第1話
※タイトル変更致しました
伯爵令嬢シシィ・ヴァルモンは、幸せな結婚に憧れていた。
それは、愚かなほどに真っ直ぐな夢だったと、今なら思う。
朝、太陽の光がカーテン越しに差し込む。
私はベッドから身を起こし、しばらくの間ぼんやりと天蓋を見つめていた。
夢じゃ、なかった。
昨夜、王都の裏通りで見た光景が脳裏に鮮明によみがえる。
月明かりの下、人目を避けるように立つ影。
そして
――私の婚約者である、近衛隊長アーサー様の腕に自然に絡みつく女性の手。
ハリス男爵夫人のマリー様。
社交界でも名高い、美貌と艶を兼ね備えた女性。
あの距離感を、偶然や誤解と呼ぶには私はもう子どもではなかった。
ゆっくりと息を吐く。
胸が痛まなかったわけではない。
けれど、泣くほどでもなかった。
それが、何よりの答えだった。
私は最初から、愛される妻になる未来を与えられていなかったのだ。
――貴族としてのただの体裁。
既婚者である愛しい人とのカムフラージュ。
都合のいい婚約者。
「お嬢様?」
控えめな声に、はっとして顔を上げる。
専属メイドのポリーが、心配そうに立っていた。
「起こしてしまいましたか?」
「いいえ。もう目は覚めていたわ。」
私はベッドを降り、窓辺へ向かう。
いつもなら、ここで胸を高鳴らせる時間だ。
紅茶を飲みながら本を読み、
今日も幸せだと自分に言い聞かせる。
でも今日は、違った。
「ねぇ、ポリー。」
「はい。」
私は、窓の外を見つめたまま言った。
「私、婚約者としてはとても出来のいい女だったと思わない?」
ポリーは一瞬、言葉に詰まった。
「……はい。」
「でしょう?」
自嘲気味に笑う。
「疑わないし、詮索しないし、信じているふりが上手。」
だから、きっと選ばれたのだ。
侯爵家の次男で、若き近衛隊長。
完璧で、冷静で、頭の切れる策士。
アーサー様が結婚相手に求めていたのは、愛ではなく、扱いやすさ。
「――でもね、それ、今日で終わりにするわ!」
ポリーの目が、わずかに見開かれる。
「お嬢様。」
「安心して。取り乱したりはしないわ。」
むしろ――
驚くほど、頭は冴えていた。
「正式に宣言するわね。私の都合のいい婚約者キャンペーンは、本日をもって終了!そして、これより厄介な婚約者キャンペーンを開始します!!」
ポリーは、口元を押さえ、
次の瞬間、声を殺して笑った。
「お、お嬢様。」
「なに?」
「そのキャンペーン、とても魅力的ですわ。」
「でしょう?」
私は紅茶の準備をさせながら、心の中で静かに思った。
(残り時間は、そう長くない。アーサー様が想定していた何も知らない伯爵令嬢シシィはもう居ない)
もしこの婚約が、最初から彼の計画だったのなら。
最後くらいは私の思い通りにさせてもらう。
おとぎ話のヒロインは、渋い紅茶で目を覚ました。
そして今日からは逆襲する側。




