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一瞬にして永き一年 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 はーい、せんぱ〜い。また残って調べものですか? ぼちぼち下校時間が迫っていますよ。

 いろいろやりたいことがあるのは分かりますが、先生たちも生徒を学校で預かっている身。へたにトラブルがあったりすると、頭をかかえる羽目になっちゃいます。

 先輩は休める。先生たちは生徒を追い出して安心。

 お互いの健康のために、ちょちょいと早く切り上げちゃって、続きは明日やるというのはいかがです?


 ――明日が来るかどうかも分からないのに、今日やりたいことを回せるか?


 あらあら、うふふ。

 なんだか生き急いでいるようなセリフですね。まだまだ、悟ったようなことをいうには早い年ごろだと思うんですけど。まあ、一理はありますね。


 けれども、たま〜に予定外のことを差しはさむのも、いいかもしれませんよ?

 特に先輩みたいなリサーチ好きなら、予定通りのことばかりしていても、得られる結果もおおよそ予想の範疇のもの。

 予定外のものからは、予定外の情報が得られるかもしれませんから。


 ――なら、お前がその予定外の情報を得させてみせろ?


 ふっふっふ〜、構いませんよ。それで先輩が帰ってくれるんでしたら。

 それじゃ、荷物の準備をしてください。すぐに出ますから。



 先輩はこのフロアの廊下の窓、いくつあるか数えていますか?

 ふふ〜ん、ご存じなかったようですね。実は大小合わせて、73枚あるんですよ。

 校舎の東の果て、この図書館前から。西の果て、給食用のワゴン用エレベーターまでじっくり数えてみると分かりますよ。

 試しに一緒に数えてみますか? どんなサイズのものでも、しっかり見てくださいね。


 よし、73枚きっちりありましたね……と、あれあれ先輩、なんか腑に落ちないという顔ですね。


 ――俺が数えた限りでは72枚だったぞ?


 あらあら、うふふ。

 先輩たら、つかれているんじゃないですか? どこかでガラスを数え損ねたんだと思いますよ。やっぱり早く帰って休んだほうがいいんじゃないですか?


 ――え? 俺は自分の確証が得られるまで、何度でも試す人間?


 意固地になるべきときは、もっと別にあると思うんですけれど……そのこだわりも、また先輩らしいちゃらしいですね。

 いいですよ、付き合っちゃいます。ぼちぼち、この上履きともおさらばするときですし、履きつぶしちゃいますよ。

 ん? こんなにボロボロな上履きをいまだ履いているのが、結構意外でしたか? 普段ならもっときれいな上履きを履いているはずなのに。


 はは、細かいところをよく見てるんですね、先輩。わたしポイントを1ポイント加算してもいいですよ。願わくは700万ポイントまで貯めてくださいね。


 ――はあ、プロポーズは気が早い?


 え〜、先輩たら、私がそういう対象だったんですか〜?

 そ〜んな、のんべんだらりとポイント貯めるのに費やしてくれる覚悟とか、どんだけ重いんです?

 ヘヴィですよ、ヘヴィ。男でヘヴィなのはちょっとなあ。

 それに、残念ながら私は博愛主義者でして。先輩ひとりのものになっちゃうつもりは、いまのところありません。

 なにせ人類みな兄弟、人類の伴侶ですからね。


 ――お前も相当電波で、重たいやつじゃないか?


 い〜んですよ、わけのわからない言動で殿方を煙に巻くのも、女のたしなみというやつです。

 それはともかく、窓を数えなおすんですよね。今度は私は何も言いませんから、納得の行くまでやっちゃってください。



 せんぱ〜い、満足しましたか? もう10往復くらいしてますよ?

 やはり、先輩的に72枚から変わらず、ですか。このまま陽が暮れちゃうまで、続けちゃうおつもりで?

 う〜ん、そろそろいいですかね。


 はい、先輩は何も間違えちゃいませんよ。

 この校舎の窓は72枚しかありません。73枚なんて、なかったんです。

 そう、私のウソだったんですね。それをとことん信じて、先輩は時間をかけていたわけ。


 ……ん、怒んないんですか? 『むしろ、なぜそんなことをしたのか、知りたい』という表情ですね。

 はは、やっぱり先輩はおかしな人ですね。だからこそ、私が選びたくなったのかも。

 この記念すべき「一年」として。


 なんのことかって?

 さっき私いいましたよね。「この上履きとおさらばしたい」と。

 ほら、見てください。つま先のゴムが、色によって学年が分かれているのは、先輩もご存じですよね。

 私の学年のものは緑。先輩の二個下なわけですが、いまの上履きは赤色。

 先輩の一個下のものになっています。で、最上級生の先輩の学年が青色と。


 いえいえ、ケガで血がにじんだ……なんかじゃありません。

 話した通り、もらったんですよ先輩から。一年分をね。ほら1ポイントと話したじゃないですか?

 ん〜、口では電波と評しながら、興味ありげな表情ですね。あの700万の数に興味がおありですか?

 うすうす察していると思いますけど、1ポイントが一年なら700万は700万年です。



 私の感覚だと、700万年くらい前なんですよね。人間がヒトと言えそうな形態をとり始めたの。研究者によって意見は分かれるかもですが、少なくとも私から見たら。

 ですから私にとって人類は兄弟であり、また愛すべき伴侶というわけです。その姿をとり始めたときから。

 信じられませんか? でしたら、私に触ってみてください、先輩。

 それこそタッチじゃなくて、ハグとか大胆なものでも構いませんよ〜。ほらほら〜。


 どうです、触れないでしょう?

 先輩にして、「はるかな後輩」。一日の長ならぬ700万年の長がこちらにありますからね。

 それを忘れないために、私はめぐり合った誰かの一年をもらう。私自身を暦として、人類のいなくなるその時までを、記して刻むため。

 つぶらや先輩後輩。あなたは長い人類の歴史の一年として、私とともに歩み続けられるんです。これ以上のプロポーズがありますか?

 ん、その一年ですか? もちろん先輩後輩の寿命から引きましたよ。

 何年生きられるかは教えられませんが、知らない限りは寿命なんてノーカンですよノーカン。


 ――え? それでもやっぱり俺には一年がほしい?


 はは、明日に回せないといったり、一年が欲しいといったり、先輩後輩は欲張りなお人。

 それゆえに、人類史に残る一年の象徴に選んだのですが、希望とあっては仕方ありません。

 それじゃ、ほいっと。

 

 どうです、私の上履きの色がもとに戻りましたよね。これで先輩後輩の寿命は元通り……とはいえ、確認はできませんけれど。

 大丈夫、明日にはこの子も普通に登校してきますよ。ちょっと姿を借りただけで、いまは自宅でくつろいでいるところです。

 あーあ、また候補の選び直しか……いささか残念ですが、また次へ行くとします。


 それではお達者で。先輩にして、はるかな後輩。

 その一年があなたにとって、人類すべての歴史に負けない輝きに満ちた時間とならんことを。


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