持の再確認か、あるいは何かを察した。」
静かな緊張が室内を満たす。
「夜会の前に動くぞ。」
アーサーは書類をまとめた。
「側近補佐官の証言を確保できれば、王宮監察局へ正式提出できる。そうなれば、もはや殿下でも止められない。」
「提出は、陛下への直上申に?」
「ああ。王宮を経由すれば、途中で消える可能性がある。」
一同が頷く。
アーサーは最後に、低く告げた。
「ここから先は時間との勝負だ。夜会までに決着をつける。」
同じ頃
――王宮南棟
シシィは窓辺に立ち、庭を見下ろしていた。
最近、王宮の空気が明らかに変わっている。
廊下で交わされる視線、ささやき声、急に増えた密談。
「お嬢様、近衛隊から伝言が。」
「アーサー様?」
「はい。もうすぐ終わる、と。」
シシィは一瞬目を伏せ、そして小さく微笑んだ。
「本当に、無茶をする方だわ。」
けれど胸の奥には、不思議な確信があった。
もうすぐ、王宮は大きく揺れる。
そしてその揺れが収まるとき――
自分もまた、答えを出すことになるのだと。
その夜。
ついに、第三王子ヘンリクの側近補佐官が、
密かに近衛隊詰所を訪れる。
彼の手には、震える指で握られた一通の封書。
「これが、最後の資金指示書です。殿下直筆の署名があります。」
アーサーはそれを受け取り、封を切った。
視線が一行を読み終えた瞬間、静かに言う。
「――決まりだ。」
王宮を揺るがす一手がついに、打たれる。




