第13話
晩餐会の会場は、相変わらずきらびやかだった。
アーサー様はというと到着早々、王族の呼び止めを受け、そのまま席を外している。
(……ですよね)
近衛隊長が自由時間を持てるわけがない。
分かってはいるけれど。
私は一人、壁際でグラスを持ち、いつものように背景役に徹していた。
(静かでいいわ)
そう思った、ほんの数秒後。
「おや。」
軽い声に振り向くと、見目の良い男性が、にこやかに立っていた。
(……誰だったかしら)
ひと目でわかる仕立てのよい身なり。
覇者のオーラはあるものの態度は自然体。
そして、漂うのは慣れている空気。
「失礼、驚かせたようだね。」
「少しだけ。」
正直に言うと、彼は笑った。
「正直でいいね。」
(距離、近い)
「お一人かな?」
「ええ。婚約者は、お仕事中ですわ。」
そう答えると、彼の目がわずかに光った。
「へえ、それは残念だ。」
「……何がでしょう?」
「君が、放置されてること。」
「社交の場では、よくあることですわ。」
彼は、少し声を落とした。
「そうか、でも俺ならそうはしない。」
あ
この流れ、知ってる。
まずいやつ。
「失礼ですが――」
「第三王子のヘンリク。」
(あ、王子)
「名乗る前に、逃げられそうだったからね。ほら、名乗ったら逃げにくいでしょ。」
(正解)
第三王子は、私を値踏みするように見てそれから、はっきり言った。
「ねえ、俺にしておきなよ。」
(来た)
「殿下、お戯れを。」
「ハリス男爵夫人、だっけ。」
その名に胸の奥が、ひやりとする。
「あの近衛隊長に、大切にされるとは思えない。それにさ、近衛隊の役割って、王族の盾だろ?」
「ええ。」
「主君が欲しがるものを、その責任者が自分のものにするってちょっと、おかしいよね。」
やっぱりこの人、無茶苦茶だわ。
私は、グラスを持つ手を下ろした。
「殿下、そのお話アーサー様はご存じありませんわ。」
「うん。だから言ってる。」
(……頭痛くなってきた)
「俺はね、君を奪うつもりはない。君が、自分で選ぶなら俺のところに来なよ。」
私は、肩をすくめた。
「殿下。」
「なあに?」
「私、そんなに弱く見えます?」
第三王子は、意外そうに瞬きをした。
「いいや。」
「わたくし、誰かの不誠実を理由に次の方へ移るほど、困っておりませんわ。」
「やっぱ、きみ面白いね。」
「よく言われますわ。」
第三王子は、くすっと笑った。
「ますます惜しい。」
「ありがとうございます」
「でも、覚えておいて。君が迷った時、俺は待つ選択肢も出せる。何なら、周りを待たせさせる選択肢さえね。」
(うわ……厄介)
その後、何事もなかったように彼は去った。
しばらくして戻ってきたアーサー様は、
何も知らない顔で、私に手を差し出す。
「待たせてすまない。」
「いいえ。」
私は、いつも通り微笑んだ。
アーサー様の知らないところで
この晩餐会で私が選択肢として扱われた。
そしてそれが、
後々――どれほど火種になるかを。




