行動指針
フランさんが帰った後、仕切り直すように僕たちは井村さんが淹れてくれた紅茶を前に、一息をついていた。
「満君、しばらく夜警は中止にしましょう」
そこへ、麗華さんが自身の考えを提出する。
僕は返答をどうするべきか思案しながら、彼女の表情がまだ続きがあると言っているように思え、その先を待つ。
「貴方の力量不足を指摘したいわけじゃないの。当然、想定される全ての戦いを避けることは出来ない。なら、まずは戦場を整えないと」
「戦場、ですか?」
「えぇ。大家がそれぞれ夜警の管轄を持っているのは知っているわね? これなら監視の目は広くなるけれど、戦力は分散してしまう。相手が貴方を狙うなら、貴方自身に戦力を集結させるべきと私は考えているわ」
なるほど、と頷く。
即ち、戦場とは僕のいるところ。
それを整えるということはつまり。
「他の大家に協力要請でも出しますか?」
「そのつもりよ。鷲目先輩もケルビムの卵の一件がある以上、拒否する理由がないでしょうし」
「ですよね。……けど、そうなると残るは深淵と天戸かぁ」
神宮寺さんは腕組みをしながら、目を伏せて考え込む。
その眉間には深い皺が寄っており、脳内での難航ぶりを表わしているようだ。
「協力してくれますかねぇ?」
「正直、分からないわ。深淵家は御紋会と確執がある。敵にはならなくとも、快諾は難しいでしょうね。天戸家に関しては、見通しを立てられるほどの情報がないわ」
二人の話を、僕は紅茶を静かに啜りながら聞いていく。
どうやら、深淵家と天戸家の二つは、大家六家の中でも特に独立性が高いらしい。
「……仲が良くないんですか?」
ぽつり、とそんな言葉が口を衝く。
すぐ後に、子供みたいなことを聞いてしまった、と反省する。
「まぁ、ね。……深淵のお家は、元々御紋会の頭領を務めていたから。父上が強引に失脚させて以降、深い溝が生まれたのは確かかな。そうでなくても、深淵家は戮士の統括役で、いわゆる汚れ仕事を一手に受けている面もあってね」
そんな御紋会の裏の顔を引き受けている以上、そもそも関係性を良好に保つこと自体、正しいのかどうかの判断が難しい、と神宮寺さんは言う。
「天戸家は大家の中で最も若い家柄よ。場合によっては、そこらの分家より歴史が浅い。けど、御紋会に納品されている錬金関連のほとんどが、天戸家から卸されたものであるように、彼らは自らの価値を歴史に依存していない。正直、立場としては財務省に近いわ。御紋会における金庫番みたいなものだから」
故に、率先して荒事に手を貸してくれるとは思えない、というのが麗華さんの見解だった。
曰く、かの大家らは御紋会という組織において、その立場が明白なのだとか。
己の領分以外に手を出すことは、何よりも御紋会そのものが良しとしてこなかった経緯があると。
「となると、まずは鷲目先輩にコンタクトとらないとですね」
「そうね。……と言ってもあの人、普段きちんと家に帰っているのかしら?」
「――え?」
思わず、声が出てしまう。
ハッとしてしまうも、やはり疑問はそのままだ。
「家以外に帰る場所があるんですか?」
「はは、ホントにねー。鷲目先輩ってさ、有名な不良なんだよ。遅刻やサボリは当たり前。屋上で煙草ふかしてるのは、私も見たことあるし」
「ひ、ひぇぇ……こわそう」
「初対面だと大抵の人は怖がるから、へーきへーき」
神宮寺さん、それは平気って言いません。
「ま、そんなワケで私達も鷲目先輩のプライベートってよく知らないんだよね。けど、不良にしては繁華街で見かけたことないし、夜警はキチンとこなしてるみたいだから」
「本舎へも報告はあげてるようよ。あまり顔は出さないみたいだけど」
「みたいですね。本家でも貴重な遠距離攻撃枠ですし、弓手をわざわざ報告の為だけに帰還させるのって効率悪いですしね」
こうして、今後の方針は戦力の増強となった。
日課の夜警は中止と言えど、お屋敷で引きこもっているわけではない。
むしろ今まで以上に美小野坂の街へ繰り出し、色々な人達の協力を取り付けていく必要がある――そう、神宮寺さんと麗華さんは言っていた。
元々はバラバラだった三家が再び集ったように。
その為にも、まずは行動あるのみ。
一息ついた後、僕らは鷲目先輩のお家へ向かうのだった。
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「申し訳ありません。弓子様は外出しております」
武家屋敷の門前で、黒服姿の男性がそう言って僕らへ頭を下げた。
鷲目先輩のおうちは周囲を塀で囲われた平屋の武家屋敷で、一般住宅と比較すれば倍ほどの敷地面積があるように思える。
黒服の男性は姿勢を戻すと、「おそらく、今日もお戻りにはなられないかと」と続けた。
今日も、ということは何日も戻っていない、ということだろうか。
「そうですか。失礼ですが、いつ頃戻られるかは分かりますか?」
麗華さんが聞くと、男性は首を横に振る。
「いいえ。弓子様はお一人で部屋を借りられております故、此処に戻る事は月に一、二度でございます」
なんと。
僕らが探している鷲目弓子先輩は、一人暮らしだった!
