第19話
回廊に残された空気が、ゆっくりと冷えていく。
アーサーは、その場からしばらく動かなかった。
ヘンリク王子の言葉を反芻する必要すらない。
理解は、すでに終わっている。
(赤い薔薇)
婚約者に贈られるには、あまりに直接的な色だ。
そして、第三王子がわざわざ口に出したという事実。
「追加で命じる。」
アーサーは、淡々と部下に言った。
「伯爵令嬢シシィの本日の動向。誰と会い、何を受け取り、どこに立ち寄ったか、報告は逐一だ。警備も強化。」
執務室に戻る途中、
ふと、胸の奥に浮かぶ顔がある。
控えめで、穏やかで。
だが、誰かに流されるほど弱くはない。
(だからこそ、厄介だ)
彼女は助けを求めない。
不満も、疑念も、声にしない。
それを――
今まで、都合よく「信頼」だと思っていた。
机に書類を置き、アーサーは深く息を吐く。
第三王子は、
自分が一歩先に踏み込んだつもりでいるだろう。
だが、踏み込ませたまま、引き返させないのが近衛隊だ。
その夜。
シシィの屋敷付近を巡回する部下から短い報告が届いた。
――朝、赤い薔薇が一輪。
――王家の封蝋付きの手紙。
――室内に飾られている。
その一文を読んだ瞬間アーサーは、はっきりと自覚した。
これは警戒ではない。
嫉妬でも、独占欲でもないと、言い訳する気も起きなかった。
部下に、短く命じる。
「明日から俺も巡回に出る。」
「隊長自ら、ですか?」
「抑止力とパフォーマンスだ。」
そう言い切った。
――トップが現場を重視する。
――王都の治安維持に尽力する。
表向きの理由はいくらでもある。
だが本音は、別にある。




