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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.1 死霊術師
7/89

不死講習

 微睡む意識が、揺れ動く。

 底まで深く落ちているせいか、簡単には浮かび上がらない

 しかし、相手も諦めるつもりは毛頭ないようで、こうなると後は時間の問題である。

 何度かの揺さぶりと、次第に鮮明になる呼びかけ。

 ようやく目を覚まし、ぼんやりとする視界には制服姿の美少女が。


「おはよう。そろそろ起きなさい、クドウ君」

「――――」


 あぁ、そうか。昨日の今日だった。

 おはようございます、と若干呂律が回っていない口調で挨拶を返す。

 のそり、と上半身を起こすと、未だ眠気と格闘している僕とは違い、麗華さんはいつも通りシャキッとしていた。


「すごい、よく起きられますね・・・・・・ふぁぁ、ねむい」

「慣れよ。二度寝しないように気をつけなさい。下で待っているから」

「はい」


 むにゃむにゃと大変怪しい口ぶりの僕は、それでもベッドから起き上がり、学校へ行く支度を済ませる。

 洗面を済ませてからリビングに行くと、そこにはエプロン姿で朝食を用意し終わった麗華さんがいた。


「わぁ、朝から豪勢ですね」

「昨晩の残り。せっかく美味しいのに、捨てるのも勿体ないでしょう。かと言って、ビーフシチューはお弁当には向かないから」


 そういえば、そうだった。

 とはいえ、昨日はあまり味わえていなかったので、僕としてはかなり嬉しい。

 尚、お弁当が用意されているかは、割と麗華さん次第である。

 ない場合は、自分で用意するか、代わりにお昼代をもらう仕組みとなっている。

 今更ながら、僕の懐事情が彼女に一任されている事実に、ちょっとした危機感を覚える今日この頃。

 その内、お小遣いを盾にこき使われるのではないだろうか。

 なんてことを考えながら、ビーフシチューと白米をもぐもぐと堪能する。


「・・・・・・」


 それを、じぃっと見ている麗華さん。

 え、なんで。僕何かした?


