校内調査2
放課後、僕は神宮寺さんと二人で学校のあちこちを巡っていた。
目的は、御紋会が防犯目的で設置した警報装置の状態確認。
あとは、魔力の貯蔵が行われているという土地の確認。
この間、麗華さんはダメ元で黒木先生に鷲目先輩の居場所を聞いてくれている。
雲月君は、校内に怪しい動きをする人物がいないか警戒すると言ってくれたけど、多分空振りで終わるだろう、とも言っていた。
二年間も誰にも怪しまれずに行動してきた人物が、今になってボロを出すとは考えられない、というのは確かに。
ただ、その二年間続いた静寂を破いた故の「あの違和感」だとしたら、ワンチャンあるかも、と考えてのことだった。
「……やっぱここもかぁ。六カ所目だけど、術に術を重ねてるせいでしっちゃかめっちゃかなのは一緒か」
校舎の一階の奥――階段下にある機械室前の壁に触れながら、神宮寺さんは苦言を呈していた。
「それって良くない状態……なんだよね」
「もちろん。まぁ、無効化自体はシンプルに刻印が壊されてる。ハナからいずれバレる前提で、手っ取り早い手段にしたんだろね。で、その上から件の『石』が埋め込まれていて、別の防護結界を張っているって感じ」
「壊した相手と石を埋め込んだのは、別の人って考えるのが普通なのかな」
「ミスリードで同一人物って考え方も出来るけど、実物を見ると別々の錬金術師がやった線が濃厚かな。刻印そのものに手を加えるのと、施術した物体を通じて術を成立させるのは、厳密にはそれぞれ別分野の技術だからさ」
「へぇ、そうなんだ」
本職ではないとはいえ、やっぱり神宮寺さんの知識量はすごい。
いや、証紋の影響で特化型の異能だからこそ、知識でカバー出来る範囲は可能な限り押さえているんだ、きっと。
「うん。とりあえずここの状態確認はオッケー。次行こう」
「最後は図書室だっけ?」
「そそ。ウチの学校、図書室大っきいからさ。自習室も併設してるし、唯一室内にあるの」
歩きながら、神宮寺さんの説明を聞く。
確かに、今までは全部、用が無ければまず生徒は近寄らないような、目立たない場所ばかりだった。
すれ違う生徒達の視線を受けながら、時折向けられる挨拶に返していく。
視線そのものは浴びるものの、それも随分と落ち着いてきたように思える。
おそらくだが、僕と神宮寺さんがセットで行動しているのは、もはや校内では日常風景と化してきたのだろう。
校内では僕と神宮寺さんは付き合っている、なんて畏れ多い噂も流れているくらいだ。
当の本人は「噂は噂だからねぇ。何かと都合は良いから、率先して否定はしなくていいんじゃない? 面白そうだし」と、余裕なご様子だったが。
無論、僕は聞かれれば「付き合ってないよ」としっかり答えている。
そりゃあ一緒に行動する分には都合が良いかもしれないが、こういう事はちゃんと否定した方がいいと思う。
神宮寺さんほどの容姿なら、釣り合う見た目の人なんて幾らでもいそうなものだし。
(でも、そんなこと直接言ったら、『ふぅん。久遠くんは、私じゃ嫌なんだ?』とか言われそうだしなぁ)
そして、あわあわする僕の様子を眺めながら、にやにやするんだろうし。
……なんだか、僕も僕で神宮寺さんと一緒にいる時間が長いせいか、彼女に対する理解が深まってきた気がする。
その善し悪しは別として。
「あら、二人とも図書室にご用?」
目的地を前に、かけられた声に自然と向き直る。
そこには、見覚えのある人物が二人、何冊かの本を両手に抱えて立っていた。
「大久保先生、お疲れ様です。端山さんも」
神宮寺さんが、図書室の引き戸を開けながら、笑顔で挨拶をする。
そのまま淀みない動きで、荷物を抱えている二人に入室を促した。
「わぁ、ありがとう~」
