第16話
屋敷に戻ったのは、夜もだいぶ更けてからだった。
馬車を降りた瞬間、玄関脇に立つ人影に気づく。
外套をきちんと整え、腕を前で組んだその姿――
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「ポリー。」
王宮の門前で別れて以来だ。
会場には入れなかったはずなのに、
その目は、もう大体のことを察している色をしていた。
「お疲れでしょう。お部屋にお茶をご用意しております。」
「ありがとう。」
部屋に入ると、張りつめていたものが、ようやく緩んだ。
椅子に腰を下ろす私を見て、ポリーはそっと扉を閉める。
「お茶会では、何事もなく?」
「ええ。表向きは。」
ポリーは、カップにお茶を注ぎながら、静かに言った。
「では、表には出ないことがあったのですね。」
……本当に、誤魔化せない。
「第三王子、ヘンリク殿下よ。」
ポリーの手が、一瞬だけ止まる。
「……やはり。」
「やはり?」
「王宮の控えの間で、視線を感じました。殿下が、お嬢様の動向を何度か確認なさっていましたので。」
(会場に入れなくても、そこまで分かるのね)
「複数名のお茶会だと聞いていたのに、行ってみたら、二人きり。」
ポリーは、ゆっくり息を吐いた。
「本気ですね。」
「そう?」
「逃げ場を用意したふりをするのは、本気で囲う方のやり口です。」
私は、カップを見つめた。
「殿下、こう言ったの。
『俺は“待つ”時でも、囲いは作る主義なんだ』って。」
ポリーは、迷いなく首を振る。
「それは、選ばせるまで追い詰めるという意味ですわ。」
苦笑が漏れた。
「やっぱり、厄介かしら?」
「非常に。」
そして、少し声を落とす。
「近衛隊長様は……?」
「何も知らないわ。」
「でしょうね。」
責める調子ではない。
むしろ、納得している声音。
「近衛隊長様は、王族の私情に踏み込める立場ではありません。殿下は、その距離を理解した上で動いています。」
「……。」
ポリーは、まっすぐ私を見る。
「お嬢様、これは晩餐会の余興ではありません。」
「ええ。」
「ですが、まだ――刃にはなっておりません。」
少しだけ、安心させるように微笑む。
「今のところは、執着と溺愛の段階です。」
「段階、なのね。」
「はい。問題はそこから先です。」
「ポリー。」
「はい。」
「わたくし、変な選択をしていないわよね?」
「しておりません。お嬢様は、誰のものでもありませんから。」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「今夜は、ゆっくりお休みくださいませ。嵐の前ほど、体力が要りますから。」
――嵐。
その言葉が、妙に現実味を帯びて響いた。
ヘンリク王子は、待つと言った。
けれど、その待つというのは、
確実に距離を詰めるためのものだ。




