利成君の告白
「フローライト」第二十九話。
利成がアパレル業界の○○というブランドとコラボした。利成の曲や絵のイメージでデザインしたのだ。それでなくても色々なことに手を出しているというに、よくその他にやる時間があるなと思う。
ある日帰宅した利成が明希に言った。
「明希、今度モデルやってくれる?」
「え?モデルって?」
「ファッションショーやるからそのモデル」と笑顔で大変なことをさらっと言われる。
「やだ、冗談でしょ?」と本気で冗談だと思って明希はそう言った。
「冗談じゃないよ」
「・・・そんなのできるわけないじゃない」
「何で?」
「私・・・太ってるし・・・」
「何だそんなこと?明希は太ってないよ」
「背も低い」
「背もそんなに低くないでしょ。それにハイヒールはくから大丈夫だよ」
「・・・それ、本気で言ってる?」
「本気だよ」
「・・・・・・」
入浴してから寝室に入って鏡に自分の顔を映しだした。何だか急に年をとった気がした。十代の時のように未来に期待は持てなかった。ただこのまま過ぎ去って行く気がする。
髪をとかしてからベッドに入る。ベッドのサイドテーブルにあるフレグランスの香りがした。利成が寝室に入って来る。あの口をきかなかった五日間は利成はこの寝室に来なかった。でもまた今は前のように優しい利成だった。
「モデルって絶対しなきゃダメ?」
明希が聞くと利成はベッドに入りながら「うん、ダメ」と言った。
「・・・・・・」
「大丈夫だよ、明希は綺麗なんだよ。自分でわかってないだろうけど」
「綺麗じゃないよ。わかってる」
「それがね、わかってないんだよ」と利成が笑顔で言う。
「・・・綺麗なモデルさんたくさんいるでしょ?そんな中に入るのなんてやだな」
「大丈夫だよ。俺もいるし」
「・・・・・・」
「明希もね、もっと表に出なきゃ」
「利成みたいに何でもできないんだよ」と身体を伸ばしてスタンドを消そうとしたら手をつかまれた。
「つけておいて」
「まだ寝ないの?」
「ん・・・」と利成が明希に口づけてくる。
「明希、舌だして」と唇を離してから利成が言う。
「え、何で?」
「いいから」
明希が舌を出すと利成が自分の舌を絡めてきた。
(あ・・・ちょっと・・・)
だんだん感じてくる。利成が唇を重ねて今度は口の中を舌でまさぐる。
「明希が先にして」と利成が言う。明希は利成を見つめた。それから起き上がって利成の上になって利成の履いているパジャマのズボンと下着を脱がす。最近はこれが多い。明希は利成のを口に含んだ。
口でしているとだんだん利成が盛り上がってきた。
「ん・・・」と利成の吐息が聞こえる。そのまま続けていると、「このまま今日は出していい?」と利成に言われる。
それには答えず明希が続けていると、「もう、出るよ」と利成が言った。
(あ・・・)と思って明希が口を離そうとすると、利成に頭を押さえつけられた。そのまま利成のが口に入って来る。口の中に利成の精液が広がってどうしようかと思う。
(出したらダメかな?)
