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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.4 覚醒
71/89

Prologue

 私は、物語が好きだった。

 そこには、必ず主人公がいるから。

 本を開いて、その世界に入っている間だけは、私もそんな「主人公」になれている気がするから。

 ふと文字を追う視線を上げ、周囲を見渡す。

 ぱっと目に入った勉強机の上の置き時計は、午後六時を過ぎたところだった。

 そろそろ夕飯に呼ばれるな、と思い、数秒続きを読み進めるか考えて、すぐに本を閉じた。

 折角なら、落ち着いて内容に浸りたい。

 そんな気持ちが勝ったからだった。


「――――」


 腰掛けていたベッドから立ち上がり、そう広くはない部屋に三つも並ぶ本棚の一つへと歩き出す。

 その本を定位置に戻すと、私はふぅ、と短く息を吐いた。

 ……最近、私は浮き足立っている。

 決して悪いことではないのだが、自室でさえ気を抜くとそうなってしまうのには、自分のことながら情けなく思う。

 その原因は、部屋の隅に――けれども大切に保管してある一本の傘だった。

 紺色の変哲もない傘。

 ビニール傘ほど柔な造りではないものの、高級品ではない……と思う、たぶん。

 それは、私がある男子生徒から手渡されたものだった。


「…………」


 傘を手に取り、じっと見下ろす。

 返さなければ、と思いながら結局、その勇気がなくてずっと手元にある彼の傘。


「久遠君、何してるんだろう」


 ふと口を衝いて出た言葉に、自分でハッとする。

 まるで、恋する少女そのものだ、と誰もいないのに赤面した。

 熱い顔を軽く横に振り、冷静になるよう努める。

 そもそも、借りたものなのだから、きちんと返さなければ……。

 分かっている。それは、分かっているのだ。

 けれど、私はこの僅かな繋がりを手放すことに、踏み切れないでいる。


「……はぁ、馬鹿みたい」


 ごめんね、と謝るように傘を優しく撫でると、元に戻すように部屋の隅に立て掛ける。

 姿見に映った自分を横目で見やり、やはり私は肩を落としながら首を振る。

 ありえない。そんな期待は持つだけ無駄だ、と。

 特筆するようなものを持たず、今までずっと地味に目立たず生きてきた私にとって、彼――久遠満という少年は、あまりに眩しい。

 第一、彼の周囲には学校の有名人ばかりが肩を並べているではないか。

 久遠麗華、神宮寺薫。

 二人とも、中学の時からでさえ噂は耳にしていた人達だ。

 凄まじい美少女であり、なんで芸能界にスカウトされないのか不思議なくらい……というそれは、私も実際に目にして思った。

 あんなに完成された容姿の人間が、世の中に存在するんだ、と。

 だからこそ、私は余計に私自身を卑下するしかなくなってしまう。

 傍目から見ても、彼女らは久遠君に好意を持っていることは想像に難くない。

 恋敵、なんて口が裂けても言えない。

 あの二人に比べれば、私は所詮――そこらの石ころと変わらないだろうから。


「…………」


 もう一度、今度は少し真剣に、姿見で自分自身を見つめてみる。

 黒縁眼鏡にお下げ髪、自信のなさそうな顔つきに特徴のない平凡体型。

 見れば見るほど、残酷なまでの格差に悲しくなる。

 今風に言うならば――私はモブそのものだった。


涼子(りょうこ)ー! ご飯よー!」

「はーい」


 一階から呼ばれ、私はひとまず返事を返す。

 いつも通り、夕飯を食べて、お風呂に入ったら、宿題をして寝よう。

 就寝前の僅かな読書で、きっと私はうまく現実から目を逸らせるはずだから。

 落胆する頭でそう考えながら、緩慢な足取りで自室を後にする。


 ――私は、物語が好きだった。


 けれども、私は知っている。

 私が、主人公ではないことを。


 だから――きっと、この恋は始まることさえ、ないことを。

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