第20話
翌日――
伯爵家の庭に、朝から妙に人の出入りが多かった。
原因は、明白だ。
「またですか……。」
侍女が小声でつぶやく。
門前に止まっているのは、王家の紋章を掲げた豪奢な馬車。
そして、その馬車から何の遠慮もなく降り立つ青年。
第三王子ヘンリクだった。
差し出されたのは、小さな箱。
「おはよう、シシィ。昨日が薔薇なら、今日は日常で使えるものの方がいいだろう?」
「……あの、殿下。」
「俺は、意中の相手には毎日何か贈る主義なんだ。」
さらりと言い切る。
「贈り物が迷惑かどうかは、後で考える。」
「普通は先に考えるものです。」
「俺は例外だ。」
にやり、と笑う。
シシィが困ったように視線を泳がせた、その時。
「――朝からずいぶんと賑やかですね。」
低い声が割り込んだ。
振り向くと、庭門の前に立っているのは近衛隊長アーサー。
今日は巡回のはずだが、妙にタイミングが良すぎる。
ヘンリク王子は眉を上げた。
「おや、近衛隊長。治安はそんなに悪化しているのか?」
「いえ、王都は平和そのものです。」
「なら、なぜここに?」
アーサーは一歩近づき、淡々と答えた。
「王家関係者の動向確認は警備上、当然の業務です。」
「なるほど、つまり俺の監視か。」
「滅相もない。警護です。」
「言い方を変えただけだな。」
火花が散るような沈黙。
シシィは思わず小さく息を吐く。
(また始まった……)
ヘンリク王子はふっと笑い、わざとらしくシシィの手を取った。
「シシィ、今日は午後に王立庭園へ行こう。君に見せたいものがある。」
その瞬間。
アーサーの声が一段低くなる。
「殿下、事前申請のない外出は――」
「俺には自由行動権がある。」
「それだと護衛計画が立てられません。」
「なら、お前が来ればいい。」
一瞬、沈黙。
「近衛隊長自ら護衛とは、光栄だろう?」
完全に挑発だった。
アーサーの口元がわずかに引き締まる。
「……職務ですので。」
「そうか。」
ヘンリク王子は楽しそうに笑った。
そしてシシィにだけ聞こえる声で囁く。
「見ただろう?」
「え?」
「もう奴は完全に牽制し始めている。」
「……。」
「面白くなってきた。」
(私は胃が痛くなってきた)
その直後、アーサーがぴたりと横に立つ。
距離が、妙に近い。
「伯爵令嬢、本日の予定は?」
「え、えっと……。」
ヘンリク王子が即答する。
「午後は俺と庭園だ。」
「正式な護衛申請は?」
「今、出す。今、出した。」
「却下された場合は?」
「その時は王命に切り替える。」
アーサーの眉がわずかに動く。
シシィは思わず小さく笑ってしまった。
(子供の喧嘩のようだわ)
するとヘンリク王子がふっと表情を緩め、真っ直ぐシシィを見る。
「シシィ。」
「はい。」
「遠慮するな。困ったら直ぐに俺に言え。」
「……。」
「俺は、遠慮しない。」
その横で、アーサーが静かに言う。
「安心してください。」
「え?」
「遠慮しない人間が、もう一人いますので。」
視線が一瞬ぶつかる。
第三王子と近衛隊長。
どちらも一歩も引かない。
ヘンリク王子が笑った。
「さて、近衛隊長殿。今日一日、付き合ってもらうぞ。」
アーサーも淡々と返す。
「職務ですので。」
だがその声は、わずかに低い。
――第三王子の強引な口説きと、近衛隊長の無言の牽制。
その攻防は、まだ始まったばかりだった。