何かそんな気がして頑張って飲み込んだらむせて咳き込んだ。
「明希」と利成がティッシュを差し出している。それを受け取って口を拭った。
「無理しなくていいよ」と言われる。
明希は赤面して利成を見た。こういうことには明希は疎い。普通はどうするのかわからなかった。
「でもうまくなったね」と利成は嬉しそうだ。
「じゃあ、次は明希をしてあげるから」とベッドに寝かされた。
利成に触れられれば触れられるほど、明希は身体が目覚めて行くような気がする。実際にそうだった。明希の身体が変化していくのを利成は楽しんでいるようだった。最近は声を上げるのを押さえれなくなっていた。恍惚感に包まれて我を忘れるのだ。
「あのセックス恐怖症が嘘みたいだね」と、ことが終ると利成が言った。
「ん・・・」と明希は布団を被って顔を隠した。
「もっと気持ちよくしてあげるね」と利成が顔を隠していた明希の布団を下ろして言う。
(恥ずかしい・・・)と明希はまた布団を顔まで上げた。
利成と結婚してからは、ユーチューブで一緒に歌ったり、絵本をだしたり、小さなことだけど利成と一緒に表に出た。利成は時々そうやって自分を引っ張り出すのだ。どうしてだろう・・・。
(でも今回はモデル・・・)と、また本気の悶絶・・・。
そして当日まで何回かの打ち合わせに引っ張り出された。初日は衣装を決めた。
(そもそもこんなの私には似合わない・・・)と思うようなデザインで、明希は初日から尻込みした。おまけに天城利成の妻が来るっていうので現場のモデルさんやスタッフに大注目されて、逃げ出したい気持ちになった。
「明希はこういうのがいいよ」と利成が勧めてきた衣装は結構露出が激しい。
「こんなの無理・・・」とまた尻込みしたら隣に立っていたモデルさんに鼻で笑われた。
(泣きそう・・・)
こういう場になれていない明希はおどおどするばかりで、利成が少しでも自分から離れたら不安でしょうがなかった。
利成に勧められた衣装を何点か着てみて、「これが一番よかったよ」と利成が言うのに決まった。最初の露出が激しいものでなくて良かったと明希は思う。
その後まだ打ち合わせがあるというのに、利成が仕事で抜けるという。明希は思いっきり不安になり自分も帰りたくなった。
「利成、私も帰りたい」と会場の片隅で言った。
「大丈夫だよ。また俺も戻るから」
「ほんとに?」
「ほんと。もう少しだから頑張って」と額にキスされた。
「じゃあ、また後でくるから」と利成が行ってしまい「はぁ・・・」とため息をつくとそばにいたモデルさんと目が合った。ふと気がつくと周りのスタッフの人たちもこっちを見ていたみたいで、明希が気がつくと知らぬふりで目をそらした。
「天城さんはすごく奥さん思いなんだね」といきなりおそらくスタッフの人であろう女性に言われた。
(あ、そうか)とハッとする。
(利成がキスなんかするから・・・)と恥ずかしくなる。
当日の会場はデパートで明希の出番は終わりから三番目だった。
「天城さんの奥さんがいるってことは内緒なので」とスタッフの人が言った。
(あー・・・当日どうなっちゃうんだろう・・・)と明希は不安でしょうがなかった。
その後も何日間かかけて歩き方の練習やなんかをして当日となる。
メイクをされて髪を整えられて衣装を着ると、鏡に映った自分が自分じゃないみたいだった。真っ赤な口紅なんてしたことなかった。それに赤いハイヒール・・・。これで歩くのが一番苦労した。
ショーが始まり明希の順番が来る。けれど衣装を着てメイクをすると何だか妙に落ち着いて歩けた。いつものスタイルでの練習の時は緊張で全然だめだったのに。
(不思議・・・)と新しい自分を発見したかのようだった。
着替えや片付けが終る頃、利成が顔を出した。
「明希、すごく綺麗だったよ」と皆の前で利成に大きな声で言われて、恥ずかしくて明希は頬が熱くなった。
そのファッションショーが終ると、明希のことが週刊誌に載ったのでびっくりした。結局どこかで情報は漏れているのだ。
<オシドリ夫婦?>とオシドリ夫婦の後に何故かクェッションがついている見出し。
<打ち合わせの時から仲の良さを見せつける・・・>
<天城の計算?>みたいなことまで書かれていた。
(何この計算って・・・)
これまたお父さんに見られないよね・・・とちょっと心配になった。
── あることないこと面白おかしく・・・
昔利成が言っていた言葉を思い出す。
(あー・・・もういいや・・・気にしないでおこう)とネットを閉じた。
