ロケット打ち上げ前夜
なあ、ぼうず。お前が生まれる前のもっと前の話だが、人間がロケットに乗って宇宙に行ってたんだ。
月にも行った人もいるんだよ。信じられるかい?
でももう人間は宇宙に行かなくなったんだ。
なんで人間が今行かないのかって?
行けなくなったのさ。大型ロケットがほとんど失敗するもんだから危なくて人間が乗ってはいけないことになっちまったのさ。
まだ小さいロケットは何とかなるんだけどな。人工衛星は何とか飛ばしてるが飛ばせなくなるかもしれないからな。人間は退化しちまったんだよ。
なんでだろうな。
AIってやつが出てきて、ロケットの設計を自動化したり工作機械が自動化された。
確かにAIってのは便利で世界を変えてしまったよ。今や病気は定期健診さえ受ければ早期に病気が見つかって人はほとんど病気で死ななくなったもんな。
それほどAIはすごい技術だったんだよ。でもみーんなAIってやつに頼りすぎてしまったんだ。
そしてAIに頼りすぎた時間が長くなりすぎたんだよ。やっと、みんながAIに頼りすぎているって気が付いてもそのままにしちまった。
その間に優秀な技術者って人がみんないなくなっちまったんだ。
なあ、ぼうず。「我が国はものづくり大国です」とか自慢してた時もあったんだよ。
技術者はAI任せにしてしまって勉強も自分で努力することがなくなったから技術者が進歩しなくなっちまったんだろうなあ。AIの導入が進んだ昔の新興国にすっかり抜かれちまった。ものづくり大国は消えちまったよ。しかも新興国は技術の土台が足りなかったんだよな。結局どこの国も「形は作れても中身が作れない」ようになっちまったのさ。
昔の設計図は残ってるんだよ。同じように部品も作れるんだよ。でも図面を読み込んで理解できる人はいない。部品は「同じように」で「同じには作れない」んだ。大きなロケットを一つにするとどこかにいびつになっちまったり、設計より重い重量になったり、飛ばしたら部品がぶっ壊れたり。まっすぐ飛ばねえ。みーんなロケットは落ちちゃうんだよ。
誰も「ここがおかしい」ってわからねえんだよな。
Ai任せにして誰もわからなくなっちゃったんだよ。AIで作る部品も安いから人間が手間暇かけて手作業で作ったネジなんか誰も使わない。もうこの世界には骨董品になってしまった。そんなんじゃ、いい職人も育たないよ。今の工作機械もかなり高精度のネジは作れるけど昔の人は手作業を加えて「さらに高精度」なネジを作ったのさ。
組み立てをする今の職人もAIが検品するから人間の眼で見ない。昔の職人なら自分の手と自分の眼で「ここがおかしい」って手作業で調整してみたりしてさ。……組み上げの「精度」ってやつが違うんだろうな。
じいちゃんもな、じいちゃんが生まれたころは「国際宇宙ステーション」ってのがあったのさ。人が何人も一緒に何か月もその中で研究をしてたんだ。
あれも、もう持たないな。もうすぐ落ちるよ。
なあ、ぼうず。で、これは何かって?あちこちに爺さんたちが忙しそうに動いているだろう。
この人たちがこの世界で本当の技術をもった最後の技術者なんだ。
もうこんな人たちが世界中から集まって作業をするのはもうかなわないだろう。
最後に技術者の爺さん婆さんが若手たちがAIに頼らない技術を叩き込んでいるんだ。
だからな、ぼうず。これが最後のチャンスなんだ。
ぼうずが見たこともないくらい大きいこの有人ロケットが飛ばなければもう人間が宇宙にいく機会は永久に失われるだろう。この爺さんがこれに乗って明日の朝宇宙に行ってこれることを確かめるんだ。
じゃあな。ぼうす。爺ちゃん行ってくるよ。宇宙へ。
世の中AIで世の中変わるようなニュースを聞きますが、確かに素晴らしい技術に思えますが果たして手放しで喜べるものなのかな、こんなことになるかもなって話を考えました。