エピローグ 楽しい学生生活はこれからです
結局、キャラ変したルーターにより気絶させられたキャスリンが医務室で眠っている間にマルティナや彼女の罪に加担した生徒たちは連行され、学内は一時騒然となりながらも事態は収束していった。
放課後までぐっすり眠ったキャスリンがルーターと共にエメレインやシルヴェストと落ち合うと、シルヴェストが予測されるマルティナの処遇について教えてくれた。
「まぁ他国でこれだけやらかしたんだ。罪状を連ねた書状付きで即強制送還だろうな。他国の王族を裁く事は出来ないから自国で裁かれるだろう」
それに頷きながらエレメインが懸念を口にする。
「正しく裁かれるかしら?王族だからと罪を有耶無耶に……」
」
その懸念に対し、シルヴェストがしたり顔でルーターを見る。
「そこは問題ない。どこかの抜かりない男が新聞社に王女の所業をリークしたから今日の夕刊にでもすっぱ抜きで報道されるだろう。そうだな……“クルシオ王女、花の顏に隠された真の顔!”とでも一面に書かれているのではないかな」
「………?」
“どこかの抜かりない男”?
シルヴェストがルーターの方を見て笑っている。
キャスリンもルーターの方を見ると、彼は素知らぬ顔で微笑んでいた。
「……どこの新聞社を選んだの?」
エメレインがルーターに問う。
「ハイラントタイムズです」
「国内最大手ね。それなら瞬く間に大陸中に広がるわ」
「はい」
全世界がマルティナが仕出かした内容を知るのだ。
母国に戻ったとて、罪を有耶無耶にしてはクルシオ国民だけでなく全世界の非難が殺到するであろう。
「あの王女も、これで身の丈に合わない高望みはできなくなるな。はぁ~清々した!」
シルヴェストが両手を上げて伸びをする。
それを睨めつけながらエメレインが言った。
「……今回のマルティナ王女の件、私たちには何も事情を聞かせて貰えなかったから、こちらで勝手にまとめさせてもらうわね」
エメレインの言葉に不穏さを感じたのかシルヴェストが途中で伸びをやめて神妙な面持ちになる。
「え?」
「まず、事の発端はシルがアデリオール魔術学園の見学会に平民のシヴァルとして身を扮して参加した。そこで同じく見学会に来ていたマルティナ王女に見初められた……から始まったのよね?」
「あ、あぁ……」
「だけどあなたは元々、私と一緒にハイラント魔法学校に入学する事が決まっていたので当然アデリオール魔術学園には入学しない。それを入学直前に知ったマルティナ王女が東和学園に手を回し、魔法学校の成績優秀者が留学してくるように仕向けた。彼女、貴方の優秀さに目を付けただけあって、貴方が必ず成績優秀者として選ばれると確信していたのね。でも、シルはシルでその情報を事前に入手していて、自分の代わりにルーター=ヒギンズを留学させた……そこまでは合ってる?」
「ああ……合ってるよ」
「マルティナ王女も驚いたでしょうね?貴方とは違う人間が留学してきたのだから。でもマルティナ王女はルーターの優秀さも気に入り、一婦多夫制の夫の一人として目を付けてしまった。そしてルーターが留学期間を終えて魔法学校に戻るのに乗じて自身も留学してきた。だって魔法学校にはシル、貴方がいるのですものね?彼女は貴方を我がものにしようとわざわざハイラントまで来たのよね?もちろん夫として選んだルーターの側にいたいとも思ったのでしょうけど」
「そ、そういうことになるな……」
「ルーターとシル、二人を自分の夫にと望むマルティナ王女にしてみれば、それはそれはシルの婚約者である私とルーターの彼女であるキャスリンの存在は邪魔だったでしょうねぇ」
「だ、だからだな、エメ……「だからルーターをマルティナ王女の側に付けて見張らせた。そして悪事を仕出かしたらその証拠を抑え、証人とならせるべく彼を王女の近くに居させたのね。王女の動向もいち早く知る事が出来、対処もできるからと」
途中で言葉を遮られ、たじたじになりながらシルヴェストが言う。
「それもこれもエメとキャスリンを守るためだ……」
「王女が嘘の噂を流すと分かりながらも事前に止めるのではなく、信用毀損罪を犯す証拠を抑えるために一旦わざと流させてね」
「っしかし、すぐに噂は消しただろう?ルーターはキャスリンに因縁をつけた生徒たちの生家の悪事を露見させてすぐにその生徒を学園から消したし」
「え?」
とんでもない事を聞き、キャスリンは思わずルーターの方を見る。
ルーターはキャスリンから顔を背けて違う方向に視線を逃したが。
エメレインがジト目で言う。
