第14話
晩餐会の帰り道。
馬車の中で、アーサー様はいつも通りだった。
姿勢も、表情も、声音も完璧。
「疲れてはいないか。」
「大丈夫ですわ。」
「無理はするな。今日は人も多かった。」
「ええ。」
帰邸してからも、特別なことは何も起きない。
翌日も、翌々日も。
ただ――
小さな違和感が、いくつか。
朝の予定確認が、妙に細かい。
外出の際、警護の配置が増えている。
それとなく、誰と会ったかを聞かれる回数が増えた。
「昨日は、誰かに声をかけられなかったか。」
「特には。」
「……そうか。」
(妙な間……何か、引っかかってる時のアーサー様だわ)
でも、理由が分からない。
私自身、何も話していないのだから。
一方で社交界の空気が、少しずつ変わってきていた。
「ねえ、お聞きになりまして?」
「近衛隊長の婚約者のシシィ様が第三王子とお話していたらしいわよ。」
「かなり親しげだったとか。」
噂は、形を変えて、勝手に育つ。
私はと言えば、特別な顔もせず特別な対応もしない。
私、何もしてないもの。
ある日、午後のお茶の時間。
ポリーが、いつもより慎重な声で言った。
「お嬢様。」
「なに?」
「最近、視線が増えておりますわ。」
「視線?」
「はい。特に――王宮関係者から。」
(……ああ)
「殿下の件かしら。」
「恐らく。」
私はカップを口に運ぶ。
ポリーは淡々と続けた。
「ただ、何もなかったという事実は、説明がない限り想像で埋められるものです。」
(……なるほど)
ポリーは、少しだけ笑った。
「その想像が、一番困るのは――」
「アーサー様ね。」
「はい。」
その日の夜。
執務を終えたアーサー様が、珍しく私を訪ねてきた。
「少し、話をしてもいいだろうか。」
「どうぞ。」
ソファに向かい合って座る。
一瞬の沈黙。
「……最近。」
彼は、言葉を選ぶように口を開いた。
「社交の場で、不快なことはなかったか。」
(来た)
「特にはございませんわ。」
「王族と接触することは?」
「……挨拶程度なら。」
嘘ではない。
アーサー様は、目を伏せた。
「……そうか。」
あ、これは。
「アーサー様。」
「何だ。」
「何か、ご心配事が?」
彼は、すぐには答えなかった。
「いや。」
そう言って、視線を上げる。
「心配する立場ではない。」
その言葉に、胸の奥が少しだけ冷えた。
「ただ、君が、誰かの噂の相手になるのは――好ましくない。」
ああ、これは知らないまま火種の存在だけを感じ始めている。
「でしたら、どうぞ私を信じてくださいませ。私は、自分の立場をわきまえております。」
アーサー様は、じっと私を見た。
その視線に、
何か――焦りのようなものが混じった気がした。
「分かった。」
そう答えながらも、
その表情は、晴れなかった。
晩餐会の夜、何も起きなかったように見えて確実に歯車は動き始めていた。




