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「千や、何をしているのだ」
翌日、千の部屋に父が訊ねてきた。
「靴を作っております」
三寸の小さな布靴。
大きさを調整できるように結び紐をつけた。気に入ってくれるといいが。
「そうか、精が出るな。ところで来春、従兄弟の正室に子が産まれるらしい。もしそれが男児であれば養子にもらおうと思っているのだが」
父はさも良案といったようすで語った。
「まだ男児か女児かもわからないのでしょう。しかもあちらは初めてのお子様、こちらの都合で取りあげては気の毒ではないでしょうか」
「ううむ、だが他にどうしたら」
「方法はあります」
「なんじゃ、言うてみい」
千姫は居住まいを正した。父が千姫に相談することも意見をきくことも、いままでにはなかったのだ。一人息子を失って心細くなっていることの証左だった。
千姫は胸中になにかがむくむくと沸き立つのを感じた。
「父上がいまから側室を複数入れてたくさんの子をもうけるのです」
年が明けたら父には江戸参勤が待っている。国許にいるうちに側室を囲むしかない。急げば年内で懐妊の兆しがあるかも。
だが父は目を瞑って小さく唸った。
「家老からもさんざん言われてはいるのだが」
あまり乗り気ではないようだ。
親子とはいえ立ち入ったことは聞けないが、自信のなさそうな姿を見れば理由の察しはつく。
となると残る方法はひとつ。千姫が婿を取ることだ。
だがそうなるとアトランを説得しなければならない。
魔女の家でアトランに提案したのは、けしてその場の思いつきではない。
うっすらと疑問を抱いていたのだ。ずっと胸奥に燻り続けた疑問だ。いざ結婚となったときに、男の要望を女が聞き入れるばかりなのはなぜなのかと。
アトランは女王を連れて帰らなければならない責任のある立場ではあろうが、一度でも逆の立場になって考えてくれたことはあるだろうか。
父は「おまえが婿を取ってもよいのだ」とは言わなかった。
アトランが持ち出した条件が悪くないものだったこともあるだろうが、それよりも女である千姫に責任ある役目は務まらないと考えているのだろう。
もどかしい、と思った。
望まれて結婚することは女の幸せと言うが、このままアトランに嫁げばいずれ後悔するに違いないと思った。
そもそも幸福に包まれた婚姻生活などが子供っぽい夢なのかもしれない。
千姫は魚を食べたいとは思わなくなった。そうして七日が過ぎた。