ガラスの廊下、その先の
彼女、落ちたんだ。
僕は、見ていたからわかる。
僕らは逃げていた。彼女は国の女王だった。
僕らはガラス張りの廊下を走って、それから、かいだんを駆け上がった。後ろを一度ふりかえって、追ってはこなかったんだけど、僕らのうちの一人が逃げろって叫ぶんだよ。
だから、僕らはさらに走るスピードをあげた。非常用のかいだんだったもんだから、さくがなくて とても危険だった。
僕らは、足の悪い彼女を気遣いながらなおも逃げた。
でも、そのとき、彼女が使っていた杖をかいだんの下に落としてしまったんだ。
杖は少し転がって、それから、城の下へと落ちていった。
杖が落ちていった先の地面に、追っ手がこちらを恐ろしいぎょうそうをして見ているのがみえた。
とても、怖かったんだ。
僕は彼女に、杖のことは残念だがこのままでは命があぶないので、早く逃げようといった。
けど、彼女おかしいんだ。
顔色がみるみる変わって、今にもぶっ倒れそうな、子供みたいな顔して、あれは夫がくれたものでどうしてもてばなすことができないと、そう言った。彼女がそこを動きそうにないんで、僕は彼女の 手をひっぱって走ろうとしたんだ。
でも、あんまりいきおいよくひっぱったんで、僕の手と、彼女の手が離れちまったんだな。
彼女のか細い声。
なんて言ったかはわからない。とても小さかったから。
でも、僕が振り返って彼女を見たときには、彼女はもう僕の視界にはいなくて、彼女のよれよれの 足だけが、僕にみえた。
もう、そのときにはとめられなかった。
彼女のどんって、音が、ものすごい音が聞こえたときには、僕らのうちのひとりが、かん高い叫び 声を「怖い、怖い」って言いながらあげてた。
僕らはいそいで逃げて、逃げて、逃げて
なんだかすごく怖くて、
気づいたときには、もうなにがなんだかわかんなくなってた。
今では、もうそんなことぐらいしか思い出せなくて、僕らはなぜ逃げていたのか、彼女はいったいなんだったのか、ほんとうにもうわからないけど、でも、やっぱりあれは夢なんかじゃなくて、彼女は 落ちたんじゃないかって、僕は思うんだ。