その週刊誌の記事が出てから数日後の朝、その日は久しぶりに利成が休みだった。休みの日でも割と早く起きる利成の仕事用のスマホが鳴った。キッチンで明希と一緒に朝食を準備していた利成がリビングの方へ行く。
明希がコーヒーを入れてダイニングテーブルに運んでいると利成の声が聞こえた。
「それはお断りして・・・まあ・・・そうです・・・・」
利成が話しながらソファに座った。
明希がトーストやサラダなんかを運び終えると利成が通話を切ってテーブルの前に来た。
「やっぱり今日も仕事?」と明希は聞いた。そういう電話かと思ったのだ。
「いや、違うよ」と利成が椅子に座った。
「そう?」
「うん・・・今日はどうする?」
「どうするとは?」
「せっかく休みでしょ?天気もいいし」
利成がそう言って窓の方を見たので明希も窓の方を見た。梅雨でずっと雨だったのに今日は久しぶりに晴れていた。
「そうだね、どうしようかな」と明希もテーブルに着いた。
その時また利成のスマホが鳴った。今度はプライベートの方だ。
「やれやれ」と言いながら利成がまた立ち上がった。
「はい」と電話に出ながら今度はチラッと明希の方を見た。それから話しながら部屋の中にある階段を上って仕事部屋の方に行く利成。明希は(ん?)とその背中を見送った。
(聞かれたくないってわけね)
「はぁ・・・」とため息が出た。
(私には翔太のことをほんの少しも許さないくせに・・・自分はどうよ?)と突っ込みたくなる思いがいつもモヤモヤとしている。
その電話が来てから三十分経っても利成が戻って来ない。明希は立ち上がって利成のコーヒーとトーストをキッチンに下げた。すっかり冷めてしまった。
(もう・・・)とさすがに苛立って来る。電話は十中八九女からだ。
(プライベートの方のスマホだったし・・・)
一時間近く経って利成がリビングに戻って来た時には、利成はかなり苛立っている様子だった。明希は(珍しいな)と利成がムスッとしている顔を見た。
「あ、コーヒー淹れ直すね」と明希が言うと「ん・・・」と不機嫌そうに利成が答えた。
明希はもう一度コーヒーを入れ直してトーストも作り直した。ダイニングテーブルの上に置くとテレビを見ていた利成が「ありがと」と言った。
それから利成が黙って朝食を食べているので明希も話しかけずにリビングのソファに座ってパソコンを開いた。このパソコンは仕事用である。プログラミングはもうやめていたが利成の個人的なホームページなどのサイトの管理や個人的な仕事のメールなどを管理していた。
(あれ?)と一つのメールに目を止めた。
それはどこかの出版社からの依頼だった。明希が管理しているのは、主に利成の絵の販売や個人的に利成が作っているものなので、芸能関係の方の話ではない。
また利成への何かかなと開いてみると、それは明希当てのものだった。利成の個展での絵や夫婦に関してのインタビューがしたいとのことだった。
(ん?・・・私?)と明希はもう一度メールを読み直した。やっぱり天城明希様となっている。
(間違いかな?)と考えているとまた利成のスマホが鳴った。明希が顔を上げると利成がダイニングテーブルの上でスマホの画面を見てからすぐに着信が切れた。どうやら利成が着信を拒否したらしい。
(また・・・)
女と面倒なことになってるとか?と利成の方を見ていたら利成と目があった。
「何?」と聞かれたので「ううん・・・あ、何かこのメール、間違いかな?」と聞いた。
利成がそばまできて明希の隣に座ってパソコンの画面をのぞいてメールを読んでる。
「これ、利成への間違いだよね?」
「いや、明希へのじゃない?」と利成は他のメールも開いている。
「えー・・・そうなの?どうしよう・・・」
「断れば?」
(え?)と思った。こういう時、利成は大抵は「やってみなよ」みたいな感じなのだ。
「断った方がいい?」
「明希が受けたいなら受けたらいいよ」
利成はやっぱり不機嫌そうだ。
(これは・・・困った・・・)
明希は利成関係の仕事に関しては今まですべて利成の言う通りにやってきたので、こういう風に選択をゆだねられると考えてしまう。それに利成はあまり賛成じゃない雰囲気だった。
利成がまた立ち上がってダイニングテーブルの方に戻り、食べ終わった皿やカップを下げている。
(何だろう?珍しいな)
利成はいつまでも感情を引きずったりしない。でも今日はちょっと違うらしい。
