九年前:後
鑑孝文の人脈、資金力は凄まじいものだったという。
ありとあらゆる方法を駆使し、来たるべき日に備え、彼は幾つかの戦力を用意した。
それは総勢四人。
麟道家の血を引き、装威はなくともその実力の一切が闇に包まれた人物――麟道達人。
昔、国外へと流れた妖怪の一柱――氷流ノ神。
同じく国外から呼び寄せた最強最悪の戮士――梶浦恭史郎。
そして――霊安室室長、静寂龍樋。
「――――え?」
僕は、思わず声をあげる。
今、なんて。
「あぁ――そうだ。九年前、雪の降る山中で君を助けた、静寂龍樋その人だ」
「――そん、な……」
僕が目を覚ましたあの時以来、確かに会ったことはなかった。
けど、僕が覚えている中で唯一、あの人は命の恩人であり続けた。
なのに――。
「だが、静寂龍樋には元々その任務が下されていた」
「……内通者?」
麗華さんが短くそう聞くと、神宮寺頭領は「苦肉の策だった」と頷いた。
「我々が事態の全容を把握する頃には、相手の戦力は揃っていた。止めるにも、その戦力の質が予想を上回っていた故、彼を表上は裏切り者として送り込む他なかった」
「よく承諾したわね」
「……まぁ、あの男に関しては話すと長くなる。一つだけ言えることは、静寂龍樋は君の恩人であることに変わりはない、ということだ」
それを聞いて、僕は少しだけホッとした。
……それでも、内通者として敵側に立たなければならなかったと考えると、胸が苦しくなる。
「対して、こちらの戦力は八名。頭数だけならば倍だが――相手はそれこそ化け物揃いだった。当時、私は頭領の立場にはなく、あくまで神宮寺本家の戦力でしかなかったが……あれほどの不死者達と相対したのは、後にも先にもこの一件のみだ」
そこから先、戦闘の詳しい内容は頭領も知らない部分が多く、説明出来る立場にない、ということだった。
何よりも、僕の心中を案じてのことだというのは、何となく想像がついた。
「神宮寺頭領。九年前、両親が片腕を失ったのは、その一戦が原因か」
雲月君の問いに、神宮寺頭領は「そうだ」と頷く。
「雲月俊介と鈴子の二人は、梶浦恭史郎と交戦していた。……相手を倒すまでには至らなかったようだが、何とか命は持ち帰ってくれた。責めないでやって欲しい」
「いや、それはいい。当然だ。歴代最強の戮士、それもおそらくは装威も健在なのだろう? なら、片腕一本ずつで済んで僥倖。むしろ、生きて帰れたことに驚きを隠せん」
「……はぁ、突っ込む気力も起きない。記憶違いじゃなきゃ、その梶浦恭史郎って江戸時代の人間じゃない? 国士の乱の主導者でしょ?」
神宮寺さんの指摘に、本日何度目かの脳が停止する感覚を味わう。
――え?
そ、そんな人がなんだって生きてるの?
