第三話
蒲生氏郷が明智光秀を討った。
羽柴秀吉が駆けつけたときにはそういうことになっていた。
「ワイの計画がなにもかもおしまいやァ!」
秀吉は顔を歪め、手の中の陣羽織の端をぎゅっと握りしめた。天才的な采配を誇る男の顔に、ぬぐいきれない敗北感が走る。今ここで自分が主役になるはずだった。
その席を奪われた悔しさは、彼を一回り小さく見せた。
織田信雄は炎のように火が付き、鼻息荒く叫ぶ。
「こいつら‥誰か忘れちゃ居ませんかってんだ!」
凡庸な怒りではない。面白いほどに自己顕示欲が露わになった怒りだ。
「蒲生‥来てくれるなッ‥?」
筒井城攻めに氏郷も駆り出されることに‥。
羽柴勢に与する筒井家を、織田・蒲生軍は潰しに向かう。城の守りは柳生家厳が堅固に固めていた。家厳はもうすぐ90にもかかわらず、矍鑠としている。年輪が刻んだ顔に、戦の匂いは消えない。彼が叫ぶ声は意外なまでに若々しい。
「ガキ共が‥舐めてると潰すぞ‥」
そして柳生は立ち上がり、刀を握って叫ぶ。
「ヤ ギ ュ ワ ァ ッ!」
という叫声は、戦場の雑踏に刃のように切り込む。それに応えるかのように、蒲生・信雄軍の隊列が乱れ、あっという間に兵が斃れていく。嘲笑にも似た叫び声、つぶれた鎧のきしむ音、そして血。
数ヶ月に及んだ攻城戦は、ある日突然の終劇を迎える。筒井城、陥落。戦の流れを一瞬で掴んだかに見えた蒲生勢は、どこか血の匂いを誇らしげに漂わせながら城内に踏み込む。しかし、そこで見たものは、期待とは程遠かった。
「こいつ‥死んでやがる‥」
柳生家厳は立ったまま、老衰で息を引き取っていた。鋼のような意志で幾多の若者を切り裂いてきた男の身体は、戦の最中に静かに崩れ落ちていた。まるで最後の一閃を放つ前に、自然が彼の剣を取ってしまったかのようだ‥。
城を出た蒲生は、自軍を整えて撤収の準備を命じる。信雄はまだ興奮冷めやらぬ面持ちで、小さな笑みを浮かべる。戦果を重ねる彼らの背中には、知らぬ間に未来の地図が描かれている。
‥だがその地図はいつだって塗り替えられる。