明希はとりあえずそれ以上は何も聞かずに他のメールもチェックするとパソコンを閉じた。
「今日は海にでも行かない?」
キッチンから出てきた利成が明希の隣に座った。
「海?泳ぐわけじゃないよね?」と明希が言ったら利成が笑った。
「泳ぎたかったら泳いでもいいけど?」
「私、泳ぎは苦手」
「そうなんだ」
「うん、利成は?」
「俺もそんな得意じゃないよ」
「じゃあ、お互い泳ぐのはなしだね」と明希が笑顔になると、利成が「そうだね。個人的には明希の水着姿も見てみたいけどね」と笑った。
(あ、何か少し機嫌直ったみたい・・・)と明希は利成の顔を見た。
到着した海岸は海水浴場ではなかったので、泳いでいる人はもちろんいなかった。大きな岩が突き出ていて観光名所になっていた。梅雨の晴れ間で平日だったがわりと訪れている人も多かった。
「利成、そのままで大丈夫?」とちょっと気になって聞いた。以前二人でこうして歩いていて囲まれたことがあって、あれ以来恐怖なのだ。
「何が?」と当人はいたってのんきである。
「みつからない?」
「誰に?」
(もう、わかっててわざと?)
「大丈夫だよ」と利成が肩を抱いてきた。
突き出た岩の下を二人で歩いた。途中海辺に降りて行けるところがあって二人で降りた。岩がごつごつしているところを利成が器用に降りて行く。明希がどこに足を置けばいいか戸惑っていると利成が手を伸ばしてくれた。
「水、冷たいね」と海の水に明希は手を浸してみた。足元の砂の上にはたくさんの貝殻が落ちていた。
「海っていいね」と利成が水平線の方を見つめている。
明希は足元の貝や動いている小さな蟹を見つめた。潮の匂いが何となく落ち着く。
「明希、引っ越ししたいね」
「え?引っ越し?」
利成がそんなことを言ったので明希は驚いて下を向いていた顔を上げた。
「うん、マンションじゃなくて家が欲しいな」
「一軒家ってこと?」
「そう」
「あそこを売るの?」
「そうだね」
(えー・・・)
あのマンションに引っ越してまだそんなに経ってないよね?と一人思う。
「最上階の景色に惹かれてあそこを選んだけど、今度は地上に降りたいな」
「そう・・・」
明希は(利成の気持ちも複雑だな・・・)と水平線を見つめている利成の横顔を見つめた。
しばらく利成が動かないで海を見つめているので、明希もしゃがんだまま海を見つめた。後ろの岩場を通る観光客が同じように岩場をこっちの方に向かって降りてくると、利成がようやく「行こうか?」と立ち上がった。
「うん」と明希も立ち上がったら、しゃがんでいたので足がしびれていたせいか、濡れた石に足を取られて転びそうになった。「おっと」と利成が明希の腕を押さえた。「ありがと」と言って足元を見ると、すっかり履いていた靴が泥で汚れてしまっていた。
そのせいか周りにいた人に注目された。その中の数人の女性が「え?」という顔をして囁きあっているのが見えた。
「行こう」と利成が明希の腕を引いた。降りて来た岩場を上り切ると別な場所から上って来たさっきの女性たちがこっちに来た。
(あー・・・どうしよう・・・)
やっぱり見つかってしまった。
「すみません、天城さんですよね?」と声をかけられる。
「そうだけど」と利成の声には愛想がない。でも女性たちは気づいてない様子だ。利成はほとんどの場合は愛想よく応対するがたまにこういう時がある。今日は朝のあの電話から苛ついた様子だったので、もしかしたらまだ何か残っているのかもしれない。
「あのいつも聴いてます。大ファンです」と定番の文句が続く。
「そう、ありがとう」と一応お礼は言っている。でも、その様子に周りの人たちが気づいてチラチラとこちらを見始めたのに気づくと「悪いけど急いでるから」と明希の手を引いて歩き出した。
明希が振り返ると女性たちが惜し気にこっちを見ていた。追いかけては来ない。利成の言い方に何となくそれを許さないような雰囲気があった。
車に乗ると「帰ろうか」と利成が言った。
「うん・・・」と明希はシートベルトを締めながら答えた。
それから一週間ほどたったある日、何気にコンビニに入った明希は週刊誌の表紙に利成の名前があるのを見て何だろうと手に取った。
<天城利成の妻 セックス恐怖症だった過去>
その見出しを見て明希は凍りついた。精神病だったとか書かれたことはあったけど、今回は「セックス恐怖症」とそのものが書いてある。
<強姦されたことがきっかけで・・・>という本文を読んで更に凍り付いた。
(どういうこと?)