「ええ、何人か休学したり退学したりしたわね?いずれもキャスリンに因縁をつけたり、陰でキャスリンに嫌がらせをしようとしていた生徒たちが」
「え?」
キャスリンはまたもルーターの方へ顔を向けるが彼もまたそっぽを向いて顔を背ける。
「そ、それは俺は何も指示してないぞっ」
シルヴェストが言い訳するように慌ててそう告げると、ルーターがぽつりと白状した。
「そういう奴らの家は大抵叩けば何かしらの埃が出るもので」
「呆れた!まぁあの人たちには私も腹に据えかねていから、内心ザマアミロとは思ってしまったけれど……」
エメレインがそう言うとシルヴェストもルーターもあからさまにほっとした顔をした。
それに釘を刺すようにエメレインが言う。
「まぁ要するに、貴方たち二人は陰で示し合わせてコソコソやっていたと言う訳よね。私たちには何も話してくれずに」
「うっ……変な事を耳に入れて、余計な心配をさせたくなかったんだよ……」
「私はいいわ。だけど何も知らないキャスリンが悲しむ様子は、シルも側で見ていたでしょう?」
「俺はべつに口止めはしていなかったぞ。でもキャスリンが逃げ回って話を聞こうとしなかったんじゃないか。だからルーターの話を聞いてやってくれとキャスリンに言っただろう?」
「あ、あれはそういう意味があったのね……」
キャスリンがはっとしてそう言った。
確かにルーターには話しがあると何度も言われたし、シルヴェストにもルーターの話を聞いてやってくれと言われた。
でも別れ話を言われると思い込んでいたキャスリンが逃げ回り、結局話を聞かなかったのだ。
キャスリンはルーターとシルヴェストに素直に謝った。
「……勝手に怖がって話を聞かなくてごめんなさい……」
しかしエメレインはキャスリンの手を握りながら言う。
「キャスリン、謝る必要はないわ。プリンメンタルに対する配慮が欠けていた二人が悪いのだから。シルなんて自分もメンタルプリン部の一員だとか言っておきながら、ねぇ?」
「エ、エメぇ……」
「申し訳ございません……」
男二人がたじたじになって項垂れる。
その様を見て幾分か溜飲が下がったエメレインがシルヴェストを見た。
「もういいわ。それよりもこれからの事よ。全校生徒、教師陣にも私とシルの本当の身分が知られてしまったわ。これではもうエレナとしては学校に通えない」
それを聞き、キャスリンの顔色が一瞬で悪くなる。
「えっ?それじゃあもうエレナ…じゃない、エメレイン様とはお別れなのっ?」
せっかく友達になれたのに。大好きなのに。
キャスリンは悲しくて堪らなくなる。
相手は王族だ。
今後はもう接点もなく、二度と会う事は叶わないのだろう。
しかしシルヴェストは何でもない事のようにさらりと答える。
「確かにもうエレナとシヴァルとしては通えないな。しかしそれならまた別の人間になって通えばいい。そうだな、今度はお互い下級貴族の令息と令嬢として変身魔法で姿を変えて編入してくるよ」
「えっ?そんな事ができるのっ……ですか……?」
エメレインとシルヴェスト、二人の様子があまりにも今までと変わりがないのでつい忘れてしまうが王太子と王女にタメ口を利いてはならない。
キャスリンが慌てて言葉遣いを改めるとエメレインが優しい笑みを浮かべた。
「今まで通り、変わらず接してほしいわ。それともキャスリンは王女なんて身分の者と友達でいたくはない?」
エメレインが寂しそうにそう言うと、キャスリンはガバリと立ち上がり、エメレインの手を取った。
「何を言うのっ?そんな訳ないじゃない!私がエメレイン様の事をどれだけ好きだと思っているのっ?もう大好きで大好きでずっと側にいたいと思っているのに!」
キャスリンがそう力説すると、側にいたルーターが「俺にもそんな風に情熱的に好きだと言って欲しい……」とつぶやいた。
エメレインは嬉しそうに微笑んだ。
まるで大輪の花か綻ぶようなそんな美しい微笑みを。
「嬉しい……キャスリンは私が生まれて初めて、身分や立場に関係なく出来た本当の友人だもの。いつまでも仲良くしてね」
「エレ、エメレイン様っ……!」
キャスリンが感極まって涙を浮かべる。
キャスリンとエメレインは、暫くしてルーターとシルヴェストそれぞれに引き剥がされるまでひしと互いに抱きしめ合った。
そうして宣言通り、シルヴェストとエメレインは新たな容姿、新たな身分を調えて魔法学校に編入してきた。
今度の二人は男爵家の令息ヴェストルと子爵令嬢エレインだ。
キャスリンの事だから新しい姿で編入しても気付いて貰えないだろうからと事前に知らされていたが、以前とは全く別人に変身した二人に只々驚くばかりであった。
