王女さまはシヴァルもご所望です
死刑宣告(キャスリンにしてみれば別れの言葉はこれと同義である)を受けるのを恐れてルーターの前から逃げ出したキャスリン。
あれからも何度かルーターはキャスリンを捕まえようとしてくるも、自前のプリンメンタルをフルに発動してキャスリンは逃げまくっていた。
時々校舎の中の窓際や渡り廊下の向こう側から、じっと何か言いたげにルーターがこちらを見ているのには気付いていたが、
その間もどんな時もやはりマルティナ王女と一緒にいる姿を見て、あぁやっぱりルーターは王女が好きなんだろうなと思い至り、惨めな気持ちでいっぱいになった。
好きだなんて言わなければ良かった。
そうすればこんなドロドロした気持ちにならずに、ショックながらもルーターの幸せを祝ってあげられたはず。
そう思うとやるせなくて悲しくて、キャスリンはどうしようもなくなってしまうのだ。
「どうしてルーターを避けるんだ?ちゃんと話を聞けば、彼の本当の気持ちがわかるかもしれないよ?」
と、シヴァルに言われたが、その本当の気持ちを知るのが怖くて逃げ回っているのだと答えると彼は、
「お願いだから一度ルーターの話を聞いてやってくれ。でないと俺も居た堪れない」
と言った。
それはどういう意味だろう。
どうしてルーターの話を聞かない事でシヴァルが居た堪れなくなるのだろう。
そう不思議に思っていると、学内を騒がす発表が校内の掲示板に張り出された。
【シヴァル=アデールをマルティナ王女の世話役に認定する】
ルーターに続いて二人目の世話役の指名だ。
もちろんこれも、王女の強い願いがあったという。
学校側としても、学内で最高位である王族の希望を無下にする事は出来ないようだ。
ハイラント魔法学校は学内自由平等を掲げ、広く才能ある若者に学びの場を提供するという理念があったはずなのだが、今の校長に代わってからはその理念が失われてしまったようだ。
「……これではこの学校設立に尽力された当時の王妃が悲しまれるわ……」
エレナがひとり言のようにつぶやいた。
「エレナ……」
「まさかマルティナ王女がシヴァルまで側に置くことを所望されるなんて……」
キャスリンはシヴァルもルーターのように王女に付きっきりになってしまってエレナが寂しい思いをするのではないかと不安になった。
しかし当のシヴァルはあっけらかんとして言う。
「校長に辞退すると宣言してきてやった」
「えっ、そ、そんな事出来るの?そんな事して大丈夫なのっ?」
キャスリンが面食らってそう訊ねると、シヴァルは頭の後ろで手を組んでなんでもない事のように言う。
「だって俺の家は学校に多額の寄付をしているからね。そのくらいの融通は利くさ」
「ひ、ひぇ~……さすがはお金持ち、豪商(?)の息子……」
「そんな褒めないでよ」
「褒めてる、のかしら?」
と、そんな会話をエレナの側でキャスリンとシヴァルがしていると、周囲が俄に騒がしくなった。
その騒然としたざわめきは波が押し寄せるように近づいて来る。
やがて生徒たちが両側に分かれて道を開けられ、花道のようになったところからマルティナ王女が現れた。
いつものように愛らしい微笑みを浮かべてはいるものの、その表情はどこか憤りを感じているように見受けられる。
「やれやれ、おいでなすったな……」
とシヴァルはひとり言ちて、恭しく王女を出迎えた。
「これはこれは王女殿下。度々の普通クラスまで足のお運び、痛み入ります」
「構わないわ。貴方に聞きたい事があって来たのだもの」
「はて?聞きたい事とは?」
シヴァルがとぼけた様子でそう言うと、マルティナはこてんと首を傾げて上目遣いで彼を見た。
その仕草があまりにも愛らしく、キャスリンはなるほどこうすれば自分も少しは可愛く見えるのかもしれないとメモを取りそうになったが、自分の怖い顔で首を傾げたら、首が外れかけの呪いの蝋人形にしか見えないだろうと思い至り、やめておいた。
「ねぇ、どうしてわたくしのお世話役を辞退したの?誰かに何か言われたの?」
マルティナがシヴァルを労るように優しげな声色で訊ねる。
「誰にも何も言われてはおりませんよ?誰が何を言うと仰るのです?」
シヴァルが肩を竦めると、マルティナはチラリとキャスリンとエレナの方を見た。
「だって……あまり良いご友人とお付き合いされてるとは思えせんもの」
───え?それって私たちのこと?
とキャスリンが目をパチクリさせているとエレナが立ち上がり、マルティナの前に出た。
「よくない友人とは私たちの事でしょうか?」
身長167センチの長身のエレナが小柄な王女の前に立つとその身長差は歴然としている。
「まぁ、怖いわ……」
マルティナは怯えてルーターの後ろへと隠れてしまった。
王女の取り巻きの男子生徒が鼻息を荒くしてエレナに言う。
「キミ!王女殿下になんて威圧的な態度をとるんだ!不敬だぞっ!」
その言葉に対し、エレナは冷静に、毅然とした態度で返した。
「学内は出自身分に関係なく自由であると校則にも明記されています。ここでは王族も貴族も平民も関係ありません。それに、王女殿下の側に殿下よりも背の高い者が立つだけで威圧的な態度を与えていると捉えるのはあまりにも浅慮ではありませんか?」
「なっ……生意気な奴めっ」
エレナに言い返され、カッとなった男子生徒がエレナに近付こうとした時、シヴァルがサッとエレナと男子生徒の間に立ち、割り入った。
「俺の婚約者に不用意に近付かないでもらおうか」
「っ……!」
その男子生徒よりも遥かに上背のあるシヴァルが相手を静かに見据えて言う。
その有無を言わせない圧に男子生徒はたじたじになっていた。
エレナがシヴァルに言った。
「前言撤回するわ。相手よりも背が高いものが側に立つと圧迫感が半端ないわね」
「酷いな。俺だってメンタルプリン部の一員なんだぞ?」
と、シヴァルはへらっと笑ってエレナを見た。
シヴァルは、とにかく自分は世話役になるつもりはないと王女にハッキリと告げると、すっかり怯えきったマルティナを連れて取り巻き一行は普通クラスを去って行った。
「一体なんだったのかしら……?」
キャスリンはぽかんとしてその様子を眺めていた。
しかし、今日の事があってから学内である噂が流れはじめる。
それはキャスリンとエレナがマルティナ王女の悪口を言いふらし、陰で嫌がらせをしているというものであった。