第21話
午後――王立庭園
色とりどりの花が咲き誇る大回廊を、三人は並んで歩いていた。
正確には、中央にシシィ。
右にヘンリク王子。
そして半歩後ろ、ぴたりと距離を保つ近衛隊長アーサー。
一見すれば、ただの護衛付き散策だ。
だが空気は、まったく穏やかではない。
ヘンリク王子がゆったりと歩きながら言う。
「ここは、王家が代々改修を重ねてきた区域だ。この区画の設計は、曾祖父陛下の時代。水路の角度まで計算されている。」
「そうなんですか。」
シシィが感心して頷くその瞬間。
「正確には、三度目の改修です。」
横から低い声が入った。
「初代設計では排水効率が悪く、二度目の改修で地下水路を拡張。現在の構造になったのは二十七年前です。」
ヘンリク王子が横目で見る。
「……詳しいな、近衛隊長。」
「警備計画上、地形把握は必須ですので。」
ヘンリク王子は気を取り直すように歩みを進めた。
「では、次はあの花壇だ。」
鮮やかな青い花が一面に広がる。
「この花は“煌めきの青”。王家専属の園芸師が――」
「正式名称はリュミエール・ブルー。」
また、横から声。
「開花期間は短いですが、香りが弱いため宮廷行事に多用されます。衣服に香りが移らない利点がありますので。」
シシィが思わずアーサーを見る。
「アーサー様、本当に詳しいんですね。」
「業務知識です。」
ヘンリク王子が小さく息を吐いた。
「近衛隊長。」
「はい。」
「説明係を奪うのは楽しいか?」
「これも職務の一環です。」
「何の職務だ。」
「殿下の説明に不足があった場合の補足です。」
「……。」
2人のやり取りに
シシィはとうとう肩を震わせた。
ヘンリク王子はふっと笑い、今度は歩幅を少し縮め、シシィのすぐ隣に並ぶ。
「では、これはどうだ。」
白いアーチの向こうに、小さな温室が見える。
「この温室は、まだ一般公開されていない。」
「え?」
「来月公開予定だが、今日は特別に案内しよう。」
シシィの目が少し輝く。
その様子を見て、ヘンリク王子が満足そうに口元を緩めた。
「中には南方から取り寄せた花が――」
「現在、警備区分Bです。」
アーサーが即座に言う。
「立ち入りには近衛の同行記録が必要になります。」
「今、まさにお前が同行しているだろう。」
「記録書類は事前提出です。」
「今、書く。」
「後ほど署名をいただきます。」
「……お前、絶対わざとだろう。」
「滅相もありません。」
シシィはとうとう吹き出してしまった。
「ふふっ……。」
二人が同時にこちらを見る。
「申し訳ございません、なんだかお二人とも、とても楽しそうですわ。」
一瞬、沈黙。
ヘンリク王子が先に笑った。
「そう見えるか?」
「はい。」
アーサーはわずかに視線を逸らし、
「……任務ですので。」
とだけ答える。
だが、その直後。
ヘンリク王子がわざとらしくシシィの歩く速度に合わせ、さらに距離を詰めた。
「シシィ。」
「はい?」
「次は、庭園で一番景色のいい場所に君を連れていく。」
「そんな場所があるんですか?」
「あるさ。」
にやり、と笑う。
「――俺のお気に入りだ。」
その瞬間。
後ろから、低い声。
「その場所の周囲は死角が多く、護衛配置を増やす必要があります。」
「増やせばいい。」
「既に増員要請は出しました。」
「……やけに準備がいいな、近衛隊長。」
「当然です。」
シシィは、二人の間に流れる見えない火花を感じるも、なぜか不思議と、嫌ではなかった。