何で?と思う。こんなに詳しい内容は知ってる人しかわからない。
明希は週刊誌を戻すとそのままコンビニを出た。マンションに戻って部屋に入るとリビングのソファに座ってパソコンを開いた。
<パニック障害とは?>
<死産もパニック障害が原因?>
そんな言葉が次々と出て来た。
(何で?)
今までも明希に対するバッシングのような記事はあったが、ここまで酷いのは初めてだった。涙が出てきた。性に関することをこんな風に書かれて悔しかった。
スマホが鳴った。けれどパソコンの前から動けなかった。
(酷い・・・)
スマホの着信音が切れた。明希はしばらくパソコンの前でぼんやりと動けなかった。
その日の夜利成と一緒に遅い夕食を食べていると「電話かけたけど出れなかった?」と聞かれた。
「うん・・・ごめん」と答えた。週刊誌のことは利成は知ってるのだろうか?
「明希に言っとくことがあって・・・」と利成が珍しく語尾を濁したので、明希は料理を口にしていた手を止めた。
「今日出た週刊○○はまだ見てないよね?」
利成があの週刊誌の名前を言ったのでそのまま黙って利成を見つめた。
「・・・見たんだね」
明希は黙って頷いてまた料理に口をつけた。
「明希、前に言った「この業界は あることないこと話題にしておもしろおかしく他人のことをいう世界」って俺が言ったこと覚えてる?」
「うん・・・」
「でもそれは何故か?それも覚えてる?」
「それは・・・みんなもそれを望んでいるからって・・・」
そう、それで確か利成が人それぞれ独自のフィルターがあるって教えてくれた。
「そうだね」
明希は利成の顔を見つめた。利成が何を言おうとしているのかわからなかった。そこで一旦利成が言葉を切って料理を食べ始めたので、明希もまた食事を済ませた。
(何だろう・・・我慢すれってこと?)
そうだとしたらそれはあまりにもひどいと思った。芸能人だからここまで言われても仕方がないとでも言いたいのだろうか。しかも芸能人なのは利成で自分ではない。
キッチンで食事の後始末をしながら明希は考えた。利成が言いたいことは何?
片づけを済ませてリビングに行くと、利成が明希の仕事用のパソコンを開いていた。
「何かあった?」と明希も利成の隣に座った。
「ん・・・特に。こっちの方は大丈夫だよ」
「・・・・・・」
よく意味がわからなかった。
「今回の記事はこないだの話の“面白おかしく”を離脱していると思う」と利成が言った。
「ごめんね、傷ついただろ?」と利成が言ったので明希の目から涙がこぼれた。そうなのだ、利成が帰って来てからずっと我慢してたのだ。
「明希・・・」と肩から引き寄せられた。
「止めれなくてごめん」と利成が言ったのでびっくりして利成の顔を見た。
「どういうこと?」
「あれが出ること知ってたんだ」
「・・・・・・」
「でも止められなかった・・・」
「どういうことなのかまったくわからないんだけど?」
そう言ったら利成が考える顔をした。明希にはまったく意味がわからない。
「人間の感情の中で一番厄介なのが何だと思う?」
(また、違う話し?)と明希は思ったけれど「さあ・・・」と答えた。
「人を羨む気持ち」
「嫉妬ってこと?」
「そうだね」
(それが何なの?)