「あの、そのぉ・・・・・・見られていると、ちょっと食べづらいです」

「あぁ、ごめんなさい。昨日の夜はあまり食が進んでなかったから。その分なら、心配なさそうね」


 そう言い、麗華さんは自分の食事に専念し始める。

 確かに、昨晩は色々と心中が立て込んでいた上、僕の不注意で九死に一生を得た日でもあった。

 おそらく、精神的に参っていないか、を心配してくれていたんだと、僕なりに解釈する。


「ご心配、おかけしました」

「過ぎた事よ。次回に活かしましょう」

「は、はいっ」


 すごくさっぱりとした返答。

 けど、負い目がある僕としては、その引きずらない態度は前を向く為に背を押してくれているようだった。

 朝食を終え、時刻を確認するとまだ時間に余裕がある。

 きっと僕がすぐには起きられなかった場合も考慮して、早めに起こしてくれたのだろう。

 そろそろ生活のルーティンが分かってきた部分もあり、僕は台所へ食器を持っていく。


「麗華さん、僕、洗い物しますね」


 流石にいつまでも家事の一つもしないで、というのは落ち着かない。

 ブレザー・・・・・・は、リビングの椅子に掛けてきたので、腕まくりをしながら流し場の前へ。


「ありがとう。けど、お待ちなさい」


 止められ、振り返る。


「はい。これから学校なのに、制服が汚れたら大変でしょう」

「ありがとうございます。――わぁ、犬柄だ。これ、麗華さんのと同じメーカーのやつですか?」

「えぇ。メーカーは気にしてなかったけど、同じところで買ったから」


 手渡されたのは、エプロン。

 麗華さんがつけているシカさんがワンポイントでプリントされたものの、イヌさんバージョンである。

 デフォルメされたワンコが、なんとも可愛らしい。


「それ、貴方のだから。返す必要はないわ」

「えっ――い、いいんですか?」

「必要でしょう? いいのよ。こっちも、手伝ってもらえる分には助かるから」


 素っ気ない声音とは裏腹に、その表情は珍しく柔らかい。

 僕も、なんだかようやくこの家の一員になれてきたようで、少し嬉しくなる。

 実は、洗い物は引っ越してくる前の家でも、僕の仕事だった。

 料理自体はあんまりなのだが、どうも汚れたものを綺麗にするのが性分に合っているらしく、気づけば率先してやっていたのである。

 どれも高そうな食器という点が大きく違うが、それでも何年と続けてきた事は手が覚えている。

 二人分の食器はすぐ洗い終わり、余裕を持って僕らは登校の為にお屋敷を後にした。

 いつもの通学路を通り、初日よりは軽減された周囲の注目を堪え凌ぎながら、昇降口でそれぞれのクラスに向かう。

 一年生は一階に教室がある。

 僕はなんとか顔と名前の一致する数名と挨拶を交わし、A組からE組までがずらっと並ぶ長い廊下を歩く。

 そこで。


「あ、おはよー、クドウくん」

「お、おはよう、神宮寺さん」


 軽く手を振りながら、A組から出てきた神宮寺さんとバッタリ遭遇。


「ん~? はは、眠そうだね。居眠りしないように、気をつけな~」


 僕の顔を覗き込み、「あはは」と明るく笑う神宮寺さん。

 その間、僕は周囲から。


「え、クドウって神宮寺とも仲良いの?」

「まさか。神宮寺と仲良いのは、二年の久遠先輩だろ。で、あいつ、あの久遠先輩の親戚らしいぜ」

「やっぱそれマジなのか。名字同じ漢字だし、朝も二人で登校してるんだろ? 前世どんな徳積めばそんな生活になるんだよ、ウラヤマシー」


とか。


「ねぇ、あれ、誰?」

「知らないの? クドウミツルくん。ほら、C組のちょっと遅く入学してきた子。久遠先輩の親戚っていう――」

「それがなんで、神宮寺さんと親しげなの? あたし、中学も一緒だったけど、自分から男子に挨拶してるの初めて見た・・・・・・」

「だよねぇ。まぁ、なんか子犬っぽくて可愛いかもだけど、神宮寺さんならもっと引く手数多だと思うんだけど」


 なんていう、噂話が聞こえてくる。

 神宮寺さん、お願いだから僕以外の男子にも、是非率先して挨拶してください。

 ヘイトが僕に集中しています。


「じゃ、また後でね」


 ――周囲が凍りつく。

 誇張なしに、朝の騒がしいクラス前廊下が一秒くらい停止したのではないだろうか。

 友達同士なら、それはなんてことのない別れの挨拶だ。