「あ、ありがとうございます、神宮寺さん」
お礼を言いながら図書室に入っていく二人を追うように、僕と神宮寺さんも図書室に踏み入る。
まだ高校に入学して半年も経っていないが、確かに図書室の大きさは有名だった。
図書室前の張り出しには、他校へ貸し出している本のスケジュールもあるくらいだ。
故に、最近クラスメイトとの何気ない会話で知った事実だが、美小野坂高校の進学率はそこそこ良いらしい。
読書と学力が必ずしもイコールとは言わないが、テスト前の至る所で学生達が勉強している場面に遭遇すると、納得してしまう自分がいた。
隣に併設されている自習室も、中間テスト時期を過ぎた今は閑散期だ。
しかし、期末テスト前になると嘘のようにごった返すとのこと。
あと一週間もすれば、気の早い――いや、しっかりとした生徒達で利用率は鰻登りに上がっていくことだろう。
「ふぃ~、おもたいおもたい。ありがとねぇ、神宮寺さん」
入ってすぐの受付に一旦抱えていた本を降ろすと、大久保先生は肩を気にするように、腕をぐるんぐるんと回していた。
ざっと六冊。中には分厚い装丁のものも見受けられ、大人と言えど女性には重労働であることは明白だった。
「いえいえ。端山さんも、大丈夫?」
「あ、はいっ。平気、です……」
話しかけられた女子生徒の反応は、どこか親近感が沸く。
黒縁眼鏡にお下げ髪の彼女は、端山涼子さん。
同じC組のクラスメイトだ。
一度、雨の日に傘を貸したことがあるので、それ以降はちゃんと顔と名前を覚えていた。
端山さんは受付の奥に行くと、抱えていた本をようやく手放した。
そうか、端山さんって図書委員だったっけ。
「何だか、高そうな本ばかりですね」
「貸し出してたヤツだからね。あんまり学生には人気のない、おかた~い内容のヤツ」
「文献資料とかですか?」
「そうそう。どっちかって言うと、学校同士の付き合いよねぇ」
なんて、神宮寺さんと大久保先生は親しげに話している。
少しだけ茶の入った黒髪のセミロングを、後ろで縛っているその人は、大久保遥先生だ。
僕ら一年生にとっては、歴史を担当教科に持つ先生であり。
ココ――図書室の管理責任者でもある。
「先生、残りはいつもの場所でいいですか?」
「ん? あぁ、ごめんね、端山さん! いつもの場所でオッケー。私も手伝うわ、重たいでしょう」
二人が抱えてきた本の一部は、受付奥の本棚に端山さんの手によって収められていた。
残りは特に貴重な書物なのだろう。
基本的には大久保先生と図書委員しか入れない、別室へと運ばれていくようだ。
二人とはそこで別れ、神宮寺さんと僕は自然と視線を交わし合う。
「じゃ、行こっか」
廊下よりも声をひそめる神宮寺さんに倣い、僕も無言で頷く。
放課後の図書室には、まばらながら生徒の姿があった。
入室後のやり取りで既に僕らの存在は周知されているのか、誰もが視線を落とし、目の前に集中している。
静寂の中を、二人分の足音が割っていく。
一定間隔で並ぶ長机。
食堂に似たレイアウトは、やはり大人数での使用を考慮してのものだろうか。
わざわざど真ん中を突っ切っていく理由もない為、壁沿いを歩いて行く。
図書室の奥には、これまた行儀良く、一定間隔で見上げるほどの本棚たちが立ち並んでいた。
神宮寺さんの足取りは迷わない。
あらかじめ決められた道順を辿っているかのようだ。
壁のような本棚の合間を縫い、図書室の最奥へと辿り着く。
ふと見上げた視線が、吊された簡素なプラスチックプレートを捉える。
(……職業・就職)
どうやら、ここは仕事や就職に関する本が集められた一画らしい。
人目につかないソコは、厳密に言えば図書室の一番奥――の角地から少し離れた場所。