明希のそんな視線を感じたのか利成が言った。
「俺が明希のこと少し表に出したせいで今回のことが起きちゃったのかもしれない」
「表にって・・・モデルやったこと?」
「そうだね」
「何で?それで嫉妬?」
いまいち話が煮え切らない。それはきっと利成が確信を避けて話しているせいだろうと思った。
(あ・・・)と急に思い出した。あの利成がしばらく不機嫌だった日・・・確か電話がきてた。それもおそらく女の人から・・・。
(つまり・・・利成の女性関係が原因ってこと?)
(その矛先が私に向けられたってこと?え?私に?)
明希は解せない思いで利成を見つめた。利成も少し考える顔をしている。
「利成、はっきり言っていいよ」
遠回しに確信を避けていることくらい明希にもわかった。いつもなら無視するこういう週刊誌の記事も、矛先が自分でおまけに利成の言う通り少し行き過ぎた内容だ。
利成が明希の顔を見た。
(あ・・・)と思った。何だか物凄く冷めている目だった。あの翔太のライブの帰りに「 他の男の匂いがついた女はいらない 」と行った時の目と似ていた。でも今日はすぐにいつもの表情に戻り、諦めたようにフッとどこか自嘲気味に笑った。
「二回ほど寝た女が原因」と利成が言った。利成がはっきりと女性の存在を明言したのは初めてで明希はびっくりして利成を見つめた。利成は黙って前を向いている。
(そのことを私に言う意味は?)
明希は利成のフィルターをのぞこうかと思ったけれど、利成の表情からは何も読み取れなかった。
今まで暗黙の了解で黙っていた。利成が色んな人と関係を持っていたことは明希にもわかっていたことだった。でもこうはっきり言われると何とも言えない感情が湧いてきた。それが嫉妬心なのか何なのかはわからなかったけれど。
「それを私に言うのは何故?」と明希は聞いた。
言えば暗黙の了解のバランスが崩れてしまう。それくらい利成だってわかっているはずなのに。
利成は明希の言葉を聞いても表情を変えない。利成が黙ったまま立ち上がってキッチンの方に歩いて行く。そして手にグラスとワインを持ってまた戻って来た。
「明希も飲むでしょ?」とソファに座ってからワインをグラスに注いでいる。それから自分のグラスにもワインを注いだ。
明希はそのワインを一口飲んだ。そして夫婦って何だろうとふと思った。紙切れ一枚で交わした約束・・・人ってわざわざ自分自身にルールを課して守れないと弾叫する。何てバカらしいことをしているんだろう。
「私はその女の人に嫉妬をかったということだよね?」と明希は聞いた。
「そう」と短く答える利成。
どういうことだろう・・・そのこと自体よりも、そのことを今明希に明かしている方に何かある気がしてしょうがない。プライドの高い利成が、こんな弱みになるようなことを明希に言うのは何故かわからなかった。
「記事は名誉棄損で訴えることもできるよ。明希が望めばだけど」と利成が言った。
「そう・・・」
「それと俺のことも・・・明希に任せるよ」
「どういう意味?」
「今の聞いて明希がどう考えるか任せる」
「・・・・・・」
(丸投げ?開き直り?どうでもしてくれって?)
「利成はどうされたいの?」と利成の得意技の逆質問を明希も使った。
「どうされたくもないよ。明希の思うようにってことだから」
「そう・・・」
その日は同じベッドにいながら互いに背を向けて眠った。利成の言う“明希の思うように”っていう意味がわからない。今まで何も言わずにきたではないか・・・。今更何を言う必要があるのだろうか?
そう考えるとせっかくバランスを保ってきたのに、こんな風にそれを崩して明希に審判させる利成を少し憎らしく思った。
ふと急に翔太の顔が浮かんだ。
── 天城といて幸せ?
── 俺きっと明希を抱きたいだけなんだ・・・ 。
(翔太・・・)
翔太への思慕が立ちきれない自分と、色んな女性と関係を持つ利成・・・その微妙なバランスを崩してきた利成・・・。
目を閉じると涙が頬を伝った。
── 大丈夫?と小さな利成の声が聞こえた。
利成・・・私、大丈夫じゃないかも・・・・・・。