高校生なのに凄いな、なんて僕は感心してしまうが、麗華さんと神宮寺さんの反応は「成る程。これは骨が折れそうだ」という感じ。
その後も麗華さんが居場所の詳細を聞いてみるも、収穫はなし。
対応してくれた事へのお礼だけ済ませ、僕らは早々に鷲目弓子捜索隊になるのであった。
「親と折り合いが悪い家庭って、割と多いんですねぇ」
澄んだ青空へ遠い視線を投げながら、神宮寺さんが束の間の現実逃避へ旅立つ。
さすがに他所のご家庭事情へ首を突っ込む野暮な真似はしなかったものの、聞くに鷲目先輩は高校進学と同時に実家を出ているらしく、普段もあまり寄りつかないのだとか。
「ダメね。やっぱり携帯は繋がらないわ」
御紋会経由で入手済みのケータイ番号も、さしたる効力は示せておらず。
お屋敷を出る前に麗華さんから聞いた話だが、実は既にスマホでの連絡は試みていて、ものの見事にスルーされていた。
今もダメ元で麗華さんがかけてみたが、結果は同じ。
着信に出られない危機的状況――という線よりも、ただ単に「めんどくさいから」だろう、というのが女子二人の推測である。
まぁ、部屋とかで寛いでいればそういうこともある……かな?
気づけばついつい出てしまう僕としては、あまり共感の出来ない感覚だ。
「でも僕、驚きました。ご両親にも借りてるお部屋の住所を教えてないなんて」
そう。そうなのだ。
鷲目先輩は両親――というか実家に、自分の詮索をしないよう強く言っているようで、誰も居場所を知らないのであった。
こうなると部外者の僕らは尚のことお手上げだ。
いくら足で稼ぐとしても、美小野坂の街を端から端まで歩けば一日では済まない。
おまけに、人ひとりの住処をピンポイントで探し当てるのなんて、探偵でもない僕らには挑むだけ無駄というものだろう。
「こうなると、ウィルに聞いてみるしかないですかね?」
「え、ウィル君?」
「そそ。別に証紋の力を使わなくたって、秘跡調査会なら居場所くらい知ってるでしょ」
神宮寺さんの言葉に、僕はハッと思い出す。
経歴や身辺の調査に関して、秘跡調査会は圧倒的な力を持っている。
確かに、ウィル君は出会う前から僕らのことを知っていた。
しかし、麗華さんは「そうね」と頷きながらも、そうすることには否定的な様子だった。
「私達もそうだったように、三法の協力を簡単に仰ぐのはよろしくないわ。いくらウィルが協力的だからといっても、逆に鷲目先輩から警戒されては意味がないもの」
「むぅ……簡単にはいかないもんですね」
「信用の問題は、細心の注意を払った方が無難よ。ケルビムの卵の時は状況が状況だったし、結局あの後、鷲目先輩は私達の前に姿は見せなかったじゃない」
確かにそうだった。
麗華さん曰く、三法関係者に顔を見られないためだろう、とのこと。
「あの人の狙撃――いえ、弓の腕は本物よ。だからこそ、ウィルやエレム公に姿を見せないのは、『お前達を信用はしていない』という無言の意思表示と私は考えているわ」
「ま、自分の命が懸かってれば一時的な協力なんて、よくある話ですもんね」
「そういうこと。あの龍御岳での共闘は例外。電話に出ないのも、三法と繋がりの出来た私達との接触を避けているのかもしれないわ」
「げっ、本気で言ってます、それ?」
「冗談としたら趣味が悪すぎると思わない、薫」
「鷲目先輩が本気で避けてるとしたら、見つかるわけないじゃないですかぁ~」
かくして、僕ら三人は美小野坂の街を前に途方に暮れるのであった。
まだ時刻は昼時。
ここから昼食でエネルギー補給をしたとして、夜までに事態の進展を望めるのだろうか。
早くも先の見えない戦いに、僕は苦笑いをするしかなかった。