 しかし、そもそも学校生活が始まって半月も経たない中、それでも広く顔の知れている美少女の一角に、「また後でね」などと言われれば事は大事である。

 一般生徒諸君から視線の数々を浴びながら、僕は青ざめた顔で遠ざかるポニーテールを見送った。

 なるべく誰とも視線を合わせないよう歩き、C組の自分の席へ静かに着席。

 僕に出来る精一杯の抵抗は、ただただ時が過ぎるのを待つだけであった。


-------------------------------------------------------------------------------


 四時限目のチャイムが鳴る。

 僕は、午前中にずっと思案を巡らせていた。

 それは何かというと――次の一手を、どう出してくるか、だ。

 出会ってまだ日の浅い僕でも、神宮寺薫という女子生徒がおそろしい小悪魔だということは分かる。

 こう、異性を弄ぶというよりは、性別関係なくからかって遊ぶ、という意味合いで。

 今朝の手法を見るに、変化球で攻めるよりは直球ストレート

 少なくとも、彼女にとって僕はまだ生まれたての子鹿同然だ。

 搦め手など不要。十全な破壊力で正面突破。これである。

 となると、やはり選択肢は限られる。

 授業を担当する先生が出て行くと同時に、教室はざわざわと騒がしくなった。


「――――!」


 僕はスッと立ち上がり、ほとんど走りにも近い加速で教室の外を目指す。

 後ろで、「おーい、クドウ」と僕を呼ぶクラスメイトの声が聞こえるが、「ごめん!」と謝りながらも足は止めない。

 ほとんど転がり出るくらいの勢いで廊下へ飛び出すと、数秒遅れて、各教室からぞろぞろと生徒達が出てくる。

 その中に――。


「え――うっそ、読まれてた?」


 ――僕を見つけて、驚きを隠せないポニーテールガールがいた。

 そう、彼女の狙いはやはり、これだったのだ。

 想像してみて欲しい。

 他人の教室にいきなり姿を現わしては、おそらく、男子になど言い放ったことはないのであろう一言を展開する様を。


 ――クドウくん、一緒にお昼食べよ?――


 どうだ。破壊力は抜群だろう。

 こんなことを言われてみろ。

 そのうち僕は討伐対象にでもなってしまうかもしれない。


「残念だけど、僕はまだやられるわけにはいかないんだ」

「・・・・・・ちぇ、思ったより適応能力高めだったかぁ」


 どんな会話だ、これ。

 自分で自分に突っ込みを入れながら、ひとまずのバッドエンド回避に安堵した。

 さて、気を取り直して本題に移ろう。


「で、その・・・・・・どうしたの?」

「うん。ちょっとね。ひとまず屋上に集合」

「う、うん」


 すれ違い様、こっそりとそんな言葉を交わし、僕らは一度離れる。

 ただ、表情の僅かな違いだが、真剣みのある雰囲気で昨晩に続く用事なのだと、僕は受け取った。

 その後は教室に戻ることなく、昇降口付近にある自販機でホットココアを買ってから、一人屋上への階段をのぼっていく。

 正直、二階から上は未知の世界だ。

 しかし、それも延々と階段を上がっていくだけならば、そう注目はされないのであった。


「・・・・・・来てはみたけど」


 階段の終わり。

 突き当たりと壁に穿たれた飾り気のないステンレスの扉を前に、一人呟く。

 普通と言えば普通なのだが、人気はない。

 施錠はされているだろうし、僕はてっきり踊り場で落ち合うのかと思っていたのだが。


「まさか、ね」


 言いながら、美小野坂に来てから予想外のことばかりな影響か、物は試しとドアノブを捻ってみる。

 結果、ドアノブは回りきり、何の抵抗もなく扉は開いた。

 そして、僕は吸い込まれるようにそのまま屋上へと足を踏み入れてしまう。


「お、来た来たっ。おーい、こっちこっち!」


 広い屋上。

 この人に溢れる建造物において、最もその気配が薄い空間。

 そのフェンス沿いに、二人の人物が立っていた。

 歩み寄っていき、次第にそれが昨日と同じ面子だと理解する。

 神宮寺薫と久遠麗華。

 おそらくは、この美小野坂高等学校において、高い知名度を誇る二人が――。


「座りなさい。天気の良い日に食べておかないと、損をするわよ」


 ――ピクニックよろしく、レジャーシートを広げてお弁当を食べていた!


