第15話
王宮から届いた招待状は、淡い萌黄色の封筒だった。
差出人の名を見た瞬間、嫌な予感はしていた。
――第三王子 ヘンリク殿下。
(お茶会、よね……?)
文面には、
「数名での気軽な茶会」
確かにそう書いてある。
だから私は、疑わなかったのだ。
疑うべきだったのに。
案内された離宮のサロンは、驚くほど静かだった。
陽の光が差し込む大きな窓、整えられたティーセットは、一組だけ。
(そう、一組だけ……あれ?)
他の招待客の気配がない。
「来てくれて嬉しいよ、シシィ嬢。」
背後からかけられた声に、心臓が一拍遅れて跳ねた。
振り向くと、そこにいたのは――
当然のような顔をした、ヘンリク王子だけ。
「殿下、ほかの方は?」
私の問いに、彼は悪びれもせず微笑んだ。
「いないよ。」
(でしょうね!)
「“数名”って書いたけど、嘘は言ってない。ほら、君と俺、あと給仕、ちゃんと複数だろ?」
……この人、確信犯だ。
私は一瞬だけ立ち尽くし、それからゆっくり息を整えた。
逃げ場がないのは、分かっている。
「失礼いたしますわ。」
そう言って席に着くと、彼は満足そうに頷いた。
「素直でいいね!」
紅茶が注がれ、扉が静かに閉じられる。
ヘンリク王子が直ぐに給仕を下がらせたので完全な二人きり。
「本日は、どのようなご用件でしょう?」
社交辞令のつもりだった。
けれど、ヘンリク王子はカップを置き、真っ直ぐ私を見た。
「君を口説くためだよ。」
(即答!?)
「前回はね、邪魔が多すぎたね。」
穏やかな声なのに、逃がさない目。
「今回は違う。君がどう思っているか、ちゃんと聞きたい。」
「わたくしには、婚約者がおります。」
「知ってる。」
「近衛隊長ですわ。」
「それも。」
「それなら――」
「俺はね、欲しいものを遠慮する気がない。」
被せるように言われ、言葉が止まる。
王子は、ゆっくりと距離を詰めるわけでもなく、ただ視線だけで私を囲った。
「君は、守られているつもりかもしれない。
でも、彼は王家に仕える盾だ。」
――晩餐会と同じ理屈。
その言葉に、背筋が冷えた。
「溺愛ってやつ、知ってる?」
微笑む顔は、驚くほど甘い。
「君が望めば、世界ごと静かにしてあげるよ。」
(怖っ)
私は、そっとカップを置いた。
「殿下。」
「うん?」
「わたくし、籠の中で大切にされたいとは思いませんの。」
一瞬、彼の目が細くなる。
「自由を選ぶ?」
「ええ。」
しばらく沈黙した後、ふっと彼は笑った。
「ますます欲しくなった。」
(ああ、だめだこの人)
「いいよ。今すぐ答えはいらない。」
そう言って、彼は立ち上がる。
「でもね、シシィ。俺は“待つ”時でも、囲いは作る主義なんだ。」
その意味を問い返す前に、扉が開かれた。
王宮を出る頃には、
胸の奥に、消えない違和感が残っていた。