「肉体は既に消滅している。装威が肉体の代わりとなり、動いていた。梶浦恭史郎の駆る装威は、現存するものの中では最古の代物だ。だとすれば、驚く理由にはならない」
「しかし、それをよく生身の戮士で抑えようと思ったな。戦力の配分的に、その四人の中では梶浦恭史郎が群を抜いているはずだ」
「あぁ。だが、それしか選択肢がなかった。麟道達人はその証紋により、装威を駆る兄と互角に渡り合うほどだったからな」
「……ち、父上は……誰と戦ったの?」
「氷流ノ神だ。現代では北部の学園クロムシアの副学長として鳴りを潜めていたが、其の実は氷の龍だった。どうやら飫肥姫と因縁があったらしく、再び日本の地を踏んだわけだな」
「じゃあ、それで……お母様が?」
「結果的にはそうだ。私は、お前の母親を守れなかった。そして、私は自らの妻を守れなかった。……一人でも多く生き残るには……命様に頼る他なかった」
ここで初めて、淡々と語ってきた神宮寺頭領の表情に陰りが見えた。
「やめてよ……お母様のこと、そんな風に呼ばないでって」
「……あぁ。だが、これは私の問題だ。私自身が、あの人と同列にあるべきではないと考えている」
空気が重くなる一方の中、それでも神宮寺頭領の語りは終わらない。
四人の不死者を止める為、八人の不死者が決死の覚悟で戦った。
終始劣勢だった戦いも、やがては幕引きとなる。
結果、生き残ったのは本家三家のみ。
僕の両親は戦いの中で倒れ、生き残った者達も誰もが満身創痍だったという。
「これが、九年前の出来事だ。この一戦の後、久遠満は美小野坂の総合病院に運ばれた。麟道将、飫肥姫両名がいない中、君の安全を唯一担保出来るのが、美小野坂の地だったからだ」
だが、と神宮寺頭領は眉間に皺を寄せる。
「当時の御紋会は、政府との交渉において立場が弱かった。君は確かに総合病院に運ばれたはずだったが、そこが鑑総合病院だとは知らなかった」
「そんなことある? だって、お見舞いとか普通するじゃん……。大体、御紋会と日本政府が始めたことでしょ?」
「政府の公式支援を受けて、と言ったはずだ。そして、鑑孝文は親の代に防衛大臣である光岡豊と繋がりがある。……当時、関わった本家三家は政治的拘束に合い、彼の予後を知る術さえなかった」
「はぁ――!? そんなこと、許されるの!? そもそも、その本家だってズタボロだったワケでしょ!? 傍目から見ても大事じゃん!!」
神宮寺さんが、思わず立ち上がりかけながら声を荒げる。
それを、頭領は続けることで制止した。
「鑑孝文を侮った、と言えばそれまでだ。彼は我々以上に、政府機関というものを知り尽くしていた。当時の政府にとっては、『飫肥姫はもとより、氷流ノ神という妖怪も倒れてくれた』という結果だけが残った。これがどういう意味か、分かるか」
「……鑑孝文の功績となった、でしょう?」
「その通りだ、久遠。不死者ならともかく、不死ではない者らにとっては人の形をした怪物に過ぎん。麟道達人は生死不明、天王とすら呼ばれた妖怪の二柱が倒れ、梶浦恭史郎も倒すとまではいかなかったが、戦闘不能には持ち込んだ。全て、鑑孝文という男が企てなければ政府の独力では得られなかった成果だ」
「――ッ、最っ低!!」
神宮寺さんの吐き捨てるような一言は、頭領にさえ向けたものではなかった。
当時の政府機関。
その音頭を取る大人達に向けての精一杯だった。
「我々がどれだけ進言しようと、久遠満の予後に関わることは厳に禁じられていた。当然だな、当時の私達は君が不死者である確証さえなかった。もし不死ではないのならば、下手に御紋会が繋がりを持つことは、政府の行動に一定の説明がついてしまうのも事実だった」
「だ、だからって――!」
「そうだ。だから、私は御紋会の頭領になると決めた。深淵家から頭領の座を奪い、当時の幹部陣を一掃した。……そして、ようやく君の消息を掴み、その事実で政府機関の喉笛に噛みついてやった」
そう言い終わった後、神宮寺頭領はスッと僕へ頭を下げる。
「すまない。一ヶ月の時間があれば、君を救えた。私が手にした権力でようやく君の救助に乗り出した時には、既に手遅れだった」
「……いいえ、謝らないでください。きっと、皆さん精一杯やってくれたんです。誰のせいでもないって、僕はそう思います」
自分達が鑑孝文に躍らされていただけだと知った政府機関は、警視庁の誇る対不死者戦力である霊安室を動員。
関係者は全員抹殺するという形で、一連の出来事は終わりを迎える。
「しかし、関係者とは言え非戦闘員も皆殺しとは派手にやるな」