別段、本を探している訳ではないから、つい周囲を見回してしまう。
一切の人気はない。
青春を謳歌する学生達にとって、卒業後の進路を見据える時期くらいにしか用はないだろうし、当然と言えば当然だ。
「…………」
僕は神宮寺さんの隣で控え、なるべく自然に振る舞う。
神宮寺さんは数秒、何かを数えるような仕草をした後、一冊の本を手に取った。
「ちょっと持っててくれる?」
「う、うん」
言われるがまま、手渡された本を受け取り、反射的に表紙に目を落とす。
公務員になるには――というタイトルが飛び込んでくるが、開く気にはなれなかった。
単純に興味がなく、僕の視線はすぐに神宮寺さんの行動へと戻っていく。
何かを探すように本の背表紙を数える視線は、実際には別のものを探しているのだろう。
しばらくそうしていると、短いため息と共に彼女は姿勢を正す。
「ここも一緒」
無言で頷く。
いくら図書室が広いとはいえ、お喋りが目立つ場所に変わりはない。
ひとまずの用事が済んだならば、長居をすべきではないというのは共通意識だった。
寂しげに空いた一冊分の余白に、持っていた本を戻す。
来た時と同じ足取りで図書室を後にすると――。
「あら、お目当ての本はなかった?」
――受付から大久保先生に声をかけられた。
そこには、仲良く並んで座っている先生と端山さんの姿がある。
「はい。目に留まるものはあったのですが、次の機会にしようかと」
「そう。まぁ、急ぐものじゃないなら。本のタイトルが分かれば探してあげることも出来るから、気軽に言ってね」
私じゃなくて端山さんに――と、何故か先生は誇らしげに、隣で別業務を進めていたであろう女生徒を指す。
急に振られ、「えっ」と驚く表情の端山さん。
「すごいのよ、彼女。ココにある本の場所、大体は知ってるんだから」
そりゃあ、すごい。
有るか無いかはリストで分かっても、在処まで把握しているのは驚きだ。
しかも、僕たちと同じ一年生ということは、入学からまだ半年も経っていないのに。
「お、大袈裟です、先生。第一、きちんと分類で分けてますから」
「謙遜しないの。私よりも探すの上手じゃない」
「背表紙に、管理シール貼ってあります」
どうやら、端山さんは僕と神宮寺さんの感心を集めていることに、落ち着かない様子だ。
うんうん、気持ち分かるなぁ。
「じゃあ、今度から目当ての本が見つからない時は、端山さんに頼ってみますね。管理されているとはいえ、すぐに見つけられるのはきっと、端山さんの人柄でしょうから」
「へっ!? あ、う――お、お力になれるよう、がんばり、ます」
下から上へ、顔が紅潮していくのが分かるほどだった。
神宮寺さんは一般生徒への対応が、とても柔らかい。
特に普段あまり関わらない相手であればあるほど、今のように向けられる表情の明度が明るいのだ。
だから、端山さんが赤面するのも不思議ではなかった。
あんなストレートな笑顔で人柄部分を褒められれば、例え社交辞令であったとしても悪い気はしない。
……これで、他の男子生徒にも自分から挨拶をしてくれれば、「付き合っている」なんて噂も流れないのになぁ。
神宮寺さんは女子にしか自分から声をかけないのは、割と有名な話だった。
もちろん、男子からだって声をかけられれば分け隔てなく応じるし、そういう場面は何度も見ている。
当人曰く、「眼中にないアピール」とのことらしい。
まぁ、神宮寺さんの容姿であれば、過去に複数人から猛烈なアプローチを受けていたとしても驚きはないのだが。
「それじゃあ、私達はこれで。失礼しました」
「はい。いつでもいらっしゃい。図書室は、みんなの場所だから」
暖かな声で見送られながら、僕らは図書室を後にするのだった。