 麗華さんに促されるまま、内履きを脱いでシートの上に腰を下ろす。


「あの、これは?」

「見て分かるでしょう。お弁当です」


 いや、うん、ですね。

 あっけらかんと応える麗華さんに、僕は困惑の色を強めてしまう。

 確か、今朝はお弁当を持っていなかったはず。


「薫の差し入れよ」

「そ、神宮寺家のお重弁当。これ、一人だと食べ切れないんだよねー」

「でしょうね。一人で食べる用じゃないですもの」


 なんて当たり前のように、会話をしては箸を伸ばすお二人様。

 僕は呆気にとられたまま、ひとまず買ったココアの缶を開け、少し温くなったそれで落ち着こうと努力した。


「いつもお昼は一緒に?」

「ううん。今日は私の思いつき。天気も良いし、作戦会議やら説明するのにお昼時間目いっぱい使うだろうしさ」

「・・・・・・なるほど」


 いつも、という訳ではないにしては、こう随分とカタチになっているなぁ、なんて思ってしまった。

 予定がぎっしりなのか、ボケッとココアを飲む僕に割り箸が神宮寺さんの手によって渡される。


「まずは食べよ。いっぱい食べないと、大きくなれないぞ」

「・・・・・・いただきます」


 大人しく、そして有難く頂きます。

 ただ、心中で一つだけ文句が許されるならば。

 世の中、ちゃんと食べても大きくなれない人は、いるんだぞ。

 面子が豪華過ぎて味が感じにくい点を除けば、食事は至って平穏であり、十分に満たされた時間だった。

 三段積みのお重も、三人で食べればものの十数分でスッカラカンである。


「ふぅん・・・・・・意外と食べるんだね、クドウくん」

「え、そう・・・・・・かな?」

「うん。一応、早苗には男の子もいるから多めで、とは伝えたんだけど、完食するとは思わなかったな」


 それはおそらく、とても味が良かったからだろう。

 久遠のお屋敷で出る料理とは趣が違うが、上質で繊細な料理の数々は見事の一言に尽きる。

 昼食が終わると、そこからは少し空気が変わり、張り詰めていくのが分かった。


「さて、まずはクドウ君。貴方の現状から話すわ」


 切り出したのは、麗華さん。

 現状とはつまり、僕の置かれている状況ということだ。

 曰く、僕は今、昨晩の死霊術師から狙われている。

 そして、そう遠くない内に必ず、二度目の機会をモノにしに来ると。


「だから、昨晩話に出た通り、クドウ君。貴方には放課後、私達と行動してもらうわ」

「はい。でも、具体的に僕、どうすればいいんですか?」

「生存を最優先で、後ろにいてくれればいい。何も出なければハズレ、相手が釣れたらアタリ」


 とは言うが、そう上手くいくものだろうか。

第一、僕は全く戦力にならないのに。


「その前に、急拵えでも最低限の知識武装は必要よ。取り急ぎ必須なのは、証紋についてね」


 そう言うと、麗華さんは僕にココアの空き缶を渡すよう言ってくる。

 言われるがまま渡すと。


「・・・・・・・・・・・・え?」


 親指と人差し指だけで、麗華さんはそれをペチャンコにしてしまった。

 仮に、それが握力によるものだとしよう。

 だとしても、物理的にあり得ないことくらい、僕にも分かる。

 それどころか、力んだ素振りさえなかった。


「これが、私の証紋『変異』。自分の肉体を文字通り変異させて、様々な物理的恩恵を得ることが出来る。怪力を発揮したり、一時的であれば傷口を塞ぐことも可能よ」


 たった今、やって見せたのはデモンストレーションとのこと。

 遊歩道での戦いでも、凄まじい人間離れした交戦を見た。

 改めて、あれは夢じゃなかったんだと、頭から水を被った気分だ。


「ただ、証紋は同時に弱みも作る。特殊な力を得るだけではなく、それ相応に背負うモノも一緒ということ」

「弱み、ですか・・・・・・」

「弱点の方が分かりやすいかしら。例えば、私は自分の弱みは話さないわ。そこの嫌な後輩に悪用される場合が懸念されるから」


 ちらり、と麗華さんが神宮寺さんを横目で見やる。

 当の本人は「えー、そんなことしませんよっ」と不服そうだ。


「まぁ、それは余談。もし対峙した相手が『思考や記憶を読み取るタイプ』だった場合、例え人づてでも私は自分の弱点を把握されてしまう。実戦である以上は力押しで勝てる場合もあるけれど、そんなことを当てにするなら命が幾つあっても足りないわね。第一、あの死霊術師みたいに一線級の武闘派なら、そのあたりの対策も抜かりはないでしょうし」


 だから、例え信用のおける間柄であっても、弱点については軽々しく口にするべきではない、ということだった。

 僕はそれを、黙って頷く。


「クドウ君、他にあの死霊術師から何か情報を聞いてないかしら」


 聞かれ、数秒首を傾げながら考える。


「あぁ・・・・・・そういえば、一番最初に僕の身柄を抑えるって言ってました」


 そうだ。

 アイツの目的は、僕の拘束。

 「殺害」が目的ではなかった。


「なーんか、黒幕がいそうな感じですよね、先輩」

「どうかしらね。そのあたりは、相手から情報を得ない限りは判断が難しい。ただ、死霊術師が生きた人間を欲しがるということは、私個人の感覚としては珍しい部類ね」

「まぁ、確かに? 連中、死体にしか興味なさそうですもんね」

「生きた人間を殺して支配下に置くなら、その場で出来る事よ。むしろ、そっちの方が手間が省ける。じっくりその過程を楽しみたい、なんていうド変態とも限らないけど、薫はどう思う?」

「んー・・・・・・多分、違います。快楽殺人とか拷問マニアって雰囲気はありませんでした。むしろ、あの怪物に異常なくらいの愛情を持っていた感じです。だから――――」


 ――――死霊術師としては、完成されている、と。

 神宮寺さんのその言葉に、麗華さんはより一層表情を厳しくする。


「なら、新しい玩具が欲しいわけではなさそうね。相手としては、一番厄介なタイプだわ」

「そうなんですか? それなら、尚更僕が直接殺される可能性は低いって気がしますけど」

「だからよ。薫の直感は馬鹿にならない。もし本当なら、貴方を狙っている相手は単元則アライバルエンドに片足を突っ込んでいるかもしれない」


 あ、あら――なんだって?