「社会では非戦闘員であることすら武器となる。身の潔白を証明出来る者らは殺していない。もっとも、全体で二十にも満たなかったが」
「いや、褒めている。俺ならその二十に満たない人間も全員、墓場行きにしていた」
雲月君が、冷静にそう口にする。
そこで、僕はふと、自分のことながら一つ疑問が生まれた。
「あの……僕、病院での記憶があんまりないんです。あ、自分のしたこととかはもう思い出したんですけど……その、結局僕ってどうなったんですか?」
そう、自分自身のこと。
鑑総合病院で勇者の証紋を埋め込まれた後、僕は結局、何がどうなって爺ちゃんや婆ちゃんと暮らすことになったのだろう。
「鑑総合病院から救出された君は、既に廃人だった。……結論から言えば、君は君自身で蘇生したんだ」
「……え、自分、で?」
「勿論、自然にではない。久遠の現党首――彼女の両親が、魔法を駆使して手を加えたそうだが……私も説明をされたが理解が追いつかなくてな。謂わば、君の不死者としての証紋は『器』だそうだ。あらゆる形に変化し、あらゆる形を許容する。おそらくは記憶を一時的に封印することで精神の活性化を図り、それが軌道に乗ってしまえば自然と目を覚ます、ということだと考えている」
――言われ、僕はずっと昔に記憶の根を巡らせた。
確かに、爺ちゃんや婆ちゃんが病院に迎えに来てくれて、そこから親戚のお家に行って……。
そっか、結びつかないのは、もうその時には美小野坂にいなかったんだ。
「目を覚ました時には……九州に戻ってたんだ」
「そうだな。その手配も一弥とみつりに任せていた。九州では支部統括をしている奈良沢家の管轄に入れていた。御紋会関係者の管理下にある病院で、君は意識不明と記憶障害のある患者として入院し、状態の回復と共に退院したと聞いている」
「……少しだけ、記憶と記憶が繋がった気がします」
「混乱させてすまない。三家の総意で、君を可能な限り早く美小野坂から遠ざけたかった。鑑総合病院から助け出したとはいえ、私も随分と強引な手を使ったからな。……いずれにせよ、これ以上君が大人に振り回される事態だけは避けたかった」
神宮寺頭領の表情は、どこか力の抜けた穏やかなものだった。
きっと、この人はこの人で、ずっと一人重荷を背負ってきたに違いない。
そこに、少し前から首を傾げていた神宮寺さんの呟きが耳に入る。
「奈良沢……何か聞き覚えが――」
「――当然だ。私の実家だぞ」
「――――あぁっ!!」
頭領の言葉に、娘である神宮寺さんが声をあげる。
成る程。
さっきからちょくちょく出てくる奈良沢家って、神宮寺家にお婿さんでやってくる前の名字だったんだ。
「って、父上って九州の人だったの!?」
「あぁ。それがどうした」
「……なんでそれで黒豚苦手なの? おかしくない?」
「お前は九州の人間を何だと思っているんだ」
唐突に、話題が明後日の方角へ飛んでいく。
なんていうか……そっかぁ、神宮寺頭領、黒豚苦手なんだぁ。
一転して親子っぽい会話の後、頭領は咳払いを一つする。
「これで、一連の出来事は終わりだ。別段責める意図はないが、美小野坂に久遠満を呼んだのは私の意志ではない。久遠家の独断だ」
「「あっ、そうなんだ」」
僕と神宮寺さんがハモってしまった。
ということはやっぱり、麗華さんが僕を呼び戻そうとしなければ、今も向こうで暮らしていたってことかぁ。
……なんだか、それはそれで少し寂しい、と僕は思う。
確かに色々な事があったけど、やっぱりここにいる三人と出会えたことは無かったことにしたくない。
「じゃあ、麗華さんにお礼を言わないとですね」
「……え?」
意外にも、麗華さんは僕の感謝が予想外だったようで、目を丸くしている。
ウィル君じゃないけど、「わぉ」と言いたくなるくらい、珍しい表情だ。
「だって、麗華さんが美小野坂に呼んでくれたから、皆に出会えたんですよ」
「そ、それはそうだけど……ここは貴方にとって、楽しいだけの場所ではないでしょう」
「はい。でも、それ以上に大切な場所です。それだって、始めからそうだったわけじゃありません。皆と過ごす中で、そうなっていったんです」
だから、ありがとうございます、と。
そう僕は伝えたかった。
「……私が好きで呼んだだけだもの。まぁ、貴方にとって良い方向に運んだなら、よかったわ」
それがきちんと伝わったのか、麗華さんはぎこちないながらも、頷いてくれた。
「うわぁ、先輩がガチで照れてる……」
「耳まで赤いな。聖女がこの場にいたら、一生ネタにされかねん絵だ」
なんて、茶化していく外野なのだった。