今の二人の姿を見ると、“シヴァル”と“エレナ”は本来の容姿に少し手を加えただけだったのだなとわかる。
まぁ変身魔法でも何故か瞳の色は変えられないらしいので、シルヴェストの瞳は特徴的な赤い瞳のままだが。
恐らくそこから正体を知られる事もないだろう。
なんでもその赤い瞳は、彼の母親の生家であるアデリオールの名門ワイズ侯爵家特有なものなのだとか。
───赤い瞳の王妃様と王太子殿下、お二人並ばれると素敵だろうなぁ。
まぁなんにせよ、これからもエメレインとシルヴェストと一緒に学生生活を送れると思うと嬉しくてたまらないキャスリンであった。
そう、皆はまだ一年生。
魔法学校での生活はまだまだこれからである。
どちらかというとこれからが本当の学生生活が始まると言っても良いのかもしれない。
入学早々に留学してしまったルーターと、
その後も王女の関係で一緒に居れなかったルーターとの、ようやく待ち望んだ日々が始まるのだ。
ルーターはあの日を境に本当に甘々で、絶えずキャスリンに愛を囁き事ある毎に甘やかしてくる。
まだそれに慣れないプリンなキャスリンは時々居た堪れず逃げ出したくなるが、すぐにルーターに捕らえられてしまうのだった。
───少し前に初めてお…大人のキス(きゃーー)をしてから、どういうわけかすぐにルーターには居場所がバレてしまうのよね。なぜかしら?ルーターが優秀な魔術師の卵だから?
と、のん気に考えているキャスリンを呼ぶ声が後ろから聞こえた。
「キャス」
誰に呼ばれたのか、それは声だけですぐにわかる。
キャスリンは元気よく振り返りその名を呼び返す。
「ルーター!」
そして元気よく彼の元へと駆け寄った。
普通クラスと特進クラスとで別々の教室のキャスリンとルーターだが、昼食は必ず一緒に学内の食堂で食べている。
ルーターから逃げ回るために学内の目立たない所でお弁当を食べていたキャスリンは、今は堂々と食堂の全メニューを制覇しようと目論み中だ。
「今日は何を食べようかなぁ~」
「互いに別なものを注文したら、全メニュー制覇も直ぐなんじゃないか?」
ルーターがそう言うとキャスリンは少しモジモジしながら答えた。
「でも……ルーターと同じものを食べて美味しいねって言い合うのが好きなの……」
「っくっ………!」
「え?ルーターどうしたの?お腹でも痛いのっ?」
急に苦渋に満ちた顔をするルーターを見てキャスリンは慌てる。
するとルーターは眉間にシワを寄せたままキャスリンの手を握った。
「キャス、俺は必ず在学中に魔術師資格を取り、更に一級魔術師になる。既に卒業後はシルヴェスト殿下の側近としてアデリオールに行く事も決まっている。だからキャスリン、卒業と同時に結婚しような」
「えっ、ええっ?」
「今のはとりあえずプロポーズの予告だ。卒業式には盛大にプロポーズするつもりだから楽しみにしていてくれ」
予告プロポーズなんて聞いたことがないんですけど?
と思いながらも嬉しくてつい、顔が緩んでしまう。
「ふふ。うん、楽しみにしてる。早くルーターのお嫁さんになりたい」
「っくっ……またそんな可愛い事をっ……ハイラント魔法学校もアデリオール魔術学園のように飛び級卒業制にするべきだっ……!」
「え~、でも学生生活なんて一生のうちのほんのわずかな時間よ?その時間をルーターと楽しみたいわ」
キャスリンが満面の笑みを浮かべてそう告げると、
「………全力で学生生活を楽しむぞ」
ルーターがすぐに考えを改めて大真面目にそう言ったので、キャスリンは思わず吹き出してしまう。
「ぷっ……ふふ、ふふふ」
キャスリンの笑い顔を優しい眼差しで見つめながらルーターが言った。
「じゃあまずは食堂のランチを二人で楽しむか」
「うん!」
キャスリンとルーター、二人仲良く手を繋いで食堂へと向かい歩き出す。
本当に楽しい学生生活も、二人の人生もこれからである。
おしまい
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ハイこれにて完結です。
最後までお付き合いありがとうございました!
さて、次回作です。タイトルは
『報われない恋にサヨナラするプロセス』です。
長年密かに想い続けてきた幼馴染への恋心を捨て、前に進もうとするヒロインのお話です。
次回作はまだヒーローが定まっていない、ましゅろうも書き進めながら決めようと思う初めての試み。
ダブル仮ヒーローで、作中の展開の中でヒロインに決めて貰おうと思っております。
もしかして元サヤは封印か?
でもハピエンは間違いなしです。
投稿は土曜日の夜から。
よろしくお願いします!