 僕が聞き慣れない単語に目を丸くしていると、すかさず神宮寺さんが辞書よろしく解説を挟んでくれた。


「アライバルエンド。日本だと単元則たんげんそく。簡単に言えば、ある特定の能力を突き詰めた者ってこと。不死者における、達人の別名みたいなものかな」


 そこから始まった説明は、下地となる知識のない僕には、洪水のような情報量だった。

 まず、世界には「三法」と呼ばれる三つの法則がある。

 魔法、錬金、秘跡。

 これらは同時に、元素、原子、信仰を軸とし、世界の誕生と共に構築された。

 とても古い時代には、これらは当たり前のように存在し、人間もまたその恩恵に与っていたという。

 しかし、時代が進むにつれ、人々は自然社会から人工社会へと住む世界を変えていき、惑星ちきゅう由来の法則は廃れていった。

 その理由は単純明快で、高度な社会性を持つ生き物にとって、自然社会は決して安定した環境とは呼べなかったからだという。

 誰もが安心して過ごせる社会。

 現人類であれば、ほとんどの人々が触れたことのあるであろう理想的な価値観を握りしめ、人類はその創造に時代の大半を費やした。

 結果、未だ貧困や紛争は世界に残れど、二度の世界大戦も経て、着実に理想へと近づいている。

 これが、三法と呼ばれるモノの歴史だ。

 今はもう、架空のモノとして創作物などに使われている、その発想の起源にも繋がる話。


「クドウ君、覚えているかしら。不死者とは、時代遅れだって言ったでしょう。証紋は、そういった『生きる』ことが全盛だった時代のもの。今よりももっと、原始的で根本的な生命の全うを最上としていた時代の名残よ。だから証紋は例外なく、三法のどれかに該当する。加えて、証紋とは有形無形に関わらず、人体の一部でもある。精神や肉体と同じく、鍛錬を通してその威力や精度を高めることが出来るというわけ」


 そこまで聞いて、なんとなく話が見えてきた。


「そうして、自分の証紋を『極限』まで鍛えた不死者には、主に三つの呼び名が用意されている」


 麗華さんが語るに。

 三法の内、一つの分野を極限まで突き詰めた者が「単元則アライバルエンド」。

 二つを突き詰めた者が「二元則ダブルウェイト」。

 そして、三法全てを修めた者を「三元則トリプルチューナー」と呼ぶ。

 後半にいく程、その数は大きく減り、最後の三元則に至る者は、現状では存在しないと言われているらしい。


「じゃあ、その、アライバルエンドってだけでも、十分にすごいってことですか?」

「えぇ。それも、あくまで片足を突っ込んでいる、というのが現実的なところかしら。もしアライバルエンドそのものなら、全員今日を拝めてはいないでしょうね」

「そ、そんなに・・・・・・?」

「当然でしょう。不死であれ一般であれ、人間が極めることの出来る範囲はそう広くないわ。社会基準で言い換えれば、プロでは不足。伝説や権威クラスで、やっと名乗れるといったレベルよ」


 なんてこった。一瞬で背筋に冷たいものが奔る。

 そんなものに指を掛けているような相手に、僕は狙われている?

 何かの冗談のように聞こえてくる。いや、冗談であって欲しい。

 しかし、それも目の前の不死者の大先輩である二人が浮かべる、一切の緩みがない表情と口調を鑑みれば、淡い期待であることは明白であった。


「でもま、そこは対人。勝負となれば、性能差だけで結果は決まらないよ。だから、昨日だってちゃんと生き残れたでしょ、クドウくん」

「ま、まぁ・・・・・・うん」

「先輩の話は、あくまで実力差が明確に分かっている場合だよ。首から札でも提げて歩いてるなら話は別だけど、能ある鷹は爪を隠すものだしね。そうやって、強力な証紋を持ちながら格下に敗れたケースは、それこそごまんとある」


 どれほど装備性能が良くても、それを扱う者が下手を打てば、あっさりと負けに転がり落ちるのもまた、実戦であろう。


「大丈夫だよ。戦うのは私や先輩。あくまで、これはクドウくんを守る為の作戦なんだから」


 そう、神宮寺さんは微笑む。

 それはいつもと違う、僕を安心させる為の精一杯な笑顔だった。

 つい話し込んでいたせいか、昼休みの終わりを告げるチャイムが少し遠くに聞こえる。

 ここが、屋上だからだろう。


「さて、詳しい動きの話は放課後にしましょう。場所はまたここで」


 麗華さんが立ち上がり、僕らも同じように片付けを始める。

 最初のような楽しげな空気はどこへやら。

 ただ変わらず晴れ渡っているのは、屋上を去る際に惜しむように見上げた空だけだった。

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