第11話
マリーに対して、はっきりとした嫌悪を覚えたのは、彼女がシシィと同じ装いで現れたときだった。
同じ髪の結い方。
同じ色合いのドレス。
同じ、控えめな立ち位置。
遠目には、よく似ている。
だが、アーサーの胸には即座に不快感が走った。
苛立ちではなく拒絶だった。
マリーは、柔らかく微笑んでこう言った。
「あなたのお立場を考えれば、隣に立つ女性も相応しくあるべきだと思うのです。」
――その言い方。
シシィが、かつて同じ意味のことを口にしたことがある。
だが、決定的に違った。
シシィは自分を律するために言ったが、こいつは奪うために言っている。
「君が誰を見て、何を真似しているのか私には、はっきり分かる。」
マリーの顔色が変わった。
「違いますわ。私はただ――」
「違わない。」
冷静で、容赦のない声だった。
数日後。
シシィの名誉に関わる噂が、裏で動き始めた。
湖畔の別邸での近衛隊長の婚約者不在での滞在。
誰がいたのかを、意図的にぼかした噂。
アーサーがそれを知ったのは、
シシィ専属メイドのポリーからの簡潔な報告だった。
「お嬢様に向けた悪意であると判断しました。その為、直ちに処理いたします。」
「……処理?」
「はい。」
それ以上は説明はなかった。
その翌週、ハリス男爵夫人は社交界から姿を消した。
夜道での転倒事故。
足を踏み外し、重傷。
療養のために長期の静養。
噂は、それ以上広がらない。
調べても、何も出てこない。
不審な点も、証拠も、一切。
(……なるほど)
アーサーは、理解した。
直接手を下したわけではない。
だが、戻れないところまで行った相手を、確実に排除した。
それをやったのが一介のメイド――ポリー。
そして、それを許して預け、止めなかったのが
シシィだ。
彼女は、何も知らない顔をしている。
いつも通り、穏やかに微笑んでいる。
だが、違う。
この令嬢は守られているのではない。
守らせている。
その事実が、アーサーの中の何かを、完全に掴み取った。
自分は、この主従に――負けた。
そして同時に、はっきりと悟った。
それからのアーサーは、変わった。
「シシィ。」
呼ぶ声に、躊躇がなくなる。
「君は、私の婚約者だ。そして私の最愛だ。」
それは、宣言だった。
愛のない婚約のはずだった。
だが今や近衛隊長アーサーは、自分を打ち負かした唯一の存在に完全に、溺れていた。




