第22話
三人が展望テラスへ続く小道を曲がった瞬間――
シシィは思わず足を止めた。
「……え?」
視界に入ったのは、あまりにも整いすぎた警備配置だった。
小道の入口に二名。
花壇の陰に複数名。
遠巻きに巡回している近衛がさらに十数名。
そして、テラス周囲の高台にも配置の影。
どう見ても――過剰だ。
ヘンリク王子がゆっくり瞬きをする。
「おい、近衛隊長。」
「はい。」
「ここは、戦地か?」
「通常の警戒配置です。」
「嘘をつけ。」
シシィは小さく肩を震わせた。
(これが通常なわけがないわ……)
ヘンリク王子は額を押さえ、半ば呆れたように笑う。
「俺は散歩に来ただけだぞ。」
「王族の外出ですので。」
「一人の令嬢との庭園散策だ。」
「重要人物が二名になります故。」
「増えているじゃないか。」
「安全性は比例します。」
「お前、絶対わざとだろう。」
「滅相もありません。」
アーサー様は完全に真顔だった。
ヘンリク王子はしばらく無言でアーサー様を見たあと、
ふっと小さく笑った。
「……なるほど。そこまでやるか。」
アーサー様は答えない。
その沈黙を数秒見つめ、ヘンリク王子は肩をすくめた。
「いいだろう。」
そして――
シシィの手を軽く取る。
「殿下……?」
「警備が多すぎて雰囲気は台無しだが、景色自体は悪くない。」
ゆっくりと、テラス中央まで歩き出す。
「シシィ。」
いつもの軽さとは違う、少し低い声。
「俺が君を誘った理由、分かるか?」
「庭園をご案内してくださると……。」
「それもある。」
ヘンリク王子は少し身を屈め、視線を合わせた。
「だが、それだけじゃない。」
アーサー様の視線が、わずかに鋭くなる。
ヘンリク王子は気にする様子もなく続けた。
「俺は、遠回しなのが嫌いなんだ。君が婚約者持ちだということも、知っている。」
アーサー様の肩がわずかに動く。
「それでも俺は、止める気がない。君を見つけた瞬間、面倒なことになったと思った。」
「……え?」
「諦める理由が一つも見つからなかったからだ。」
「殿下、そのようなことを……」
ヘンリク王子は迷いなく続ける。
「俺は王子だ。欲しいものは何でも手に入れる立場にいる。もちろん、かと言って無理やり奪う趣味はない。だが、口説くことを遠慮するつもりもない。」
その瞬間、背後から静かな声。
「殿下。」
アーサー様だった。
一歩だけ近づき、
「ヴァルモン伯爵令嬢が困っておられます。」
「困っているか?」
ヘンリク王子が振り返らずに言う。
「どうだ、シシィ。」
シシィは戸惑いながらも、小さく首を振る。
「……いえ。」
アーサー様の視線が一瞬止まるとヘンリク王子は満足そうに笑った。
「ほらな。それに、近衛隊長。」
「……何でしょう。」
「こんなに警備を増やしてくれたおかげで、誰にも邪魔されずに口説ける。」
シシィが思わず目を丸くする。
アーサー様の表情は変わらない。
だが、声はほんのわずかに低くなった。
「護衛任務の範囲を超えた行為は、記録対象になります。」
「好きに書け。第三王子が伯爵令嬢を本気で口説き中とでも。」
そして再びシシィを見て、さらりと言った。
「覚えておいてくれ。」
「……何を、でしょう。」
「俺は、途中でやめない性格だ。」
アーサー様が一歩前に出る。
「殿下。」
「何だ。」
「庭園滞在時間が予定を超えます。」
「延長する。」
「護衛計画を再調整します。」
「好きにしろ。」
短い沈黙。
アーサー様はシシィを見た。
「ヴァルモン伯爵令嬢。」
「は、はい。」
「足元に段差があります。こちらへ。」
自然な動作で、さりげなくシシィの立ち位置を自分側へ半歩誘導する。
ほんの小さな動き。
だが――明確な牽制だった。
ヘンリク王子がそれを見て、楽しそうに目を細める。
「いいね。」
「何がでしょう。」
「面白くなってきた。」




